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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第百十七節:苦貝酒と呑江蟾

広間ひろま空気くうき重苦おもくるしくめていた。


家老かろうたちはだまんですわっており、顔色かおいろ無表情むひょうじょうだったりけわしかったり、あるいは重苦おもくるしい表情ひょうじょうかべていた。


族長ぞくちょう古月博こげつはく上座かみざすわり、なかうれいをかくせずにいた:「三日前みっかまえ山麓さんろくむらちかくに、呑江蟾どんこうひきあらわれた。このひき黄龍江こうりゅうこうから逆流ぎゃくりゅうしてたようで、偶然ぐうぜんこのながいた。現在げんざいかわひとつをふさいでそのなかねむっている。このまま放置ほうちすれば、我々(われわれ)の山寨さんさいつね危機ききさらされることになる。ここにいる諸君しょくんなかに、このひきはら良策りょうさくはあるか?」


家老かろうたちはたがいにかお見合みあわせ、しばらくのあいだだれくちひらかなかった。


呑江蟾どんこうひき五転ごてん蠱虫こちゅうであり、その威力いりょく絶大ぜつだいで、くちけば大河たいがよこたわるほどのちからを持つ。この事態じたい上手うま処理しょりできず、おこらせてしまえば、青茅山せいぼうさん大半たいはん水没すいぼつし、山寨さんさい全体ぜんたいながされてしまうおそれがある。


なが沈黙ちんもくのち古月赤練こげつせきれんくちひらいた:「事態じたいきわめて深刻しんこくだ。すみやかに解決かいけつしなければならない。もしこの情報じょうほうれれば、悪意あくいいだものがわざとこのひき刺激しげきし、古月一族こげついちぞくおとしいれようと画策かくさくする可能性かのうせいがある」


赤練家老せきれんかろうう通り(とおり)だ」古月漠塵こげつばくじんうなずいた。かれ古月赤練こげつせきれん政敵せいてきではあるが、むら存亡そんぼうかるこの危機ききにおいて、これまでの確執かくしつてた。


一呼吸いっこきゅうおいて、ふたたつづけた:「さらにもっと深刻しんこく状況じょうきょうがある。呑江蟾どんこうひき青茅山せいぼうさん水没すいぼつさせれば、おおかみ水浸みずびたしになる。生存せいぞんのため、おおかみれは自然しぜん山頂さんちょううつるだろう。そうなれば狼潮ろうちょう前倒まえだおしで発生はっせいし、我々(われわれ)は無数むすう野獣やじゅう山頂さんちょう生存圏せいぞんけんあらそうことになる」


この言葉ことばいた家老かろうたちは、全員ぜんいん顔面がんめんからいた。


古月博こげつはくは重々(おもおも)しい口調くちょうつづけた:「みなさん、我々(われわれ)の山寨さんさい根幹こんかんわすれてはならない。初代しょだい先祖せんぞがここに山寨さんさいきずいた理由りゆうは、我々(われわれ)の足下あしもとにあるこの霊泉れいせんにある。もし青茅山せいぼうさん水没すいぼつすれば、この霊泉れいせんもおそらく破壊はかいされるだろう」


「これではどうすればよいのか?」


「はぁ……かり獣潮じゅうちょうふせ山頂さんちょうで生きびたとしても、洪水こうずいいたあと霊泉れいせんえ、大量たいりょうけものほろび、周囲しゅうい荒廃こうはいする。修行しゅぎょう資源しげん深刻しんこく不足ふそくするだろう」


ぬなら一緒いっしょのう。熊家寨ゆうかさい白家寨はくかさい救援きゅうえんもとめてはどうだ? みんな同じ運命うんめい背負せおった三匹さんびきいなごなんだ。協力きょうりょくしないはずがない!」


家老かろうたちがあたまってささやい、あわただしさがにじんでいた。なかにはすで援軍えんぐん要請ようせいかんがはじめているものもいた。


いま救援きゅうえんもとめるのははやすぎる」古月博こげつはくくびり、即座そくざにこのかんがえを否定ひていした。「最悪さいあく状況じょうきょうではまだない。むかし初代しょだい先祖せんぞ山寨さんさいきずいた当初とうしょ五転ごてん血河蟒けつがもう山寨さんさいおそったことがあった。初代族長しょだいぞくちょうたれたのだ。血河蟒けつがもうくらべれば、呑江蟾どんこうひきはずっとおだやかだ」


「あのひき性質たち温和おんわで、凡人ぼんじんにはかすかな危害きがいくわえない。他の蠱虫こちゅう気配けはいかんじたときだけ警戒けいかいし、深刻しんこくきずったあとでようやくいかくるって水流すいりゅうく。わたし偶然ぐうぜん先代せんだい族長ぞくちょうから呑江蟾どんこうひきにまつわるうわさいたことがある……」



広間ひろま古月博こげつはくいた口調くちょうはなつづけた。そのこえはゆっくりとひびく。


家老かろうたちは集中しゅうちゅうしてれ、かおかんでいた緊張きんちょうあわてた表情ひょうじょう自然しぜんなごらいでいった。


「さすがは族長ぞくちょうだ。一席いっせきはなしぐんこころ安定あんていさせた」古月薬姫こげつやくひめ雰囲気ふんいき変化へんかかんじ取り、ふか古月博こげつはくつめながらこころ感嘆かんたんした。


族長様ぞくちょうさまいまはなしになった通り(とおり)なら、この呑江蟾どんこうひきはらうのもむずかしいことではなさそうだ」とある家老かろうくちひらいた。


「そう簡単かんたんにはえん」古月博こげつはくくびった。「これらはあくまで伝聞でんぶんであり、実際じっさいものもおらず、検証けんしょうされた事実じじつでもない。重大じゅだい問題もんだいだ。かるはずみにあつかってはならん。まずは一組ひとくみ蠱師こし派遣はけんし、ためしてみるべきだとかんがえる」


家老かろうたちは一斉いっせいうなずいた。


古月赤練こげつせきれんった:「このにんたすには、赤脈せきみゃく一人ひとり最適さいてきである。かれ無理むりなら、ぞくなか適任者てきにんしゃはいまい」


他のものたちも赤練せきれん人物じんぶつ理解りかいしており、次々(つぎつぎ)に同意どういしめした。


族長ぞくちょう古月博こげつはくかすかにわらみながらった:「それでは赤山組せきざんぐみにこのにんめいじよう」


……



初秋しょしゅう気候きこうが徐々(じょじょ)にすずしさをしてくるころ酒屋さかや窓際まどぎわせき方源ほうげん一人ひとりしずかにさけたしなんでいた。


酒屋さかや主人しゅじんかれそばこしひくくしてっている。


主人しゅじん先日せんじつたのんだ苦貝酒くばいしゅけんだが、なに手掛てがかりは?」方源ほうげんたずねた。


方源ほうげん酒虫しゅちゅう合成ごうせいするにたり、けていたのは苦酒にがしゅ一種いっしゅだった。


しかし苦酒にがしゅ入手困難にゅうしゅこんなんで、以前いぜん赤鉄舎利蠱せきてつしゃりこけん原因げんいん注目ちゅうもくびていたため、外出がいしゅつするたびひとから指差ゆびさされる状態じょうたいで、調査ちょうさ容易よういではなかった。


ここ数日すうじつでようやく騒動そうどうおさまり、窮極きゅうきょく泰来たいらいか、方源ほうげん偶然ぐうぜん苦酒にがしゅかんする手掛てがかりをつかんでいた。


主人しゅじんろう者はあわててこたえた:「ご報告ほうこくもうげます。ご指摘してき苦貝酒くばいしゅは、白家寨はくかさいまれたとの情報じょうほうがございます。原料げんりょう深潭しんたん生息せいそくするくろかいで、からしろ年輪模様ねんりんもようがあるため苦貝くがいばれております。普通ふつうかい真珠しんじゅしょうじるのにたいし、こちらは砂利じゃり溶解ようかいして苦汁にがり生成せいせいします。この液体えきたいさけ仕込しこんだものが、苦味にがみ芳香ほうこう調和ちょうわした独特どくとく風味ふうみを持つ苦貝酒くばいしゅでございます」


方源ほうげんはこれをき、かすかにまゆげた:「つまり白家寨はくかさいにこのさけ存在そんざいするということか?」



主人しゅじんあわててこしげた:「小生しょうせい保証ほしょうできませんが、たまにひとからいたことがあるだけです。ただ本当ほんとうえば、白家寨はくかさい有名ゆうめいなのは白糧液はくりょうえきでございます。このさけは我々(われわれ)の青竹酒せいちくしゅ熊家寨ゆうかさい熊胆酒ゆうたんしゅならんで青矛三酒せいぼうさんしゅと呼ばれております。苦貝酒くばいしゅなど……下々(しもじも)のものおもうに、かり白家寨はくかさい存在そんざいしても、おおしたりょうはないでしょう」


すくなくともさがさねばならん」と方源ほうげんこころめた。


しかしこのけん厄介やっかいだった。白家寨はくかさい近年きんねん台頭たいとうきざしをせ、徐々(じょじょ)に遺月山寨いげつさんさい伝統的でんとうてき覇権はけんるがしはじめていた。


方源ほうげん無断むだん白家寨はくかさい侵入しんにゅうすれば、山寨さんさいもんまえ警戒けいかい中の白家はくか蠱師こしころされるおそれがある。


だがそれでも、方源ほうげんこころみようと考え(かんが)ていた。なんっても十万里じゅうまんりはなれた緑艾酒りょくがいしゅより、苦貝酒くばいしゅほうたしかだったからだ。


沈思ちんしからめるようにかおげると、主人しゅじんろう者が依然いぜんとしてそばっていることにづいた。ってった:「もうよい。がってくれ。ようはない」


しかしろう者はらず、かお躊躇ちゅうちょ様子ようすかべ、いたいことがありながらくちをつぐんでいた。



ついにろう者は勇気ゆうきしぼってった:「若旦那わかだんな、この酒屋さかやふたたもどしていただけませんでしょうか。わたしふく全員ぜんいん貴方様あなたさまもとはたらきたいとねがっております。もと旦那だんなもどっててからというもの、給料きゅうりょう大半たいはんをピンハネされ、月々(つきづき)の元石げんせきだけでは家族かぞくやしなうのがむずかしいのです」


方源ほうげん無表情むひょうじょうくびった:「このみせすでわたした。契約けいやく通り(どおり)、もどせない。なにより、わたし酒屋経営さかやけいえい興味きょうみがない。がれ」


「しかし若旦那わかだんな……」ろう者は依然いぜんとしてうごこうとしない。


方源ほうげん不機嫌ふきげんそうにまゆせた:「おぼえておけ。わたしはもうおまえたちの若旦那わかだんなではない!」


以前いぜんかれ給料きゅうりょう値上ねあげしたのは、たんはたら意欲いよくたか利用りようするためだった。だがこのものたちは、かれあまいと勘違かんちがいし、ずうって要求ようきゅうしてくる。


いま自分じぶん生機葉せいきよう販売はんばいなんとか自給自足じきゅうじそくしている状態じょうたいだ。苦酒にがしゅけんあたまなやませている最中さいちゅう何故なぜこのものたちのためにみせもどさねばならんのか?


若旦那わかだんな本当ほんとうに生きていけません! どうか慈悲深じひぶかくおすくください!」主人しゅじんゆかひざき、必死ひっし懇願こんがんした。


この物音ものおとに、まわりのきゃくたちが一斉いっせい注目ちゅうもくはじめた。


方源ほうげんはハッとひややかなわらいをらすと、卓上たくじょう酒壺さかつぼに取り、主人しゅじんあたまたたけた。


ガラッ!


瞬間しゅんかんつぼが粉々(こなごな)にくだけ、さけった。老店主ろうてんしゅあたまからながしながらたおれた。


ころせないとでもおもったか? 空気くうきめぬおろものめ、せ」方源ほうげんひとみつめたい殺気さっきほとばしった。


老店主ろうてんしゅはその殺気さっきれた途端とたん全身ぜんしんふるわせてわれかえり、あわてて退しりぞいた。


どの世界せかいにも、強者きょうしゃほどこしをよわもの存在そんざいする。厚顔こうがん無恥むち分際ぶんざいわきまえず、たすけるのが強者きょうしゃつとめだと勘違かんちがいし、拒否きょひされればぎゃく非難ひなんする。


よわものよわものらしく、運命うんめいしたが奴隷どれいのようにつつましく生きるか、おのれふるひそかに努力どりょくすべきだ。


強者きょうしゃよわものたすけるのは、たん気分きぶんときほどこしにぎぬ。


みずか努力どりょくせず、あつかましく強者きょうしゃにすがりき、執念しゅうねんぶか結果けっかせまものは、拒絶きょぜつされて当然とうぜんである。


よわさにあまんじ、自発じはつ的な努力どりょくもせず強者きょうしゃものなど、同情どうじょうあたいしない。



旦那だんなさん……」

はや旦那だんな手当てあてを!」


店員てんいんたちがまみれの老店主ろうてんしゅかこみ、あわただしく処置しょちしていた。


老店主ろうてんしゅはただの凡人ぼんじんだ。かりにそのころしたところで、なん問題もんだいもない。


この結末けつまつまわりのきゃくたちは興醒きょうざめした様子ようすで、視線しせんらしふたた談笑だんしょうはじめた。


ってるか? 最近さいきん大変たいへんこときたらしいぞ!」

「その呑江蟾どんこうひきはなしか? いまじゃだれもがってるだろ」

五転ごてん蠱虫こちゅうだぜ。対処たいしょ間違まちがえば山寨さんさいごとほろ危機ききだ!」

くところによると、あのひきみずうらしい。はらると大口おおぐちけてかわ一本いっぽん丸飲まるのみにするそうだ」

おこらせたら青茅山せいぼうさん水没すいぼつするなんて、おそろしすぎる。おれたち皆殺みなごろしだ!」

「そりゃどうすりゃいいんだ?」

「はあ……うえものがどう対処たいしょするかだな。げようにもなんてあるわけないし」


……



酒屋さかやなかにはあわただしくまよいのような雰囲気ふんいきただよっていた。


呑江蟾どんこうひきか……」方源ほうげんはそれをきながら、内心ないしんわらいをころしていた。


恐怖きょうふ伝染でんせんするものだ。つたわればつたわるほど恐怖きょうふふくらんでいく。


じつえば呑江蟾どんこうひき非常ひじょう温和おんわ性質たちで、こわがる必要ひつようなどない。生来せいらいねむきで、よく川面かわもかびながらながれにまかせている姿すがた目撃もくげきされる。しろはらげて水面すいめん仰向あおむけになり、ぐうぐうとねむむこともしばしばだ。


めると、かわみずんで空腹くうふくたす。満腹まんぷくになると、またねむりにもどる。


たたかいや殺戮さつりくには興味きょうみがなく、てき遭遇そうぐうしても最初さいしょ行動こうどうげることだ。絶体絶命ぜったいぜつめい状況じょうきょうまれ、どうしてもけられないときかぎり、猛然もうぜん反撃はんげきする。


その戦闘力せんとうりょく圧倒的あっとうてきで、くちけば滔々(とうとう)とかわ噴出ふんしゅつし、大地だいちあらながす。またたくうちに一帯いったい水浸みずびたしの沼地ぬまちえてしまう。


「この呑江蟾どんこうひきは、多分たぶんねむんだまま黄龍江こうりゅうこう本流ほんりゅうから支流しりゅうながみ、なみはこばれて青茅山せいぼうさんふもとまでたんだろう」方源ほうげん事実じじつ見事みごと見抜みぬいた。

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