「伝統的覇者たる古月一族、新興の白家寨、軽視できない熊家寨……」方源は視線を巡らせながら、人混みに立ち、全局を見渡していた。
古月族には青書・赤山・漠顔がおり、熊家と白家にも同様に優秀な二転蠱師の精鋭がいた。
さらに石楼の上には各族の族長や実権を握く家老たちがおり、会盟坡は文字通り群英が集う場となっていた。
「どれが白凝冰なんだ? 白家の台頭を象徴するあの男よ!」
「白凝冰はもう三転の修為だ。二転蠱師の中には絶対いないよ」
「石楼の上にもいないみたいだな」
次第に人々(ひとびと)の話題は白凝冰に集中していった。
白凝冰は姿を見せていなかったが、その輝きはすでに石楼の下にいる全て(すべて)の蠱師を圧倒していた。
「遥か三年前の会盟坡といえば、あの白凝冰が真っ先に立ち上がり、公の場で闘蠱を挑んだんだ。たった三年で三転の家老とは、考えると本当に恐怖を感じるよ」
「一気に頂点を極めたんだよ。二転の時に熊家寨の家老を打ち破ったんだから、こいつの将来は計り知れねえ」
「問題はもう成長しきってるってこった。この調子なら四転どころか五転だって可能性がある。六転なんて……」
「五転は凡人、六転は仙人だ。五転ですら大したもんだ。六転?ふん!あんたら評価しすぎだろ……」
「絶対とは言えねえさ。未来の事なんて誰が断言できよう?」
……
そんな議論が交わされる中、石楼の上で三人の族長が立ち上がり、壇下の千を超える蠱師たちを見下ろした。
古月族長が中央に位置し、白家と熊家の族長が左右に分かれて立つ。
会盟坡の喧噪は次第に静寂へと変わっていった。
古月博が欄干に手をかけ、一瞥して簡潔に言った。「三寨会盟、同舟して危機を乗り越えよ。闘蠱大会は切磋琢磨を主とし、手前で止めること。始めよ」
会盟坡は水を打ったような静寂に包まれた。人々(ひとびと)が互いを見交わせる。
三家会盟では必ず闘蠱大会が行われる。目的は自族の実力を示す以外に、交流を促進し、一時的に怨恨を解消し、協力の合意を形成するためだ。
ただ、果たして誰が最初に立ち上がるのか?
最初に挑戦する蠱師が公衆の面前で敗れれば、個人の面目が失われるだけでなく、楼上の家族幹部の顔も潰すことになる。
前回は白凝冰が立ち上がった。しかし今回は……
人々(ひとびと)が躊躇する中、熊家寨側から突然、一組の蠱師が群衆を抜け出した。熊力小組である。
瞬時にして、この五人組に無数の視線が集まった。
熊力小組は古月一族の陣営を通り過ぎ、衆目の的となる中、白家寨の陣営前に立ち止まった。
「熊力か」
「青茅山一の怪力の?」
「そうだ。この前、古月一族の赤山も公衆の前で負かされたらしい。あいつの名は誰にも揺るがせねえ。白凝冰でも無理だろ」
「ちくしょうっ。古月は行かずに、わざわざ白家寨を狙ってやがるのか?」
白家寨の陣営から微かな動揺が広がった。多くの者が熊力を認め、無言の圧力を感じている。
しかし熊力は周囲を見回すだけで立ち止まり、代わって傍らの熊姜が前へ出た。
痩せ型の熊姜は、屈強な男達が多い熊家の中で異彩を放っていた。
数歩進み出ると、白家寨の蠱師たちを睨みつけ、拳を組んで言った。「熊家寨の熊姜、白病已兄に教わり申す」
この発言と同時に、石楼の下から抑えきれない驚嘆の声が湧き起こった。
白病已の地位は赤山や熊力らと同格。白家寨の若手蠱師では白凝冰に次ぐ存在だ。熊姜が彼に闘蠱を挑むとは、明らかに弱きが強きを討つ構えだ。
だができるのか?
白病已は陰鬱な表情で前へ出た。小柄で蒼白した顔は大病明けの患者のようだが、誰一人として彼を侮る者はいなかった。
「熊姜、俺に挑むとは多少の度胸はあるな。どう勝負する?言ってみろ、全部受けて立つ」と彼は熊姜に言い放った。
熊姜は陰湿に笑い声を漏らした:「俺は防御が得意、白兄は攻撃の達人。こうしよう、お前が攻めりゃ俺が守る。三回の攻撃機会をやるから、その結果を見よう」
これは生死を賭けた戦いではなく、あくまで試合だ。
だが熊姜がここまで自信を見せるのは、明らかに準備万端だ。周囲の者たちが不安げに囁き合う中、
白病已が片眉を吊り上げた:「熊姜、どんな蠱を手に入れたにせよ、所詮お前は二転蠱師だ。実力はこの程度だろうが。本気で俺の水鑽蠱を防げるとでも?傷つけても、俺のせいにするんじゃねえぞ」
熊姜は「フン」と鼻で笑い:「試してみなきゃわかるものか?かかってこい」
そう言うと体内の蠱虫を駆動させ、全身の肌が瞬時に褪色。枯れたような不気味な緑色へと変貌し、陰鬱な死木のようになった。
同時に歯が鋭く長く伸び、上下の犬歯4本が唇から覗き出す。
更に両目の瞳孔も緑がかった蛍光色へ変化。
これが二転遊僵蠱である。
発動させれば人を僵尸に変えることができる。
生身の人間と比べ、僵尸は打撃に強く回復力も優れる。ただし火・雷・光を恐れるが、水・風・毒攻撃への防御力は逆に高い。
同時に僵尸は日光下での戦闘力が夜に比べて著しく低く、天候の影響を強く受ける特性を持つ。
「たとえそうでも、恐れはせん」白病已は冷笑を浮かべ、右腕を挙げた。
衆人の視線が注がれる中、五指を一点に揃え拳を縮め込む。
最初に一滴の水滴が五指の上に虚空から凝結。瞬く間に水珠が膨張し、渦巻く激流へと変貌する。指先を起点に、白病已の掌を周回し始めた。
二呼吸の間に、白病已の拳には淡い青色の螺旋水鑽が形成され、絶え間なく自転していた。
二転水鑽蠱!
岩山も鉄も貫く穿孔能力は圧倒的で、防ぎ得る蠱はほぼ存在しない。
「覚悟しろ」白病已が咳き込みながら右拳を放つ。
熊姜は両腕を挙げて盾を構える。
水鑽が腕に直撃、大量の水が飛散する。数呼吸の膠着状態の後、突如水鑽の回転数が急上昇。熊姜を五歩六歩も吹き飛ばした。
熊姜は地面に倒れたが、すぐに鯉の跳ね起きのように再起。ただ両腕の筋肉は水流で抉り取られ、惨白の骨が露わになっていた。
白家の蠱師たちはこの光景を見て思わず歓声を上げた。しかし一部の者は深く眉を寄せた。
「ケケケ……」熊姜は陰気な笑いを漏らし、自身の傷を全く気にしない。僵尸化した彼の痛覚は既に零まで低下していた。
白病已は立ち尽くしていたが、突然蒼白の顔が歪み、血を吐いた。
白家の歓声は瞬く途切れた。
「どうしてこうなった!?」誰かが叫んだ。
「影殇蠱だ!」白病已は足元を睨みつけた。熊姜の影が不気味に歪み、雪原に広がって二人を繋いでいた。
「俺の勝ちだな、白兄。この影殇蠱があれば、俺が受けた傷の十分の一をお前も負うことになる。元々(もともと)防御特化の俺と違って、攻撃専門で不健康なお前には十分の一だって耐えられんだろ」熊姜は淡々(たんたん)と述べた。
白病已は口元の血痕を拭い、熊姜をじっと見詰めてからようやく言った。「よかろう。実に見事だ。巧妙な策に一歩譲った。わが負けだ」
彼は公衆の前で敗北を認めた。
「卑怯だぞ」
「陰険で恥知らずめ!」
「まさか影殇蠱を持ってるとは……白病已先輩は完全に罠にはめられた」
……
白家寨の蠱師たちから怒涛の非難の声が湧き上がる。
熊姜は拳を組み「恐縮です。本気で戦えば勝つのは白兄でしょう。影殇蠱は射程距離が限られてますから、近接戦専用の小細工です。今回の狼潮では、ぜひご協力を!」
「当然だ」白病已は表情を僅かに緩め頷いた。
白家の罵声は次第に収まっていく。
石楼の上から俯瞰していた三大家族の幹部たちも、微かに頷きを交わした。
闘蠱大会はあくまで交流戦。熊姜が自ら奥の手を曝したのは、相互理解と信頼を深めるためだ。
熊姜の謙虚な態度も、白病已の大人の対応も申し分ない。
こうして処理された結果、白家の者たちは心の底では認めたくなくとも、熊姜への仄かな畏敬の念を抱かざるを得なかった。
強者は常に尊敬されるものだからだ。
「熊力グループ、良い幕開けをしてくれたな」古月博が軽く賞賛した。
「フフフ」傍らの熊家族長が薄笑いを浮かべた。熊姜の活躍で面目を施されたのだ。
一方、白家族長の顔色は少し青ざめていた。
しかし熊力グループは勝ちに乗らず、五人で白家陣営を離れ、今度は古月一族の前に進んできた。
「白家を挑戦した次は、うちの古月を狙う気か?」
「まずい、今度は熊力本人が立ち上がってきた!」
古月の者たちも緊張を隠せず、多くの視線が赤山・漠顔・青書に集中した。
ところが熊力は雷のような声で宣言した。「方源とやらはどなただ?出てきてくれ。吞江蟾を独りで追い払ったというなら、腕力で比べてみようじゃねえか!」
一瞬にして、場は騒然となった。
熊力は姿を現したが、青書や赤山、漠顔ではなく、新人後輩を名指しで挑んだ。
「方源って誰?」他寨の蠱師たちの一部が初耳の名に首を傾げる。
「独りで吞江蟾を追い払っただと?そりゃ五転蠱だぜ!マジかよ!」驚きの視線が四方から注がれる。
古月一族の者たちは自主的に道を空け、人混みの中の方源を露出させた。
遮る物なく成った視界で、熊力と方源が真正面に見据え合う。
熊力は口角を緩め、品格ある低音で言った。「どうか方源殿、手加減なきよう願いたい」
「こいつ方源って、いったい何者だ?別に三つ首六つ腕があるわけでもねえじゃねえか」
「吞江蟾を追い払ったのも偶然の巡り合わせだろ。大したことないさ。へへ、熊力って筋肉野郎に狙われちまったら、こいつも終わりだぜ」
「方源、今回はどうしても避けられねえな。……しゃあねえ、覚悟を決めて戦うしかねえや」赤山は心で嘆いた。
「ああ、そういうことか……」方源は淡々(だん)と肩をすくめ、「じゃあ、負けを認めるよ」
この言葉を聞いた瞬間、一同が呆然とした。