透き通った光膜の下、淡紅の真元海が波濤を立てては消え、潮の如く満ち引いていた。
海面では二匹の白ぽっちゃりした酒虫が水を吸い、黒豕蠱が甲虫のように赤鉄舍利蠱の周りをブンブン飛び回っていた。
海底深く沈む白玉蠱は丸石のように動かず、春秋蝉は身を隠したまま休眠を続けていた。
「時は来た」方源が念じるや、真元が逆流して赤鉄舍利蠱に注ぎ込んだ。
舎利蠱は揺らめきながら浮上し、赤紅の輝きを放ち始めた。
やがて舍利蠱はゆらゆらと昇る太陽の如く、空竅全体を赤く染め上げた。
その光は炎の如く灼熱で、刃物のように剣突く鋭さを持つ。
黒豕蠱は耐え切れず「ポチャン」と真元海へ潜り込んだ。二匹の酒虫も深く沈んでいき、白玉蠱は海底で明滅していた。
通常の修行なら、淡紅真元で光膜を徐々(じょじょ)に洗い鍛える必要がある。
だが赤鉄舍利蠱が放つ圧倒的な赤光が真元に取って代わり、光膜へ直接浸透していく様は驚異的だった。
方源の内視によれば、光膜が目視できる速さで厚くなり、光流が絡み合って水膜へ変容。白き波紋が表面を流れ、明暗を繰り返していた。
この瞬間、方源は中階に昇格した!
だが舍利蠱は依然赤き光を放ち続けていた。
真元に取って代わった光が空竅全体を満たし、絶え間なく精華と底力を方源の空竅へ注ぎ込んでいた。
水膜はすべてを受け入れ、表面の波紋は水のようになめらかに流れ始めた。
この過程はさらに15分ほど続いた。
赤鉄舍利蠱はすべての底力を使い果たし、透明になった体は赤光の中へ完全に消え去った。
消滅と同時に、圧倒的な赤い光も瞬く間に消散した。
空竅は元の静寂を取り戻した。
ただ水膜は以前より厚く丈夫になり、赤鉄舍利蠱の働きで方源は膨大な時間と苦労を節約できた。
緋色がかった真元が元海に現れた。
これは二転中階の真元。淡紅の初階真元より凝縮され、海底深く沈み白玉蠱を包み込んでいた。
赤鉄舍利蠱は空竅の潜在力を直接強化し、蛊師の修為を一小境界向上させる効果があるのだ。
この種の蛊虫は早く使うほど効果的だ。
蛊師の修為が高ければ戦闘力も向上し、生存率が上がり、任務を完遂して得る元石も増える。あらゆる面で好影響がある。
中階に達した方源は元石を数個取り出し、真元を素早く補充。空竅の元海が四割四分の中階緋紅真元で満たされるまで続けた。
30分後、再び石林に足を踏み入れ、中央の祭壇へ向かった。
猿群れの警戒線を越えるや否や、石柱から次々(つぎつぎ)に怒り狂った玉眼石猿が現れた。
キィキィと甲高く鳴きながら方源に襲いかかる。
方源は顔色一つ変えず、注意の大半を最上層の石洞に注いだ。
普通の玉眼石猿なら包囲されない限り問題ない。肝心なのはこの石猿王だ。
一体どんな蛊虫が寄生しているのか?
この点については方源も推測が付かなかった。
方源は徐々(じょじょ)に後退しながら慎重に観察を続けたが、石猿王は遂に姿を現さない。
「まさかこの猿群れに猿王がいないのか? 存在するなら、縄張りを侵犯されれば真っ先に現れるはずだ。待て、もしかすると既に……」
思考がここまで及んだ時、空竅で眠り続けていた春秋蝉が突然浮上し、体を震わせながら方源の心にだけ響く微かな警告音を発した。
本命蛊の緊急警報!
これは蛊師の命が重大な脅威に晒された時のみ発生する現象だった。
瞬時に方源は総毛立つ感覚に襲われ、考える間もなく反射的に白玉蠱を全力で発動させた。
全身が白玉の光輪に包まれた。
その直後、通常の石猿より三倍大き(おおき)い石猿王が方源の左側に突然現れ、鋭い爪を左肩に振り下ろした。
ドンという音! 石猿王の攻撃は白玉蠱の防御に阻まれ、無効に終わった。
この攻撃を受けた瞬間、方源の空竅内の白玉蠱が強く輝き、緋紅真元の半割分を一気に吸収した。
もし方源が二転初階だった頃なら、淡紅真元の一割が瞬時に消えていただろう。
この一撃がどれほど陰湿で残忍な奇襲だったかが分かる。
方源ほどの冷静沈着な人物でも、今や背中に冷汗が流れた。日頃戦闘状態を研ぎ澄ませていなければ、石猿王の罠に嵌るところだった。
もし反応が一瞬でも遅れていれば、左肩は失われ、左腕は使い物にならなかっただろう。古月蛮石の惨劇が再現されていたはずだ。
「この石猿王の体に、透明化できる野生の蛊虫が寄生してやがる!」方源は爆発的に後退した。透明を探知できる蛊虫を持たない彼は一気に劣勢に立たされた。
石猿王は普通の石猿より狡猾らしく、一撃が外れると再び姿を消え、どこへ隠れたのか分からなくなった。
これにより方源に疑いようもない重圧がかかる。
白玉蠱を発動させ全身防御を維持しているが、常時真元を消耗し続ける。この状態を永続的に保つのは不可能だ。
かつて石猿の群れと戦った時でさえ、決定的な瞬間だけ白玉蠱を起動させていた。
もしこの状態を続ければ、すぐに真元が枯渇してしまう。
五百匹以上の石猿が殺気立って包囲網を狭めてくる。方源は最大速度で後退し距離を取ろうとする。
数匹の石猿は勢いを弱め、その場で足を止めて巣の方向を振り返り始めた。
「キィ!」その時、玉眼石猿王が再び姿を現し、甲高い声で指令を発した。
「キィキィ!!」石猿の群れは即座に応じ、迷いや躊躇を捨てて方源への追撃を再開した。
五百匹を超える玉眼石猿が執拗に迫ってくる様を眺めながら、方源は慌てる様子もなく、むしろ口元に冷やかな笑みを浮かべた。
この事態は既に予測済みだった。
石林の中央へ深く入り込んだのは、最も容易な経路を選び通路を開いたに過ぎない。通路の周囲には依然大きな石猿群れが生息していた。
この通路の構造は方源にとって熟知のもの。
だが知能の低い石猿たちに理解できるはずもない。猿王の叱咤を受け、石猿たちが石林を乱暴に突き進んだ結果、他の猿群れの縄張りを侵犯し、反撃を招いてしまったのだ。
石林は大混乱に陥った!
無数の玉眼石猿が自らの縄張りを守るため、共食いを始めた。
もし十数年待てば、石猿王は千獣王に成長し、石林を統一できたかもしれない。だが今は百獣王で、これほどの石猿を統率する力はない。
異なる石猿群れ同士が入り乱れ、大乱闘に陥った。
一瞬にして方源の耳は石猿のキィキィという騒音で埋め尽くされた。
追撃してきた五百匹以上の石猿は他の群れに足止めされたが、石猿王だけは方源を執拗に追い詰めてくる。
方源は戦いながら撤退を続け、その間に石猿王から何度も奇襲を受け、毎回真元を大量に消耗させられた。
幸い前もって中階に昇格していた。さもなければ初階のわずかな真元では、こんな消耗に耐えられなかっただろう。
方源は絶対的劣勢に立たされ、石猿王の弱点を捉えられない。
唯一の反撃機会は石猿王が攻撃してくる瞬間だけ。だが方源が反応しても、反撃の動作をする暇がない。
石猿王は透明化蛊虫で完全に主導権を握っている。好む時に奇襲を仕掛け、たとえ傷つけられても透明化で無事に逃げおおせる。もはや不敗の地に立っていると言える。
「透明を見破る蛊虫を持っていない以上、この戦いの勝算は極めて低い!広範囲攻撃手段があれば試せるかもしれないが、月芒蠱では……運良く石猿王に当たるしかない。だがそんな確率は雀の涙ほどもない」
方源は戦況を看破し、即座に撤退を決断した。
しかし石猿王は鉄の心で彼を殺す覚悟のようだった。
方源が石扉まで100mの距離まで退いた時、突然足を止めた。
「真元は一割少ししか残っていない。100mも維持できまい。仮に第二密室に入って扉を閉めても、石猿王が破って侵し来る可能性がある!」
方源は石猿王がこれほど長く追撃を続けるとは思わなかった。ここまで執念深いとは……
今や彼は石林を脱出し、周囲は開けた空間になっている。
無数の石猿が石林内で乱戦を繰り広げ、甲高い鳴き声が洞窟内に反響し続けていた。
方源はじっと動かなくなる。戦闘直感が告げていた——石猿王がどこかに潜んで隙を狙い、致命的一撃を仕掛けようとしている。
方源は自らが絶体絶命の状況に立たされていることを悟った。
普通の二転蛊師なら、この見えない圧力に耐え切れず崩壊しているところだろう。
だが方源は依然として冷静だった。
この状況も予想の範囲内だった。ただ可能性が低いだけだ。本来なら石猿王も石猿の習性を持ち、巣を離れないはず。だがなぜかこの石猿王は方源を執拗に追い詰めてくる。
「冒険を選んだ以上、命を懸ける覚悟はできている!」方源の目に冷たい光が走り、上着を脱ぎ始めた。