「一割一分の真元で月刃二発か、石猿王の二度の奇襲に耐えるだけ。月芒蠱や白玉蠱だけじゃ足りない。唯一の勝機は、石猿王が攻撃する瞬間に月刃を放って仕留めることだ!」方源の脳裏に電光石火の如く最適な戦術が閃いた。
石猿の防御力は特に高くない。奇襲という攻撃方法を選んだ石猿王自身も、防御が脆弱な弱点を露呈していた。
一発の月刃で五、六匹(ご、ろっぴき)の玉眼石猿を斬り伏せる。石猿王を一撃で倒せなくても、致命傷を負わせられる。
だが容易だと侮るな。偵察用の蛊虫を持たない五人組の蛊師たちでも、この場で悔いを残す羽目になるほど難しい。
「この猿め、俺の真元が尽きるのを待ってやがるのか? だが春秋蝉を信じて、この賭けに出よう!」方源は即座に決断し、瞳に冷酷な光を宿した。
その場に立ち尽くし、両手で上着の襟元を握りながら、徐々(じょじょ)に瞼を閉じていった。驚くべきことに白玉蠱の防御を解いたのだ。
空竅の真元消費が停止する一方、全身から白玉の輝きが消え去った。
石林から絶え間なく聞こえる石猿たちの怒号や悲鳴が、方源には次第に遠のいていくように感じられた。
静寂が彼の心を包み込んだ。
方源は石猿王の攻撃を静かに待ち続けていた。
その攻撃が起きた時、この戦いの決着が付く瞬間だ!
待つ……
待つ……
突然、空竅で春秋蝉が再び震えた。
キィッ!
次の瞬間、方源の耳元で爆音が轟き、石猿王が左側に現れた!!
「白玉蠱!」
方源の瞳が鋭く光、全身が白玉の輝きに包まれた。
ドン!
石猿王の一撃が方源の体を襲い、その衝撃で彼はよろめきそうになった。空竅の真元が半割減り、残りは半分だけになった!
狡猾な石猿王は一撃が外れると、即座に姿を消した!
方源は反撃する暇もなかったが、その短い時間で手に持った上着を振りかぶった。
次の瞬間、上着が何かを包み込んだ感触を覚えた。猛烈な力が上着を外へ引きずり出そうとする。
上着は鉄線の網ではない。破れるのを防ぐため、方源は素早く手を離した。上着が何かを包んだまま、目が追い付けない速さで四方八方を駆け回っている。
「今だ!」方源の目に冷たい光が走る。この戦いの成否は、今放つ月刃にかかっていた。心は氷のように冷静だ。
石猿王は所詮獣。上着で顔面を覆われ、恐慌状態に陥った。
キィキィと甲高い悲鳴を上げながら配下の石猿を呼び集め、上着を被ったまま急方向転換を繰り返し、あちこちを駆け回った。
幽藍色の月刃が斜めに飛び、石猿王の胴体を貫いた。
「ギャァァァン!」石猿王が悲鳴を上げながら姿を現した。
外見は普通の玉眼石猿と変わりないが、体は三倍も大きく、両目が血のように赤く光っていた。
胸から左大腿部にかけて深く細長い傷口が走り、鮮血が噴き出していた。
死には至らなかったが、致命傷を負い、死の気配が全身を覆った。石猿王は傷口を押さえつけながら再び透明化しようとした。
方源の上着は月刃で長く裂かれ地面に落ちた。だが血痕が石猿の動向を暴いていた――恐怖に駆られ後退し、もはや追撃する余裕はない。この重傷を放置すれば命が危うい。
その隙に方源も石扉へ退いた。月刃を放った後、空竅の真元は糸ほどしか残っておらず、戦闘力は激減していた。
表向きは引き分けだが、実質的には方源の勝利だった。
石猿王の傷は短時間で回復できず、血が流れるほど弱体化していく。
一方方源は元石で真元を即座に補充し、戦闘力を回復できる。
透明化を看破する蛊虫も広範囲攻撃も持たないながら、豊富な戦闘経験と鋼鉄の意志で、弱きを以って強きを制したのだ。
「猿・狐・穴熊……これらは普通の獣より知能が高いため狡猾だが、その分蛮勇に欠ける。重傷を負えば撤退する。野牛や猪のような、傷を負うほど狂暴になる種族とは違う。この猿王に寄生してる蛊虫は一匹だけ。透明化できても血痕を隠せないことから推測すれば、一転の隠石蠱だろう」
方源は記憶を辿りながら分析を深め、もはや石猿王に未知の要素はなくなった。
「戦局は決まった」方源は石室に退き、石扉を閉じて元石で真元を補充した。
しばらくすると真元が最盛期まで回復。扉を押し開き、再び石林へと足を踏み入れた。
石林内は依然として混乱していたが、先程よりは幾分収まっていた。
「この混乱後、石林全域の猿群れの勢力図が塗り替えられるだろう。石猿の移住と再編、孤立した個体が新しい群れを形成する。苦労して開拓した通路も消えてしまうかもしれない」
方源は眉を顰めた。通路が完全に消滅する前に石猿王を討たねばならない。再び通路を開くのに膨大な時間がかかり、石林中心部に到達する頃には完治した猿王と対峙することになるだろう。
宜将剩勇追窮寇,不可沽名学霸王。
方源は開拓した経路を辿り石林に突入。途中で飛び出してくる石猿を次々(つぎつぎ)に殲滅していった。
15分後、方源は再び中央の巨大な石柱の前に立ち至った。
石猿王は地面に倒れ石化しており、既に息を引き取っていた。
一匹の玉眼石猿がその屍を足で踏みつけ、キィキィと騒ぎ立てている。
王座の交代。旧王は死に、新王が即位した。獣群であれ人間社会であれ、冷酷な淘汰のシステムが存在するのだ。
「手間が省けたようだ」方源はゆっくり近づいていった。
その時、石猿王の屍からぼんやりと光る蛊虫が浮かび上がり、新王の方へ飛んでいこうとした。
「月芒蠱!」
方源は素早く月刃を放ち、石猿新王を追い払うと、歩み寄って蛊虫を掴み取った。
この蛊虫は極めて平凡な外見をしている。灰色の石片のような姿で、表面は凸凹。立方体でもなければ球体でもない。道端に転がっていても、誰も気づかないだろう。
だが実はこれこそが石の精。自然が生み出した天然の蛊虫だった。
一見無機質な石の塊だが、実は確かな生命体で、独自の知性と意識を有する。
方源の予想通り、隠石蠱だった。
方源に捕まると、蠱虫は激しくもがき脱出を試みた。
春秋蝉
方源が念じるや、空竅から春秋蝉が浮かび上がり、一縷の気配を外へ漏らした。
隠石蠱は死んだように動きを止め、鼠が猫を見たかのようになった。
緋紅の真元を注入するや、瞬時に煉化を完了した。
また一つ、蠱虫を手に入れた!
隠石蠱は空竅へ収められ、真元海の底で白玉蠱と並んで沈んだ。
石猿新王は黙ってその様子を見守り、蠱虫が方源の体に吸収されるのを目撃し、地団駄を踏んでキィキィと絶叫した。
即位したばかりで、従う石猿も少ない。
方源が月刃を一閃、直撃で4、5匹の石猿を粉砕。新王の周囲に集まっていた群れは崩壊し、散り散りになった。
新しい石猿王は方源に向けて歯を剥き出した。
「消えろ」方源は石猿王を氷のように冷たい眼差しで睨みつけ、一語を放った。
石猿王は体を震わせ、方源が放つ恐怖の殺気を真正面から感じ取った。呆然と方源を見つめた後、クンッと鳴き声を上げて身を翻し逃げ出した。これは他の獣を超える知性を示していた。
方源は石猿の群れを追い散らすと、それ以上関わろうとせず、時間を惜しんで石柱の根元へ急いだ。
近づくと、石柱の基部に空いた穴口を発見した。
幅は広くないが、一連の石段が暗闇へ向かって続いていた。
偵察用の蛊虫を持たない方源は、地下に何があるか当然知る由もなかった。
状況が不透明なため、方源は穴に入り石段を下ることを控えた。強引に突入したため自身の状態も万全ではなく、さらに石林の混乱が収束し安定しつつあった。
膨大な時間と労力を費やして開拓した経路には、既に多数の石猿が石柱に巣くっている。
「急いては事を仕損じる。継承の手掛かりを見つけた以上、目的は達成した。戻る時だ」方源は真相を探りたい欲望を抑え、来た道を引き返した。
道中、進むほどに圧力が増大していくのが明らかだった。だが最終的に方源は数百匹の石猿に追い立てられ、惨めな姿で石林から脱出した。
時は早く過ぎ、春と夏が入れ替わった。
知らず知らずの間に灼熱の夏が再び訪れた。
方源は弛まず修行に励み、一刻一瞬を惜しんで鍛錬を重ねた。赤鉄舎利蠱の使用で、彼は方正の修為進度を一気に追い付いた。
特殊な蠱虫を持たない方源の中階の気配は隠しようがなく、石猿王を討って隠石蠱を手に入れた翌日、その修為は族の者たちに発見された。
族の者たちはこの時初めて、赤鉄舎利蠱を手にした人物が方源であったことを知った。
同時に方源は意図的に黒豕蠱の存在を暴露した。
方源は黒豕蠱と赤鉄舎利蠱を購入するため、莫大な遺産を売り払っていた。多くの者が彼の選択を理解できず、「大馬鹿」「間抜け」「狂人」「目先しか見えない」といった言葉が方源の代名詞となった。
注目度の上昇により、方源は花酒行者の継承探索を控えざるを得なくなった。
一方で空竅を温養し二転高階へ向けて着実に歩み続けながら、酒虫と隠石蠱の合成進化に必要な材料を収集。併せて生肌葉を育成し元石を稼ぎ、修行を維持していた。
七月、初秋。
山麓の村近くで野生の五転蠱が突如現れ、古月山寨全体を震撼させた!