「古月一族……」熊力が丘の上に立、遠くの古月山寨を眺めながら、複雑な表情を浮かべた。
秋風がさわやかにそよそよと吹いてくる。
この眺めや、秋の気配が山々(やまやま)に広がっている。木の葉は紅と黄色が入り交じり、野生の実がたわわに実っている。ただ青矛竹だけが碧玉のように緑をたたえ、依然として立ち続けている。
「かつての古月一族はこの山の青矛竹のようだった。四季を通じて青々(あおあお)とし、第一の覇者。今となっては…没落の気配すら感じるわ」熊力の口角に冷たい嘲笑が浮かんだ。
しかしすぐに自らの山寨を思い出し、笑みは消え、心情が重くなった。
白家寨の台頭が青茅山の旧い均衡を破った。伝統的な覇者である古月一族の弱体化、熊家寨の経営不振が、青茅山の情勢を不安定に陥れている。
熊力は知っていた。この問題が爆発しなかったのは、狼潮という共通の脅威が三家を協力させているからだ。過去の遺恨を一時的に捨て、協調を選んでいると。
「狼潮が過ぎれば、青茅山の古い勢力図はきっと打ち破られるだろう。白凝冰、たった数年で三転の修為に達したとは…本当に恐ろしい」熊力の心に白衣の少年の姿が浮かび、胸に巨石を抱えたような重苦しさを感じた。
彼、熊力は熊家寨の二転蠱師の第一人者で、生涯に数十回の大小の戦いを経験し、勝ち多く負け少なく、赫々(かくかく)たる威を立ててきた。熊豪蛊を持ち、発動すれば一頭の熊の力を発揮し、青茅山随一の大力士と称される。
彼はとっくに世に出ており、白凝冰がロケットの如き急成長を目撃し、この人物の恐ろしさを痛いほど理解していた。
「組長、あれが古月山寨か? まだあんなに遠いのに、なんでここで停まってるんだ?」傍らで、熊林が両手を組み後頭部に当てながら、好奇心に満ちた声で尋ねた。
この五人組のグループの中で、熊林が最年少で、新米の新人。方源と同じ年齢で、熊家寨の今期の首席の天才だ。
小柄な体に丸刈り頭。日光を受けて白く輝いている。
熊力は一族の新星であるこの若者を一瞥し、重たい心情がわずかに緩んだ。低く渋い声で答えた:「今回の我々(われわれ)は外交任務を遂行している。偵察任務ではない。ここまでが古月一族の警戒線だ。無闇りに踏み込めば敵と見做されかねん」
「ああ、そういうことか」熊林は合点がいった様子。
「今回の目的は二つ。一つは族長直筆の書簡を古月の長に届けること。もう一つは吞江蟾事件の調査だ。古月山寨は我々(われわれ)の縄張りではない。到着したら横柄な態度は慎め。だが熊家寨の威厳を傷つけるような真似も許さん。分かったか?」熊力は四人を一瞥し、軽く喝を飛ばした。
同行の蠱師たちは皆神妙な面持ちで黙って頷いた。
「組長、誰かが来ます」班の偵察担当の蠱師が突然告げた。
「こちらの気配を感じさせてから随分経つ。来るべき者が来ただけだ。ただ誰かは…おや?赤山か」間もなく熊力も赤山の班を認め、思わず目を光らせた。
「うわっ!あの人デカい!あれが赤山?熊力組長より背が高い!この筋肉、ブロックみたいに盛り上がってる…組長、あれが生まれつきの怪力で、青茅山一の大力士の称号を狙ってる奴?」熊林は目を丸くして見つめた。
「ふん、あいつごときが…」熊姜は陰気くさく口を歪めた。
「熊力!」
「赤山」
二組の距離が五十歩に縮まると、両班長の鋭い視線が空中で火花を散らすようにぶつかり合った。
「今度は貴様が熊家寨の特使か」赤山は鼻で笑った。彼は熊力と幾度も刃を交わしていた。
「そういうことだ。白家寨の特使は来ているのか?」熊力は鉄面皮のように無表情で尋ねた。
「余計な事を聞くな。付いて来い」赤山は警戒心を滲ませながら体を斜めにし、招き入れた。
……
その頃。
第二密室で、四つの酒壺が方源の前に並べられていた。
酸っぱい・甘い・苦い・辛いの四味の美酒――甘いのは黄金蜜酒、辛いのは白糧液、酸っぱいのは楊梅酒、苦いのは苦貝酒だ。
方源は床に胡座を組み、心念が動くと、空竅の中から二匹の酒虫が飛び出した。
四味酒虫の合煉過程は、通常の合煉と少し異なる。
二匹の酒虫は方源の意志に従い、共に楊梅酒の壺へ潜り込んだ。
楊梅酒の液中で、それらは融合を試み始めた。白い光団が壺の中に生じ、豪光が壺口から噴き上がり天井を照らした。
方源は壺へ元石を投じ込んだ――一塊、十塊、五十塊……
百塊に達した時、光団は拳大きさに凝縮し、壺の中に浮遊した。
この時、楊梅酒は完全に消費され、方源は第二の壺を取り上げ、油のように濃厚な黄金蜜酒を注ぎ込んだ。
蜜酒に浸されるや、白い光団は突然元の大きさに膨張した。
方源の額に汗が滲み出た。二匹の酒虫の意識融合を維持し続けるため、複数の作業を同時に処理する必要があり、極めて心神を消耗していた。
彼は酒壺へ元石を投れ続けた。
一塊投げ入れる毎に、白い光団は縮小して凝集し、再び拳大きさにまで圧縮された。限界に達したところで、方源は同様の方法で苦貝酒と白糧液を順次注ぎ込んだ。
四壺の美酒を全て(すべて)消費し終わると、壺の中で白光が突然強く輝き、瞬く間に消散した。「成功だ」方源は壺を覗き込まなくても成功を確信していた。
心念を動かすと、壺からふらふらと一匹の蛊が飛び出した。
まさに四味酒虫である。
元の酒虫と比べ、外見は大差ないが、少し大きくなっている。同様に蚕の幼虫に似ており、漆黒の小さな目を一対持つ。
ただ酒虫が純白無垢なのに対し、この四味酒虫の体は四色が絶え間なくグラデーションを描いている。辛さを表す赤、苦さの青、酸っぱさの緑、甘さの黄――方源は思わず地球のネオンサインを連想した。
「ふう……」方源は長い息を吐いた。今回は運が良く、失敗せず初めての挑戦で成功した。
怖かったのは失敗した場合、酒虫が深刻な損傷を受けて一匹死んでしまうこと。あるいは苦貝酒を使い切ってしまうことだった。そうなれば厄介だ。
幸いなことにそのような事態は起きなかった。
蠱師は蠱を使い、養い、煉じる。どれ一つ取っても容易ではない。蠱虫の合煉に関して言えば、多くの蠱師が秘方を必死で探し材料を揃える必要がある。
秘方はそれぞれ異なり、適切なものが見つかるとは限らない。材料を揃えるため十数年もの歳月を費やす蠱師もいる。仮え秘方を見つけ材料を集め終えても、合煉に失敗して材料が失われれば、それまでの努力と準備が水の泡となるのだ。
「蠱師の修行は厳しいものだな…」方源は心の底で深く嘆息した。
蠱虫の合煉は、修行の初期段階では比較的容易だ。四転・五転となると、十回挑戦しても一度も成功しないことさえある。
六転の成功率は更に1%まで低下する。高級蠱虫の合煉では、失敗する度に莫大な資源を失うことになる。
ただし、一度成功すれば利益は極めて大きい。
方源が新たに煉成したこの四味酒虫を例えに取れば、二転真元を精製し小境界を向上させられる。
方源は赤鉄舎利蠱を使用し中階に昇格。今四味酒虫を使えば、高階真元となる。
これは戦闘力が急激に二倍化することを意味し、空竅を温養しながら修行を進めれば労力半分で効果倍増となる。
ただし全て(すべて)の事柄には利害が相伴う。
方源が四味酒虫で真元を精製すれば、必然的に元石消費量が増加する。生機葉の販売収入だけでは、もはや修行消費を賄い切れない。
「次は隠石蠱を合煉して隠鱗蠱へ昇格させなければ。これまた出費がかさむわ」
蠱虫を合煉する度、成功しようが失敗しようが、元石を消費する。四味酒虫の合煉では、方源は既に四百塊余りの元石を使やした。
今回吞江蟾を追い払った功績で一族から五百塊の元石を褒賞として受け取っていた。五百塊の元石は他の蠱師なら長らく使える金額だが、方源はほぼ全額をここへ注ぎ込んだ。
幸い以前に家財を売り払い、赤鉄舎利蠱の購入に大半を使やした後も手元に残っていた資金がある。短期的には過度な心配はいらない。
ただし、この隠鱗蠱の合煉は必須だ。
方源が石猴王を討ち取った際、この隠石蠱を手に入れた。しかしこの蠱は実用性に欠ける。
本体だけを透明化する能力しかない。つまり方源が使用すると、胴体や頭部、髪などは姿を消すが、
身に着けている衣服、護腕や脚絆、履いている竹芒鞋は依然として目視可能なまま残る。
石猴王は当然そんな心配はない。野獣だから衣服が不要なのだ。
しかし方源の場合、隠石蠱の効果を最大限に発揮させて完全に透明化するには、全身の衣類を脱がなければならない。脱がない限り、透明になっても「浮遊する二転蠱師の武具」が他者に発見されてしまうのだ。
隠石蠱は一転の蠱虫に過ぎないが、二転の隠鱗蠱へ昇格すればこの問題は解決する。
隠鱗蠱は蠱師の衣服も同時に透明化できる。もし石猴王が隠鱗蠱を発動していれば、方源の上着がその体に被さっていても消え失せていただろう。
仮石猴王が隠鱗蠱を所持していたなら、方源が勝利できたかどうかは疑問の残るところだ。
隠鱗蠱の合煉には、隠石蠱以外にも当然他の材料が必要だが、これらは比較的普通のもの。方源は既に江牙に収集を依頼している。
「隠鱗蠱が完成すれば、岩場の洞窟への出入りが容易になるだけでなく、狼潮の中でも余裕を持って行動できる。この保命手段があれば、攻守自在だ」方源は思案を巡らせた。
時も遅くなったので、四味酒虫を空竅に収め、洞窟を出て山寨へ向かった。
吞江蟾を追い払った功績で一時的に注目の的となり、近頃は行動が制限されていた。あまり長く洞窟に留まれば他者の疑念を招く危険があったのだ。
山寨の門前で、力比べの勝負は既に決着していた。
熊力のグループは傲然とした表情で立ち、赤山のグループと門番の蠱師たちは皆険しい面持ちだった。
熊力は赤山ほど大柄ではないが、今や見下ろすような眼差しでゆっくりと言った。「赤山、確かにお前は生まれつきの怪力で才能がある。だが俺は棕熊本力蠱で熊一頭分の力を養ってきた。勝負の結果も見た通り、まだ俺の敵ではない」
「ふん、青茅山一の力士の名乗りなど、夢見るのも良い加減にしろ」傍らの熊姜が冷たく笑った。
赤山の顔は怒りで青ざめていた。相手が政治的な意図を込めて仕掛けてきたことを悟っていた。この敗北はもはや個人の恥ではなく、古月一族の威信を傷つけるものだった。
「俺を倒したところで自慢になるか?お前ら知らないだろうが、俺はとっくに一族最強ではない。本気なら方源に勝ってみろ」赤山は止むなく方源の名を出した。
「ほう、方源?古月一族に甲等の天才・方正という者がいるのは聞いていたが、方源とは何者だ?」熊力は訝しげに尋ねた。
赤山は鼻で笑いながら答えた。「方源は方正の兄であり、これまた異能の持ち主。生来の怪力に加え、蠱虫でさらに力を増幅させる。先日