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蛊真人  作者: 魏臣栋
青茅山
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第百三節 野望いちだい、世界は狭し

酒場さかばひろくないが、山寨さんさい東側ひがしがわ東門ひがしもんちかくという好立地こうりっち


東門ひがしもん北門きたもん人通ひとどおりのおおもんだ。そのため昼過ひるすぎや夕暮ゆうぐどきにはきゃくはいり、商売しょうばいっていた。


若旦那様わかだんなさま、どうぞおかけください」老職人ろうしょくにん方源ほうげんこしる。


数人すうにん店員てんいんつくえ腰掛こしかけを念入ねんいりにき、「ご主人様しゅじんさま」とけながらわらいをかべていた。


方源ほうげんくびり、すわわりに店内てんないあるまわ観察かんさつした。(これがわたし酒場さかばか)


平屋ひらやてだが地下貯蔵庫ちかちょぞうこがある。ゆかおおきな青煉瓦あおれんがめられ、壁際かべぎわ二台にだい中央ちゅうおう六台ろくだい四角しかくつくえ配置はいち各机かくつくえ長椅子ながいす四脚よんきゃくずついている。


入口いりぐちはいると暗褐色あんかっしょくながいカウンターがく。帳場ちょうばには筆硯ひっけん算盤そろばん背後せご酒棚さかだなには大小だいしょう酒壺さかつぼ――黒陶こくとう大型おおがたから白磁はくじ小瓶こびんまでならんでいた。


方源ほうげん無造作むぞうさあるあいだ老職人ろうしょくにんらは距離きょりたもいてまわった。


かれらは不安ふあんでたまらなかった。酒場さかば所有者しょゆうしゃ変更へんこうらせは突然とつぜんだった。まえ主人しゅじんである古月凍土こげつとうどおにのようにきびしく、冷酷れいこくだった。その支配しはいから解放かいほうされたよろこびより、あたらしいわか主人しゅじんへのおそれがまさっていた。



方源ほうげん突然とつぜんあしめた:「わるくないが、みせすこせまいな」


老職人ろうしょくにんあわててまえて、こしりながらこたえた:「毎夏まいなつそと日除ひよけのたなもうけ、つくえ追加ついかしておりました。ですが冬風ふゆかぜきびしいいま撤去てっきょしております」


方源ほうげんかすかにからだひねり、老職人ろうしょくにん一瞥いちべつした:「おまえ番頭ばんとうか?」


老職人ろうしょくにんさらふかあたまげた:「とんでもない。若旦那様わかだんなさまのおかた番頭ばんとうでございます」


方源ほうげんうなずき、他の店員てんいんたちを見渡みわたした。みな要領ようりょうものばかりの様子ようすだ。


地球ちきゅうなら、従業員じゅうぎょういん結託けったくして主人しゅじんだま心配しんぱいもあるだろう。だがこの世界せかいでは蛊師こし絶対ぜったい権威けんいにぎる。凡人ぼんじんころすもかすも一瞬いっしゅん気分きぶん次第しだいたと叔父夫婦おじふうふそそのかしても、彼等かれらさからう勇気ゆうきなど毛頭もうとうない。


「よし、帳簿ちょうぼってい。ちゃ一服いっぷく入れろ」方源ほうげんこしろした。


「かしこまりました、若旦那様わかだんなさま番頭ばんとう店員てんいんあわただしくうごまわった。


帳簿ちょうぼ十六冊じゅうろくさつもあり、竹紙たけがみじられた冊子さっしあわみどりがかっている。ると宣紙せんしよりかたもろいが、湿気しっけおお南疆なんきょう気候きこうてきしていた。


方源ほうげん手当てあたり次第しだい数冊すうさつし、ざっととおすと質問しつもんげかけた。


番頭ばんとうあわててこたえ、ほどなくしてひたいあせかべていた。前世ぜんせ血翼魔教けつよくまきょう創設そうせつし、数十万すうじゅうまん信徒しんとかかえた方源ほうげんには、些細ささい矛盾むじゅん見逃みのがせなかった。


酒場さかば九葉生機草きゅうようせいきそう収益源しゅうえきげん帳簿ちょうぼ不備ふび誤記ごきけがおもで、凡人ぼんじんどもが大胆不敵だいたんふてき真似まねはできなかった。


しかし最後さいごページをめくると、今月こんげつ収益しゅうえきが全て(すべて)古月凍土こげつとうどされていたことを発見はっけんした。


若旦那様わかだんなさままえのご主人様しゅじんさまみずからおりに……こばむことなどできませんでした」番頭ばんとうふるえる老躯ろうくあせぬぐいながらこたえた。



方源ほうげんだまったまま帳簿ちょうぼしずかにつくえき、番頭ばんとう一瞥いちべつした。


番頭ばんとう突如とつじょやまのような圧力あつりょくかんじ、恐怖きょうふひざふるえ、どすんとゆかひざいた。


番頭ばんとうひざまずくのをた他の店員てんいんたちも、またたく間に次々(つぎつぎ)と平伏ひれふした。


方源ほうげん悠然ゆうぜんすわったまま、視線しせんめぐらせた。


店員てんいんたちはこおり荒野こうやほうされたような寒気さむけおぼえ、いきころした。


凡人ぼんじんにとって酒場さかば仕事しごと安定あんていかつ安全あんぜん理想りそう職場しょくばうしないたくないとつよおもっていた。


威厳いげんしめ効果こうか十分じゅうぶん判断はんだんした方源ほうげんは、ゆっくりとくちひらいた:「ぎたことわぬ。帳簿ちょうぼかぎり、給金きゅうきんひくすぎる。今後こんご店員てんいん二割増にわりまし、番頭ばんとう四割増よんわりましだ。真面目まじめはたらけばむくいられる」


えると、方源ほうげんがり出口でぐちかった。


ひざまずいたものたちはしば呆然ぼうぜんとしたのち突然とつぜんなみだあふした。顔中かおじゅうなみだつたっていた。


若旦那様わかだんなさま、このうえないお慈悲じひ感謝かんしゃいたします!」


寛大かんだいなおこころかならにしてはたらきます!」


みのおや同然どうぜん! どうかおをつけて!」


背後はいごから涙声なみだごえと、青煉瓦あおれんがひたいけるおとひびいた。


恩威併用おんいへいよう――どの世界せかいでも支配者しはいしゃ従者じゅうしゃべる不二ふじほう威厳いげんあってこそ、些細ささいほどこしが千倍せんばい価値かちを持つ。


なきおんは「好々こうこうや」の烙印らくいんされるだけ。ときてば感謝かんしゃどころか、欲望よくぼう災厄さいやくまねく。


「だがこうした御人ぎょじんじゅつ小技しょうぎぎん。地球ちきゅうでは賞賛しょうさんされようが、しん大道だいどうおのれちからぐこと。いや、地球ちきゅうですらちからが全て(すべて)だ」


赤祖せきそ言葉ことば脳裏のうりかぶ――「銃口じゅうこうから政権せいけんまれる!」


この赤裸々(せきらら)な真理しんりこそ、全て(すべて)の権力けんりょく基盤きばん暴力ぼうりょくにあることをあばいていた。とみも、ちから影法師かげぼうしぎない。


酒場さかばを後にした方源ほうげん三棟さんとう竹楼ちくろうかった。叔父夫婦おじふうふされた物件ぶっけんは、ほぼ満室まんしつ状態じょうたいだった。




この世界せかいでは多産多育たさんたいいく奨励しょうれいされている。増加ぞうかつづける人口じんこうに、山寨さんさい空間くうかんせまく感じられるようになった。


家族制度かぞくせいど長子相続ちょうしそうぞく基本きほん。他のどもは自力じりき生計せいけいてなければならない。わずかな遺産いさんあたえられそと苦労くろうするものも、生涯しょうがいかかって竹楼ちくろう一棟いっとう購入こうにゅうできぬ場合ばあいおおい。


理由りゆうふたつ。飼育しいく莫大ばくだい費用ひようがかかること。そして山寨内さんさいない土地とちかぎられ、不動産ふどうさん価格かかく超高ちょうだかなことだ。


もちろん山寨外さんさいがいなら自由じゆういえてられるが、きわめて危険きけんだ。野獣やじゅう毒蛇どくへび出没しゅつぼつし、民家みんか侵入しんにゅうする。特に獣潮じゅうちょうたびに、そと建物たてものは全て(すべて)破壊はかいされる。


山寨拡張さんさいかくちょう唯一ゆいいつ解決策かいけつさくだが、拡張かくちょうすれば防御ぼうぎょ範囲はんいひろがり、獣潮じゅうちょうたいしきれなくなる。さらにほか山寨さんさい蛊師こし潜入せんにゅうしやすくなり、警戒けいかいむずかしくなる。


歴史的れきしてき古月山寨こげつさんさい何度なんど拡張かくちょうためしたが、毎回まいかい獣潮じゅうちょう破壊はかいされた。現在げんざい規模きぼ過去最大かこさいだいながら、これ以上いじょう拡張かくちょう不可能ふかのう判断はんだんされている。


方源ほうげん状況じょうきょう確認かくにんし、三棟さんとう竹楼ちくろう叔父夫婦おじふうふによって完璧かんぺき管理かんりされ、適正てきせい家賃やちん設定せっていされていることを理解りかいした。酒屋さかやほどの収益しゅうえきはないが、おもった以上いじょうすくなかった。


総合的そうごうてき)ると、当初(とうしょ)予想(よそう)より(はる)かに良好(りょうこう)状況(じょうきょう)だった。



つい二日前ふつかまえまで、かれなにたず、五枚ごまいにもたない元石げんせきしかたないちぶれた貧乏びんぼう小僧こぞうだった。それがいま一族いちぞく資産家しさんか仲間入なかまいりをたしていた。


借家しゃくやしているおんな房客ふだんきゃくたちは、転々(てんてん)と流浪るろうする二転にてん女蛊師おんなこしたちで、方源ほうげん身分みぶんると、こびるような眼差まなざしをけてきた。


方源ほうげんってとつげば、これ以上いじょうそとまわ危険きけんおか必要ひつようもなく、安定あんていしたらしがはいる。これこそが彼女かのじょたちが必死ひっしもとめてきたものだった。つまりいま方源ほうげんのぞめば、即座そくざ隠居いんきょして叔父おじけてきた裕福ゆうふく生活せいかつおくることだって可能かのうなのだ。


ゆび一本いっぽんうごかせば、大勢おおぜい女蛊師おんなこしむらがってくるだろう。


「だがこんなもの、おれもとめてるんじゃねえ」竹楼ちくろう二階にかいおんなたちのあつ視線しせんびながら、方源ほうげんまゆひそ欄干らんかんけてとおくを見詰みつめた。


遠方えんぽうひろがる青々(あおあお)とした山脈さんみゃくは、灰藍色はいあいいろ大空おおぞら布団ふとんにくるまったよこたわる巨人きょじんのようだった。


万里江河ばんりこうが蒼莽大地そうぼうだいち何時才能いつになったら我が縦横じゅうおうに任す?


風雲変幻ふううんへんげん龍蛇起陸りゅうだ きりく何時才能いつになったら睥睨へいげい衆生しゅじょう視下しかせん?



転生てんせいしてこのかた、根無ねなぐさのようにながながれてきた。いま必死ひっしきずげたこの資産しさん立派りっぱ基盤きばんだ。つぎ花酒遺産かしゅいさんこし、三転さんてん目指めざして天下てんかす!」方源ほうげん漆黒しっこくひとみほのおえ上が(あ)っていた。


青茅山せいぼうさんなんて、南疆なんきょう十万山脈じゅうまんさんみゃく一片いっぺんぎん。南疆なんきょうだって天下てんか片隅かたすみじゃないか。


小さすぎる、小さすぎる!こんなせま世界せかいに、どうして野望やぼうおさめられよう?


他人たにんながしてあらそ資産しさんも、かれ野望やぼうまえでは塵芥じんかいのようなものだ。



兄上あにうえりてきてください。はなしがあるんです」いつのにか古月方正こげつほうせい竹楼ちくろうしたたちうえ見上みあげて方源ほうげんめた。


「ん?」思考しこうさえぎられた方源ほうげん無表情むひょうじょう階下かいか方正ほうせい見下みおろす。


兄弟きょうだい視線しせんわしたまま、沈黙ちんもくながれた――


おとうと方正ほうせいべつ竹楼ちくろうかげおおわれ、まゆふかきざんだかおうえけていた。ひとみおくなにかがひかつづけている。


あに方源ほうげん陽光ようこうびて欄干らんかんもたれ、かすかにれたまぶたした深夜しんやのようなくろどんのようにひろがっていた。


似通にかよった面影おもかげが、たがいのひとみうつう。


おとうと出現しゅつげん方源ほうげんおどろかなかった。方正ほうせいこそ叔父夫婦おじふうふ遺産争いさんあらそいでもちいる「かたな」なのだ。


だが――


甲等こうとう資質ししつ だろうが、所詮しょせんごまぎん……ちいさすぎる)


たかみからおとうと見下みおろしながら、方源ほうげんこころおくでかすかなためいきらした。

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