第7話
よろしくお願いいたします。
目を覚まし周囲を見渡すとそこには見慣れないがどこか懐かしい景色があった。
とは言えカーテンに囲まれて外の様子はちっとも見えないが。
どうやら俺は保健室に運びこまれたらしい。
「やっと起きましたか」声のする方を向くとそこにはサクラが座っていた。
「目覚めて早々に申し訳ないですが……これって先生の歯ですか?」
奥歯の様なモノをポケットから無造作に取り出して俺の前で見せつけてきた。
「?」
必死になった俺は直ぐに舌を動かし確認する。
「って、冗談に決まっているじゃないですか校長!」
笑いながらサクラは自分の口の中に手を突っ込み、次に手が出てきたときには何も持っていなかった。
「安心してください。私、人間とは違って口の中に何も飼っていないのでキレイですよ」
そう言うと子供の様に大きく口を開いて真っ白な歯を見せびらかしてきた。
何だろうコイツ本当に。
性格のベクトルが逆になるとまた別の仕事上でのやりにくさが出て来る事を自覚させられる。
「なあ、サクラ」
「はい?」
「どうしてお前がこの学校にいるのか、理解しているのか?」
「えっ、そりゃ、教員だからですけど」素っ頓狂な顔を浮かべていた。
「じゃあ、教員としてお前は自分がなすべき事を実行できていると評価できるか?」
「あの、その、仕事をさぼってしまって申し訳なかったです」
「理解はあるのに行動しないなんて……お前、スクラップにしてやってもいいんだぞ?」
「ススッ、スクラップってあのスクラップですか? アンドロイドにとって言われて嫌なセリフ第一位(私調べ)の……人間からすれば死ねと言われるのと同じ事なんですよ」
奴は突然泣き顔になり始めた。
「……いいか、しっかり仕事しないと本気でスクラップにするからな!」
と俺はアンドロイドが拒絶反応を示す常套句で奴に圧を掛ける。
一言添えるが、コレはパワハラではない。
しかし、その常套句にも屈しないのがどうやらサクラという奴らしい。
「ふっ、ふっ、先生……」
今度は泣き顔からいきなり不敵な笑みを浮かべ始めた。
人工知能とは情緒不安定なものなのかと感じざるを得ない。
「それは不可能ですよ」
自信ありげに言っているが、同時にさっきの涙はダミーである事を如実に表していた。
「何故だ?」
「先生もご存じかと思いますが、私の頭の中には生徒の個人情報が山ほど入っています! この学校の生徒の個人情報もネットにいつでも公開する事だって可能なんですよ。そうなれば……」
そう自慢げに話す。それに対して流石に俺は水をさす。
「お前、それだけは冗談じゃ通じないぞ、マジで」俺はサクラの両肩を掴み真剣な目で訴えかけた。
「先生って、冗談通じないタイプなんですか? あはは、する訳ないじゃないですか」
「笑いごとじゃない……」
あまりに軽く考えていたのでこの時ばかりは本気で怒った。
俺よりもネットリテラシーがしっかりしていそうだと見ていたが、まさかそこらの知識が欠損しているのだろうか? と疑問に思ってしまった。
「でもその前に個人情報は……ってだから、冗談ですって!」
一層の圧力をかける様に睨みつけ、傍らに置かれた松葉杖を振り下ろそうとした。
それに反応して俺を静めさせようと、まあまあと言った感じで両手を少し動かしていた。
「全く、本当にケガされたんですか?」
「……あぁ」と言いながら杖をベッドの脇に置く。
全く、こんな奴と話をしている事自体が時間の無駄だった。
そう考えた俺は直ぐにベットから起き上がる。と同時に下顎に痛みが走る。
「そう言えば佐山先生が、私に色々とその故障した時の状況を話してくれましたよ」なんでそういう重要度の高い話を先にしないのだろうか? と心の中で呟く。
何か意図があったのだろうか?
「で、どんな内容だった?」
「えっと、私は全く記憶にないんですけど、どうやら入学式の日にあった出来事がきっかけで私が変わってしまった? とかで」
「それで?」
「あの職員会議の後に私が事故にあったみたいで」
「雷に打たれたんだろ?」
「どうしてそれを?」
「教頭先生から聞いている。お前、あの日外に出ていたのか?」
「えっと、本当に記憶には無いんですけど佐山先生いわく先生を私が校門までお見送りしにいったんですよ。その時に雷に当たったんだと。私には身に覚えはありませんが……」
サクラの視線は天井の方を向き、眉間に僅かながらシワが出来ていた。
「そうか……(まあ、起こってしまった事は仕方がないか)」
「それと校長、一つ相談があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「新入生のオリエンテーションキャンプって、勿論、私も一緒に参加できますよね?」
「えっ、お前は連れていかないけど」と、即答した。同時に、奴は絶望の表情を浮かべる。
「えっ、嘘……生徒と一緒にカレー作ったりとかできないんですか?」
「お前はついてきちゃだめだ。これは校長命令だ。分かったな?」
「でも」
「でもじゃない。いいか、お前がここからいなくなったら誰がお前の代わりができる? お前はこの学校の中でも重要な存在なんだぞ」そう言うと奴の表情が一気に柔らかくなり両手を頬に当て始めた。
「やだなぁ、校長ってば、偶にはいい事言ってくれるんですね」
「……とか言って調子にのるなよ」
「大丈夫ですよ、私、調子に乗りませんので!」
そう言いながらグーサインを俺に見せてきていた。
コイツの大丈夫は本来の意味を持っていない。
俺はそう解釈している。サクラはこの学校の運営に多大な影響を与えている。
コレは紛れもない事実だ。
故にコイツがいなくなれば学校の運営も苦労する事になり、多くの先生に迷惑が掛かってしまうのだ。
「じゃあ、誰か外部からアンドロイドを呼ぶとか無理なんですか?」
「金銭的に無理だ」
それが出来たらとっくにそうしている、と心の中で呟いた。
「お試しで雇ってみるというのもどうですか? いい考えだと思うんですけどね?」
参加させてくれオーラが奴の顔から滲み出ている。
「無料トライアルか……まあ、それもアリかも知れないな」
「えっ、じゃあ」
「でも、今回は連れて行かないぞ(ああいうのは一度試したら営業がしつこい)」
「えーっ!」と、まるで駄々をこねる子供の様でサクラは行きたい気持ちを吐露した。
「あのなぁ、たとえ雇うとしてもそんな費用とか諸々の事務的な手続きとかで時間がかかったりもして面倒なんだ。余計な仕事をお前が増やしてどうする? そもそも、お前がこの合宿に行きたいからそんな提案しているんだろ?」
「いいえ、決して……そんな事は」言うと同時に視線が壁の方に向く。
「遊びに行くんじゃないんだし、お前の役割は何だ?」
「分かりました。今回だけは見逃します。その代わり……」
「何だ?」
俺は少しばかり身構えて奴の顔に視線を集中させる。
「土産話、よろしくお願いしますね」
「おっ、おう」
意外に純粋だった。
何ならまた個人情報を晒すみたいなヤバい発言をし始めるかと思ったがそんな事は無く納得してくれそうだった。
これで奴の合宿行きへの不参加が決定した。
というより最初から連れていく予定なんて無かった。
どうしてそこまでこの合宿に行く事にこだわっていたのか?
すこしばかり奴の過去になにかあるのかとさえ思った。
だが、奴は所詮機械。金属の塊でしかないのだ。
きっと過去なんて大した事無い。
人間の命令を聞いてその通りに動く。
科学技術が生み出した合法的な奴隷。
俺自身が奴隷に踊らされている事自体おかしい話だ。
オリエンテーションキャンプは明後日から始まる。
それまでに俺も身支度を済ましておかなくてはならない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。