第百五節 惨めに敗れよう
方源や方正と同じく、古月青書も孤児であった。
彼の両親は、彼が幼い頃に波濤の中で犠牲になっていた。
彼は族長の古月博に自ら育てられ、乙等の資質を測定された後、古月博の直接指導を受けた。彼の資質は優れており、乙等の中でも群を抜いており、ほぼ「擬似甲等」と呼べるほどで、古月博は常に彼を族長候補として育成していた。
古月青書は穏やかな性格で親しみやすく、周囲の族人からの評価も高く歓迎されていた。彼は家族への忠誠心が非常に強く、方正の出現によって自分が族長の座を継承する希望が絶たれたにもかかわらず、逆に喜んで方正の世話に専念した。
このような人物を地球に置き換えれば、岳飛や魏徴、包拯といった存在である。
残念なことに、1年後の狼群襲撃で北門が陥落した際、彼はこの突破口を塞ぎ族人を守るために身を挺した。最終的に二転の修為で無理やり三転の蠱虫を駆動し、「一夫関を守れば万夫も開くなし」の如く山寨を守り切った。
しかし彼自身は空窍が損滅し、最後は樹人へと変わり果てて死亡した。
このため、古月青書は方源に比較的深い印象を残すこととなった。
古月青書は方源がため息をつくのを見て、もちろん方源が自分の死を回想しているとは思わず、酒虫に悩んでいるのだと考えた。
彼は微笑みながら言った。「方源君ももうとっくに酒虫の限界は分かっているだろう。そう、酒虫は一転の蠱虫で、一転の青銅真元しか精錬できない。君はすでに二転蠱師だ。赤鉄真元に対して酒虫は無力だ。今は酒肆を持っているから、酒虫の飼育は以前より楽になっただろうが、自分に役立たないものを無駄に飼い続ける必要があるのかね?」
そして言葉を続けた。「ただし、君には不要でも、他の一転蠱師には効果がある。特に来春の開竜大典の後、新たに誕生する研修生たちにとって酒虫は大きな助けになる。だから家族に売り渡し、家族の力になる方が良いと思うがどうかな」
彼は微笑みながら言った。「方源もすでに酒虫の限界を理解しているだろう。その通り、酒虫は一転の蠱虫に過ぎず、一転の青銅真元しか精錬できない。お前はすでに二転蠱師だ。赤鉄真元に対して酒虫は無力だ。酒肆を手に入れた今、酒虫の飼育は以前より楽になったが、自分に不要なものを無駄に飼い続ける意味がどこにある?」
続けて語調を変え:「だが、お前には無用でも、他の一転蠱師には効果がある。特に来春の開竜大典後、家族に現れる新たな研修生たちにとって、酒虫は大きな助けとなる。故に、家族に売り渡し、一族の力になる方がよいのではないか?」
方源は沈黙した。
青書は少し考え込み、方源の本心を推測して言った:「分かったよ。酒虫が惜しくて、合煉したいんだろう。私の予想が正しければ、二転の白虫繭を経て、三転の蒙汗蝶へと進むつもりだろう」
「この秘伝は最も広く知られ、実用性も高い。蒙汗蝶も良い蠱だ。だが白虫繭には何の能力もない。丙等の資質である君が二転の修為で、何の役にも立たず餌代だけ食う白虫繭を飼い続ける価値があるか?」
「三転に昇格する可能性はどのくらいあると思う? 仮に成功しても、中年になっているだろう。数十年も無駄な白虫繭を飼い続けるつもりか? その餌代を他の蠱に使えば、もっと実用性があるはずだ」
「酒虫の真価は真元を精製し、小境界を向上させる点にある。それを単なる材料として使うのは、勿体ないと思わないか?」
全て(すべて)の蠱虫は唯一の能力しか持たない。
例えば六転の春秋蝉でも、再生の能力しかない。合煉後の新しい蠱は、通常一つの能力を継承し強化する。白玉蠱の場合、玉皮蠱の防御能力を強化した代わりに、白豕蠱の力増強効果を喪失した。
つまり白玉蠱を得ても、防御以外の効果は得られない。
青書の指摘通り(どおり)、酒虫の最大の価値は真元精製による小境界向上にある。
これは蠱師にとって、真元の貯蔵量を間接的に増大させると同時に、空竅の温養や修為の推進に大きく寄与する。
「白虫繭→蒙汗蝶」のルートで得る蠱は、真元精製能力を完全に失う。確かに勿体ない話だ。
実際、花酒行者※1 はこの方法を採用した。酒虫を蒙汗蝶に昇格させた後、常に携帯し、度々(たびたび)女性を昏睡状態に陥れて悪事を働いた。だが彼が死んだ後、蒙汗蝶は充分な餌を得られず、退化を重ね最終的に酒虫へ戻ってしまった。
方源が沈黙を続けるのを見て、青書は目を光らせながら続けた:「実は、我々(われわれ)の一族には別の秘伝が伝わっている。この秘方によれば、酒虫を二転の邀月蠱※2 へ、さらに三転の七香酒虫へと昇華できる。七香酒虫にも真元を精製する能力が残されている」
「方源よ、もし酒虫を売り渡す気がなければ、別の取引方法も考えられる。酒虫を一族に売却し、七香酒虫の合煉に成功した場合、君に五年間の使用権を与えよう。失敗しても、別途補償金を支払う。どう思う?」
この方法なら、合煉のリスクは完全に一族が被る。これほど優遇された条件、普通の者なら胸を躍らせて承諾するだろう。
だが方源は内心で冷笑した。
彼には自らの身の程が分かっている。
四割四分の丙等資質では、三転への昇格は不可能に近い。前世では百年以上この壁に阻まれ、ようやく資質向上の蠱を手にしたことで三転を果たせたのだ。
五年間の使用権は一見魅力的だが、方源にとっては霧の中の花、水に映る月のような儚いものだった。
古月青書がこの提案を出したのは、方源の三転への野望を見透かし、甘い餌を投げて釣り上げようとする計算だ。
だが彼の読みは最初から外れていた!
酒虫の合煉秘方なら、方源の記憶の中に最適解が存在していたのだ。
最初に二転の四味酒虫へ昇格させ、さらに三転の七香酒虫へ進む。四味酒虫も七香酒虫も、真元精製能力を保持している。
ただし四味酒虫への合煉は容易ではない。
第一に、酒虫二匹が必要だが、方源の手元には一匹しかない。第二に、合煉には酸っぱい・甘い・苦い・辛いという四種の味を持つ美酒が必須だ。
酒虫が市場に流通せず入手困難な点は置いといても、この四種の酒が問題だ。
辛口酒は最も一般的で、普通の白酒で代用可能。酸味のある酒は楊梅酒が使える。葡萄酒も酸味がある。甘酒は糯米酒で良い。だが苦味の酒は頭を悩ませる。
方源の知る限り、苦酒は艾家寨 で蓬を原料に醸造される緑色の酒しか存在しない。しかし艾家寨ははるか八万里の彼方にある。どうやって入手するのか?
酒虫を手元に留め続けてきたのは、高値売りつけようという打算ではなく、最初からこの昇格ルートを選んだからだ。他の道を選べば、酒虫の価値を台無しにするだけだった。
古月青書が方源の心中を推測できるはずもない。
彼は方源が首を縦に振らないのを見て、遂に切り札を出した:「方源よ。酒虫を売れば、お前と方正の関係を多少調整してやれる。少なくとも、奴が家産相続を名目に蠱で挑んでくることは防ごう。族規では戦書を受け取ったら、必ず応じねばならん。高層の許可が降りない挑戦でも、一旦は受諾する必要がある。負けると分かっていても、舞台に上がらず直接降参する場合でも、まずは挑戦を受け入れなければならん」
この世界は尚武の精神が強く、一族は臆病者を必要としない。戦書を受け取った蠱師は必ず応戦しなければならない。応じることで臆病でないことを証明する。大勢の前で敗北を認めることさえ、勇気ある行いとされる。
厳しい自然環境の圧力が生んだ当然の価値観だ。
一族の高層は斗蠱の結果を基に仲裁を行い、問題や紛争を解決する。
ただし斗蠱が許可される前提として、挑戦側に正当な理由や合理性があること、あるいは双方が賭けの協定に合意している必要がある。
「方正の斗蠱要求は理に適っており、おそらく許可されるだろう。そうなれば、結果が勝ち負けに関わらず、家老が判断を下す。君と方正の間で、家老はどちらを贔屓すると思う?」
青書の笑みが濃厚になり、灼熱のような眼差しで方源を凝視しながら圧力を加えた:「方源よ、仮に勝ったとしても、返還する家産が少なくなるだけだ。だが酒虫を一族に売れば、貢献と見做される。族は君を忘れまい。ここで保証する。方正は今後、家産を理由に挑んでこない」
言外の意味は、方正が別の口実で斗蠱を仕掛けてくるということだ。
これこそ古月青書や古月博が望む展開だった。彼等は方正が方源を打ち破り、心の影を払拭して自信を確立することを期待している。
方源は突然笑い出した。最初から青書の喋々(ちょうちょう)たる説得を聞いていたが、今になって初めて口を開いた。
「戦えば、私が負けると?」方源が青書に問う。
青書も笑いながら答えた:「勝負は予測不能さ。だが忠告しておくが、方正は二転の蠱『月霓裳』を合煉済みだ。君の優位性は薄いと思うよ」
「フフフ……」方源は首を振り、笑みを広げた。「負けるさ。間違いなく負ける。両親の遺産を全部吐き出し、路上生活しながら山寨を乞食して回るんだろう」
「君……!」古月青書は聡明な人物、方源の真意を悟り、たちまち表情が険しくなった。会って以来維持してきた自信に満ちた態度は消え、深刻な面持ちに変わった。
方源の言葉は露骨な脅迫だった。
方正は次期族長候補として育てられている。もし他人を両親と認め直し、修為と資質を盾に実兄を虐げて遺産を奪った事実が暴露されれば、方正の名誉は壊滅的な打撃を受ける。
仮に地球であっても、このような行為を行った者は世間から軽蔑される。ましてこの世界では家族愛の価値観が極めて重んじられている。
方正が魔道の徒ならまだしも、一族の族長として正道の指導者となるには、道徳を守り羽翼を護らねばならない。
一瞬、古月青書は呆然として方源を見つめた。自分が方源を十分理解していると思っていたが、まだ過小評価していたことに気付いた。
会見以来、彼が一語一語積み上げてきた優位性は、この瞬間に轟然と崩れ落ちた。
方源の核心を衝いた一言は、古月青書の急所を直撃していた。
もし相手が別人なら、方源は別の言い回しをしただろう。だが古月青書は一族への忠誠心が強く、前世では自らの命を犠牲にしても族を守った人物だ。だからこそ方源の脅迫は、彼に慎重さを強いていた。
しかし青書はすぐに平静を取り戻し、方源を食い入るよう見つめながら歯を食いしばって言った:「だがお前はそんな真似をしないだろう。遺産は最初からお前の目的だったはずだ。それを放棄すれば、どうやって修業を続ける?」
方源は微塵も恐れず青書の視線をまっすぐに受け止め、口元を吊り上げて笑みを浮かべた:「だから、君も酒虫買収の考えを諦め、方正に私へ挑戦状を叩きつけないよう説得するだろう?」
他の者なら方正を説得できまい。だが古月青書にはその力量がある。
その点、方源は疑いすらしていなかった。
場の空気が張り詰めた。
しばらく後、古月青書が自ら視線を外し、瞼を伏せた。
手にした杯を暫く見詰めていたが、ふっと笑い声を漏らした。
「面白い。それでいこう」声には澱んだ感情が滲んでいた。