「安心しろ、お前は二転だ。俺も実力を二転に制限する。さあ、真の公平な勝負だ!」白凝冰は狂気じみた笑いを浮べながら叫び声を上げた。
狂乱した表情の白凝冰を前に、方源は冷静を保っていた。彼は白凝冰を凝視し、淡々(たんたん)と言った。「殺したいなら、かかって来い」
言葉が消えるや否や、方源は微かに前へ踏み出し、柳絮のように軽やかに高所から落下した。
白凝冰の笑い声が途切れ、羞恥心混じりの怒りが爆発した。「逃げるんじゃねえ!」
即座に追跡を開始し、方源の後ろを猛烈に追い駆けた。
方源は無言で冷笑を浮べ、谷間へ直行した。
二人が前後して戦場へ突入すると、狼群が沸騰し、方源と白凝冰へ一斉に襲いかかった。
谷底に追い詰められた蠱師たちは既に一人が死亡し、残り四人は狼群の異変に気付き顔に喜色を浮かべた。
一人が叫んだ:「兄弟たち、頑張れ!援軍が来たぞ!」
「なんで二人だけなんだ?」彼等は方源と白凝冰のぼやけた姿を目にした。
「あいつだ!」距離が縮むにつれ、古月蛮石の表情が険しくなった。
彼は方源を認めた――公衆の面前で自分を打ち負かした男だ。あの双ノ瞳は、彼の心の最深部に眠る悪夢を呼び覚ました。古月蛮石は決して方源を忘れない。
復讐を誓い、必死に修練を重ねてきたのだ。
だが今、方源が自ら「救い」に来た事実が、古月蛮石の胸中に複雑な感情を生じさせた。
「待て、二人目は……」
すぐに白凝冰を認め、全員が驚愕の表情を露にした。
「白凝冰、白凝冰!」古月蛮石は目を大きく見開いた。まさかこの状況で再会するとは思ってもみなかった。
……
「この野郎、待て!」背後から白凝冰の怒号が響いた。
方源は耳を貸さず、狼群の中を突き進んだ。
全身が白玉の光を放ち、雷狼の牙や爪の攻撃を防いでいた。だがそのため、空竅内の真元が急激に減り続けていた。
後方少し離れた位置で、白凝冰も鼻腔から水蒸気を噴き出し、球状の水盾を形成して身を守っていた。
無数の雷狼が水盾に衝突するも、表面を流れる水流が衝撃を吸収し、勢いよく投げ飛ばしていた。
道理から言えば、白凝冰の実力は三転に達しているはずだが、今は平凡な動きしか見せていない。本人の言葉どおり、実力を二転に抑制し、方源に対しているようだった。
二転の実力下では、白凝冰の速度は方源より少し速く、真元量も圧倒的に多かった。しかし狼群の中を進むにつれ、両者の距離は開く一方だった。決定的な要因は、両者の「力の差」にあった。
方源には二猪の力があり、白凝冰の力はやや劣っていた。方源は狼群の衝撃に耐えながら前進し続けたが、白凝冰の水盾は衝撃を緩和するだけで、方源のように真正面から道を切り開くことはできなかった。
ガオォォ!
豪電狼の注意も方源と白凝冰に引き寄せられた。
咆哮と共に周囲の雷狼が潮のように分かれ、道を開いた。
豪電狼が四肢を躍らせ、方源目掛けて直進してくる。
この光景を目にした谷底の四人の蠱師は、思わず心配の色を浮べた。
一方、方源の背後にいる白凝冰はこの状況を見て爆笑した。
だが次の瞬間、方源の姿が水鏡のように揺らめき、視界から消えるのを目撃する。
笑い声が途切れた。
谷底の蠱師たちも騒然となった。
豪電狼は方源の気配を見失い、怒りの咆哮を上げながら白凝冰へ突進した。
白凝冰の顔に再び笑みが浮かんだ。「ははは、面白い!本当に面白い奴だ!じゃあこいつらを前菜にしちまおうか!」
言い終わるや否や、彼の双瞳が漆黒から蒼穹のような青へ変色。
片足で立ち(だち)、氷刃を水平に構え、回転を始めた。優美な氷刃が無数の剣閃を描き、光が空中を斬り裂くことで竜巻のような光景が現出した。
雪のように白い剣刃で構成された氷嵐が狼群を蹂躙。
無数の雷狼がこの嵐に巻き込まれ、肉片へと粉砕された。だが血が飛散することは少なく、霜寒の気が全て(すべて)を凍結させていた。
豪電狼が咆哮を一声上げ、凶暴性を引き出された。体に宿っていた蠱虫も力を発揮し始め、金色の電流が全身に渦巻いた。
体毛が逆立ち、鎖のように金色の電流が胴体や四肢に絡みつき、粗末な鎖帷子のような鎧を形成した。
四本の爪で地面を蹴り、金色の流星のように氷刃の嵐へ激突した。
ドーン!
雷鳴のような爆音が響き、氷刃の嵐が突然止んだ。折れた氷刃の先端が空中に放り出され、ズバッと音を立てて岩肌に突き刺さった。
白い霜の気が辺りに広がり、豪電狼が地面に倒れ込んだ。心臓を氷刃に貫かれ、この致命傷により完全に息絶えていた。
白凝冰はクスクス笑いながら、手に持つ氷刃をゆっくり引き抜いた。
氷刃は既に先端が折れ、刃の部分にも欠けや裂れが目立っていた。だが彼は全く気にせず、左手で軽く撫でるように触れた。
左掌から零れ出す極寒の気が柄から刃先まで流れ、通った箇所で氷刃が新たに鋭さを取り戻した。折れ口からは新たな刃が結晶のように成長していく。
豪電狼が斃れたことで、狼群は散り散りになった。
だが方源は依然として姿を現わさない。
「白凝冰様の救いの恩、決して忘れません!」数人の蠱師が進み出て恭しく頭を下げた。
ただ一人、古月蛮石だけが場に残り、複雑な表情を浮べていた。
かつて白凝冰に敗れ、命を拾われた屈辱。磐石蠱を完成させた今、再戦を期していたはずなのに――今この瞬間、挑戦する勇気など微塵も湧いてこない。
白凝冰が冷たい笑いを漏らすと、突然氷刃を振るった。空中に閃光の軌跡が描かれる。
「これは……?」
「ぐえっ!」
三人の蠱師が不意を突かれ、信じられない表情のまま地面に崩れ落ちた。
「白凝冰!何をしやがる!!」古月蛮石が怒号を上げる。
「殺してるんだよ、馬鹿か?そんなことも分からんのか」白凝冰は肩をすくめて嗤った。
「この卑劣漢め!」古月蛮石が拳を固く握り締め、歯軋りしながら吠えた。「三族同盟を破るつもりか!俺が相手になってやる!昔の因縁、今ここで決着つけよう!」
そう叫ぶと、古月蛮石は「ウォォォ!」と雄叫びを上げ、大地を蹴って白凝冰へ突進した。
彼は極力磐石蠱を発動させ、全身の筋肉を隆起させて厚い石の皮を形成した。もはや人間というより石像そのものの姿へと変貌していた。
「自業自得だ」白凝冰は冷淡に嗤い、氷刃を振り下ろした。
鋭い氷刃が上から下へ真一文字に切りつける。頭頂、眉間、鼻梁、唇、喉仏、胸板へと刃が滑り降りた。
石片が飛散し、氷刃は再び折れたが、極寒の気が古月蛮石の体内の生気を完全に凍結させていた。
ドサリ。
地面に倒れ込んだ彼の体から隆起した石の表皮が徐ろに消え、本来の姿を現した。
「どこかで見たことあるような……」白凝冰は痺れた手首を振りながら呟いた。かつて蛮石を生かしておいたことなど、ほぼ忘れていた。
微かに首を振り、振り返って広びろとした谷間に向かって叫んだ。「出て来いよ!お前が殺したかった蠱師たち、代わりに片付けてやったぞ!さあ、命懸けの勝負しようぜ!」
声が消えるか消えないか、方源が不遠くに姿を現した。
白髪の少年の目が灼熱のごとく輝き、手にした氷刃を掲げて方源へ突撃した。
方源は無言で冷笑を浮べ、踵を返した。
「逃げるんじゃねえ!」白凝冰が怒鳴りながら執念の追跡を続ける。
追走中、方源は白凝冰を最寄りの別の戦場――熊力グループが豪電狼率いる狼群と激戦を繰り広げている場所へ誘導した。
この狼群も、当然方源が故意に引き寄せたものだった。
「皆、もっと踏ん張るぞ!この狼群はもう限界だ!南東方向に信号蠱が上がってから時が経っている。奴等は俺達の助けを必要してる!」熊力が士気を鼓舞している最中、突然言葉を切った。
方源と、その背後にいる白凝冰の姿を認めたからだ。
方源が自主的に降参して以来、熊力は方源を眼中に置いていなかった。だから視線は早々(そうそう)に方源を掠め、白凝冰へと集中した。
「白凝冰!」熊力の両目が怒りの炎を噴いていた。白衣の白髪少年を見るや、胸中が怒濤の情に駆られた。
つい先日、白凝冰が突然眼前に現れ、一言の説明もなく襲い掛かってきた。
特に故意に二転の実力まで抑え込んでいた。
熊力は不意を突かれ敗北、個人の武名も一族の名誉も白凝冰に踏みにじられた!これこそ最大級の屈辱、怒りが湧かない方が不自然というものだ!
「ちょっと待て、白凝冰が方源を追ってるみたいだ」傍らにいた熊林が突然言った。
彼は小柄で、丸々(まるまる)とした剃った頭が光っているようだった。熊林は方源と同じ年齢で、乙等の資質を持ち、その年の熊家寨で第一の天才新人とされていた。
現在では二転の修為に達し、数多の経験を積んで成長してきていた。
熊力は手を出す衝動を抑え込んだ。
方源は古月一族の者で、熊家寨の人間ではない。三族盟約があるとはいえ、所詮親疎の差がある。よそ者同士の争いなら、自分に巻き込まれないのが一番だ。
熊力のグループが傍観するつもりだったが、方源が読めないはずがない?彼の一言が彼等の立場を一変させた。
方源は熊力のグループへ素早く接近しながら、慌てた口調で叫んだ。「強纏が奴の体にあるのを見た!俺を護れ!白凝冰が口封じに殺しに来てる!!」