表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
118/545

第百十八節:呑江蟾の伝説

つたえられるところによれば、かく呑江蟾どんこうひきはらなかには一本いっぽん大河たいがたくわえられているという。


方源ほうげん前世ぜんせ呑江蟾どんこうひき使つかったことはないが、このに対してつよ印象いんしょうっていた。その理由りゆう一人ひとり人物じんぶつ由来ゆらいする。


とある凡人ぼんじん、とある家奴かどはなしだ。


前世ぜんせ二百年余にひゃくねんあまのちきわめて特殊とくしゅ蠱師こし――江凡こうぼんあらわれた。


かれ存在そんざい蠱師こしたちを驚愕きょうがくさせ、凡人ぼんじんたちのあいだかたがれることとなる。


かれ登場とうじょうした瞬間しゅんかん伝説でんせつとなった。


かれつくげたものこそ、一匹いっぴき呑江蟾どんこうひきだった。


江凡こうぼんはもともと一介いっかい家奴かどで、主人しゅじんからまかされた漁場ぎょじょう一人ひとり管理かんりしていた。ある一匹いっぴき呑江蟾どんこうひき川岸かわぎしがり、しろはらげて仰向あおむけになったまま、ずっとねむつづけていた。


江凡こうぼん最初さいしょおどろおそれたが、次第しだいに「このひきんでいるのではないか? まったうごかない」とうたがはじめた。


ひき死骸しがい」が上流じょうりゅう川水かわみずふさいだため、漁場ぎょじょう管理かんりする江凡こうぼんおおきなこまごとかかえることになった。


江凡こうぼんはあらゆるくして「ひき死骸しがい」を撤去てっきょしようとした。しかし一介いっかい凡人ぼんじんぎないかれが、これほどおも呑江蟾どんこうひきうごかせるはずもなかった。


主人しゅじんきびしく残虐ざんぎゃくで、毎月まいつきのノルマを達成たっせいできなければくびぶ。江凡こうぼん報告ほうこくする勇気ゆうきもなく、つい先日せんじつ正当せいとう理由りゆうべたものが、主人しゅじんまえ即座そくざころされるのを目撃もくげきしていた。


期限きげんせまなか、「ひき死骸しがい」がふさつづけることで漁獲量ぎょかくりょう激減げきげんし、江凡こうぼん恐怖きょうふは日に日にしていった。せままえ焦燥感しょうそうかんいかりを爆発ばくはつさせるため、自分じぶんでもうごかせないとかっていながら、毎日まいにちひき死骸しがい」をなぐり、さけんでいた。



ところがある呑江蟾どんこうひき突然とつぜん目覚めざめ、おぼろげなけて江凡こうぼん凝視ぎょうしした。


江凡こうぼんはそのあしすくんでしまった。


呑江蟾どんこうひき半睡半醒はんすいはんせい状態じょうたいで、相変あいかわらずよこたわって「んだふり」をつづけていた。江凡こうぼんきをもどすまでになが時間じかんがかかった。


もはやおそれる必要ひつようはなかった。覚悟かくごしたものに、なにおそれよう?


かれはそのまま呑江蟾どんこうひきはらうえのぼり、仰向あおむけになって星空ほしぞら見上みあげた:「ガマよガマ……おまえおれと同じ(おなじ)で、最後さいご一息ひといきのこしてるのか?」


呑江蟾どんこうひき習性しゅうせいなどよしもない江凡こうぼんは、半死半生はんしはんしょう姿すがた瀕死ひんし状態じょうたいだと勘違かんちがいしていた。はなしながらなみだあふした。


呑江蟾どんこうひき細目ほそめにしながら江凡こうぼん言葉ことばみみかたむけ、星空ほしぞらながめていた。


その数日間すうじつかんかれ毎日まいにちのように呑江蟾どんこうひきゆきのようにしろやわらかいはらうえよこたわり、きながら凡人ぼんじん苦悩くのう抑圧よくあつ吐露とろした。


ついに期限きげんおとずれた。管理人かんりにん山寨さんさいからりてきて、漁場ぎょじょうさかな徴収ちょうしゅうた。


江凡こうぼん納品のうひんできるさかななどあるはずもない。万策尽ばんさくつきたかれは、時間稼じかんかせぎのために「準備じゅんび時間じかんがかかる」とうそをつき、ふたた呑江蟾どんこうひきのもとへわかれをげにった。



かれ呑江蟾どんこうひきはらたたきながらった:「老蟾ろうひきよ、おれさきぬとはな。おまええたのもなんかのえんだ。せめて最期さいごの日々(ひび)がらくになればいいが……」


その瞬間しゅんかん呑江蟾どんこうひきうごした。


江凡こうぼんがるほどおどろいた。ひきうごきが次第しだいはげしくなる。かれあわててりた。


ドボン!


呑江蟾どんこうひきひるがえし、はらした背中せなかうえけた。ついに完全かんぜん覚醒かくせいしたのだ。


江凡こうぼん全身ぜんしんずぶれになり、この光景こうけいあしらしていかった:「老蟾ろうひきうごけたじゃないか! ちくしょう、おまえのせいでおれぬんだ! 数日すうじつはやうごいてくれれば……」


呑江蟾どんこうひきかれ言葉ことばめず、目覚めざめた空腹くうふくたすため、半身はんしん水中すいちゅうしずめると大口おおぐちけ、河水かわみずはじめた。


その瞬間しゅんかん江凡こうぼん呆然ぼうぜんとしてった。かわ水位すいいえるはやさで低下ていかしていくさま震撼しんかんする。


膨大ぼうだいりょう河水かわみず呑江蟾どんこうひきはらまれるが、はらかすかにふくらむ様子ようすもない。まるで底無そこなあなでも存在そんざいするかのようだった。


しばらくして、呑江蟾どんこうひきは悠々(ゆうゆう)と食事しょくじめた。水位すいい急激きゅうげきがり、どろまみれの川底かわぞこしに。川底かわぞこてば、みず人間にんげんひざまでしかないふかさになっていた。



江凡こうぼん川岸かわぎしったまま、呆然ぼうぜんとしていた。


呑江蟾どんこうひきかれ一瞥いちべつすると、突然とつぜんげっぷを一つ。はらふくらませたりちぢめたりしたあとくち巨大きょだいけ、大量たいりょう川魚かわざかなした。


さかな、エビ、スッポン、タニシ、雷魚ライギョ大型おおがたのカニまで――ありとあらゆるものが!


呑江蟾どんこうひきみずだけをい、これらの川魚かわざかな一切いっさい消化しょうかせずにしたのだった。


この瞬間しゅんかんそらから生鮮せいせん豪雨ごううそそぐかのようだった。


あっという川魚かわざかなやまのようにがり、江凡こうぼん狂喜きょうきしてがった。「たすかったぞ、たすかった! このりょうなら三ヶ月分さんかげつぶんのノルマも余裕よゆうだ。老蟾ろうひきよ、おまえのおかげだ!」


かれはこれらの川魚かわざかな整理せいりし、管理人かんりにんわたした。


管理人かんりにんおどきとうたがいの表情ひょうじょうかべた――どうしてこれほどのりょうが? いそいでうえ報告ほうこくすると、山寨さんさい蠱師こしたちもかわ急激きゅうげき変化へんか気付きづいた。


調査ちょうさ結果けっかかれらはすぐに呑江蟾どんこうひき存在そんざい発見はっけんした。


「なんと五転ごてんだ!」


山寨さんさいちゅう恐慌きょうこうつつまれ、大部隊だいぶたい編成へんせいして呑江蟾どんこうひきはらおうとした。


江凡こうぼん呑江蟾どんこうひききずつくのをのぞまず、この数日間すうじつかんかれ唯一ゆいいつとも見做みなすようになっていた。


蠱師こしたちのまえひざまずき、苦渋くじゅうちたこえ懇願こんがんした。だが蠱師こしたちがこの凡人ぼんじん眼中がんちゅうくはずもなく、あしばした。まさに致命的一撃ちめいてきいちげきくわえようとしたそのとき呑江蟾どんこうひきけた。


江凡こうぼんともみとめたのか、あるいはかれそばくのが面白おもしろ会話かいわ相手あいてにでもしようとおもったのか――


とにかくうごいた。


江凡こうぼん背中せなかせると、くちからした大河たいが山寨さんさい全体ぜんたいみ、やま大半たいはん水没すいぼつさせた。


この一戦いっせん南疆なんきょう震撼しんかん


以来いらい江凡こうぼん十万大山じゅうまんたいざんちゅうひびわたり、呑江蟾どんこうひきかれそばとどまった。五転ごてん蠱虫こちゅうにしたのだ!


っての通り(とおり)、五転ごてん蠱師こしでさえ五転ごてん蠱虫こちゅう所有しょゆうしているとはかぎらない。



五転ごてん蠱師こし稀少きしょうで、古月一族こげついちぞく全歴史ぜんれきしにおいても二人ふたりしかあらわれていない。初代しょだい族長ぞくちょう四代目よんだいめ族長ぞくちょうだ。


だがかれ江凡こうぼん空竅くうこうすらひらいておらず、ただの凡人ぼんじんぎないのに、五転ごてん呑江蟾どんこうひきらしていた。


かれ存在そんざい蠱師界こしかい震撼しんかんさせた。


後年こうねん江凡こうぼんもと山寨さんさい跡地あとちむらきずいた。ひと寛容かんよう凡人ぼんじん同情どうじょういだき、だれもが平等びょうどう抑圧よくあつのない山寨さんさい目指めざした。


かれ一種いっしゅ象徴しょうちょうとなり、周辺しゅうへん山寨さんさいから凡人ぼんじんたちが続々(ぞくぞく)とせ、庇護ひごもとめてきた。


しかし最終的さいしゅうてきには暗殺あんさつされいのちとした。


五転ごてん呑江蟾どんこうひきゆうしていても、しん強者きょうしゃにはれなかった。結局けっきょくかれ蠱師こしではなく、には呑江蟾どんこうひきっていった。


蠱師こしたちはかれ山寨さんさい破壊はかいし、大胆不敵だいたんふてき凡人ぼんじんたちを虐殺ぎゃくさつくした。


江凡こうぼん凡人ぼんじんとして社会体制しゃかいたいせい挑戦ちょうせんした行為こういは、当然とうぜん蠱師こしたちのいかりを結果けっかとなったのだ。



「このおれ影響えいきょうで、江凡こうぼんはまたあらわれるのか?」回想かいそうえると、方源ほうげんはくすりとわらった。


赤山せきざんわらえなかった。


けわしい表情ひょうじょう敗北感はいぼくかんしずみながら帰還きかんした。


山麓さんろく村人むらびとたちは、蠱師様こしさまがこの問題もんだい解決かいけつしてくれると期待きたいつづけていた。


だが古月赤山こげつせきざんのような人物じんぶつすら解決かいけつできなかった事実じじつに、村人むらびと恐慌きょうこう頂点ちょうてんたっした。


家族かぞくれ、おおきな荷物にもつかかえながら山寨さんさいせる村人むらびとたち。もちろん勝手かって山寨さんさいはい勇気ゆうきなどなく、つづける人々(ひとびと)が山寨さんさい正門前せいもんまえひざまずき、蠱師様こしさま慈悲じひい、なかれてくれるよう懇願こんがんしていた。


広間ひろまで。


なんだと? このような賤民せんみんどもがもん包囲ほういしただと? まったくけしからん。りやがって…ころせ、皆殺みなごろしだ!」刑堂家老けいどうかろう咆哮ほうこうした。


薬堂家老やくどうかろう古月薬姫こげつやくひめけわしい表情ひょうじょうで:「この賤民せんみんどもはんでもしくなかろうが、数人すうにん処刑しょけいすれば見せしめになる。目障めざわりなやつらを処分しょぶんすれば群衆ぐんしゅうるだろう。だがほか山寨さんさいわらいものにされるのがしゃくだ」


古月赤練こげつせきれんった:「いま問題もんだいはそれではない。赤山せきざんすら呑江蟾どんこうひきこせないなら、ぞく適任者てきにんしゃなどいまい。どうやら本気ほんき援軍えんぐん要請ようせいせねばなるまい。熊家寨ゆうかさいちからけておる。…山寨さんさい安泰あんたいのためなら、すこしの犠牲ぎせいはらっても価値かちある」


この発言はつげんに他の家老かろうたちも同意どういし、族長ぞくちょう古月博こげつはくこころうごかされた様子ようすだった。


族長様ぞくちょうさましょ家老かろうさま拙者せっしゃよりもうげることがございます」堂中どうちゅうっていた古月赤山こげつせきざん家老かろうたちの議論ぎろんき、突然とつぜんれいってくちひらいた。


古月博こげつはくうなずいた。かれ赤山せきざんたか評価ひょうかしていた:「赤山せきざん遠慮えんりょせずに意見いけんべてみよ」


赤山せきざんかえした:「しょ家老かろうさま呑江蟾どんこうひきこすには、かなら一人ひとりちからおこなわねばならないのでしょうか?」


古月博こげつはく:「先代族長せんだいぞくちょう偶然ぐうぜんかたっていたところによれば、呑江蟾どんこうひき温和おんわねむき。からだされて目覚めざめてもおこらない。ゆえ族内ぞくない最強さいきょうちからを持つおまええらんだのだが…失敗しっぱいしたな」


赤山せきざんつづけた:「それならば族長様ぞくちょうさま、どうか蛮力天牛蠱ばんりきてんぎゅうこください。この一牛いちぎゅうちから拙者せっしゃ天賦てんぷ気力きりょくくわえれば、かならずや呑江蟾どんこうひきうごかせましょう」


蠱虫こちゅうちから使つかうことは断固だんことしてゆるせぬ」赤山せきざん言葉ことばわらぬうちに、ある家老かろうかれ要請ようせい一蹴いっしゅうした。「蠱虫こちゅう気配けはい呑江蟾どんこうひき警戒けいかいさせかねん。もし暴動ぼうどうこしたら、その責任せきにんだれるというのか?」


「その通り(とおり)だ」古月博こげつはくうなずつづけた。「蠱虫こちゅう使つかえば、たとひきこせたとしてもみとめられぬ。単独たんどくおのれちからのみを使つかい、ひきこしてはじめてみとめられるのだ」


蠱虫こちゅう天地てんち真髄しんずいだが、習性しゅうせい野獣やじゅうちかい。野獣やじゅうには縄張なわばりがあり、放浪ほうろう猛獣もうじゅうがその獣王じゅうおう遭遇そうぐうすれば、たたかいがきる。勝者しょうしゃ縄張なわばりをうばい、敗者はいしゃされる。


狼潮ろうちょう発生はっせいもこの習性しゅうせいもとづく。つよ獣群けものむれ周囲しゅうい縄張なわばりをおかし、よわものされることで初期しょき狼潮ろうちょう形成けいせいされるのだ。


呑江蟾どんこうひきはら作戦さくせんもこの習性しゅうせい利用りようする。温和おんわあらそいをこのまぬひきは、その土地とちの「獣王じゅうおう」の実力じつりょくみとめればみずか退しりぞく。


ゆえ蠱虫こちゅう使用しよう不可ふかだ。気配けはいひき察知さっちされれば結果けっか予測よそく不能ふのうとなる。多数たすううごかすのも同様どうよう駄目だめだ。たと成功せいこうしても、集団しゅうだんちからでは「卑怯ひきょうかた」と見做みなされ、ひきみとめない。


これが族長ぞくちょう赤山せきざんかせた理由りゆうだ。かれこそ古月山寨こげつさんさい随一ずいいち怪力かいりきぬしだからである。


「そういうことならかりました」赤山せきざんはようやく事情じじょう理解りかいし、こぶしを合わせてれいをした。「それでは、拙者せっしゃ諸家老しょかろうさま一人ひとりをご推薦すいせんいたします。このものちからわたしよりもうえです」


「おお、だれだ?」


「まさかそんなものが? なぜ我々(われわれ)がらないのだ?」


赤山せきざん思案じあんするな。はやえ!」


「そのものこそ古月方源こげつほうげんです」赤山せきざんひとつのくちにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ