第6話
よろしくお願いいたします。
数日後―部屋から職員室の方へ向かうとサクラがデスクに突っ伏して居眠りをしていた。
「やっぱりどこか変ですよねここ最近のサクラ先生」と万田先生が声を掛けてきた。
今日は黒色のタンクトップを着ていた。
「ええ、そうなんですよ……って、何しているんですか?」
寝ているサクラの脳天めがけて空手チョップを見舞ったのだ。
しかし、それでもサクラは眠り続けたままだった。
「だって、テレビって叩けば直るとか言うじゃないですか」
いや、何時代だよ。
そう心の中で呟く。
「実は、叩いて直ったんじゃなくてその逆みたいなんですよ」
「なるほど」と何を納得したのか、腑に落ちた顔をした万田先生はサクラの首元に腕を回し込みそのまま捻った。
「って、なんで捻っているんですか!」
「えっ、だって叩いてダメなんじゃ?」
「そういう事じゃなくて」
「こう言う事ですか?」と言うといきなり頬を掴み捻った。
「場所の問題じゃないんですよ!」
万田先生、やはりこの人は脳筋だったか。
見た目通りである。
これらの行為に対してもサクラは起きようとはしない。
するとその様子を見ていたのか後ろから今度は姫野先生が入ってきた。
「あれま、サクラ先生来るの遅いから見に来たら寝ちゃってますな」
姫野先生はサクラと新入生向けのオリエンテーション合宿に関する打合せをする予定だったらしい。
しかし、予定時間を過ぎているにも関わらず今も眠っている。
昼休みなら別に眠る事は悪くない。
ただ、遅刻するほど眠る事はたとえ機械、いや、むしろ機械だからもっとダメであろう。
正確さは機械にとって取柄の一つなのに。
きっちりとしてるものなんじゃないのかと疑いを抱いてしまう位の態度、認めたくは無いが、やはり運営にはいくらか支障が出ている。
こんな調子だったら先行きが不安すぎる。
すると―
「えーっと、確か、こういう時は……」と言いながらサクラの耳元に姫野先生が口元を近づけていく。
「コード:―」
と小声ではあるが最初の部分しか聞き取る事が出来なかった。
耳元である特定の言葉を発するとアンドロイドに対して、強制的に命令を下して行動させる事ができる。
たとえ睡眠中だったとしてもである。
無論、先ほどの様な雑な目覚め方ではない。
まあ、元営業の俺でも流石にどのセリフがどの行動になるかなんて細かい事までは覚えていないが……。
文系の先生なのに意外と機械関係に精通しているのだろうか、とふと思ってしまった。
「今、サクラ先生はスリープモードに入っていたので、暫くすれば起きるっす」
「こういうのって勝手に起こしちゃっても大丈夫なんですか?」
「大丈夫っすよ。一先生だって充電中のスマホがフル充電でなくても引っこ抜いて使いますよね? それと同じっす」
「はぁ、なるほど」どこか納得したかのような調子を万田先生は見せていた。どうやら起こせる目途が立ったらしい。
すると、そこから数秒程でゆっくりとサクラは顔を上げた。
「おーい、姫野先生が待っているぞ」と奴の肩を数回叩く。
するとそれに反応したのかサクラはスッとこちらを向くかに思えた。
しかし、いきなり俺の鳩尾に痛みが走る。
そして俺はそのまま床の上に倒れ込んだ。
一瞬の出来事であったが、サクラの拳が俺の急所を突いたのがチラリと見えた。
そのままサクラの標的は近くにいた万田先生の方へと変わった。
きっと、止めてくれるだろう。
そう思っていたが期待はあえなく潰えた。
万田先生は身構えてまもなくサクラの回し蹴りを頭部にくらった。
デスクに寄りかかりながら倒れ、机上の書類をぶちまけそのまま伸びてしまったのだ。
この様子を見ていた他の先生達はデスクから立ち上がり呆然としているだけであった。
一方、次の標的が姫野先生の方へと確実に向けられていた。
姫野先生はその場から逃げる事無く突っ立っていた。
ただ、焦っている様子は見られない。
「一先生、間違えて自衛モードを起動させるコードを言ってしまったみたいっす」
さっきまでスリープモードだったのにお次は自衛モードか、犯罪者用だろうが、せめて教師くらい識別もできなくなってしまったのかコイツ!
「このモードって確か教師や生徒とかは襲撃しないはずなんですけど……やっぱりバグっているんすかね」
そう話していると、急にサクラの脇の間から誰かの腕が挟みこまれるのが見えた。
その腕は佐山先生のものだった。
羽交い絞めにされたサクラはそこから動く事が出来なくなった様子だった。
「サクラ先生、いきなりどうしたんですか?」
「ごめん佐山先生、彼女をそのまま固定でおなしゃす!」と言いながら姫野先生がサクラの耳元に再び近づいていき口を動かす。
するとサクラの体から一気に力が抜けていくのが目に見えて分かった。
「すみません。もう一度スリープモードに戻しましたので安心してくださいっす」
「ってサクラ先生……っ、重たい」と言いながらゆっくりと佐山先生は床の上にサクラを横たえた。
「これは?」と職員室に入って来た教頭が絶句していた。
「えっと……コレはですね……」と俺は事情を説明する為に鳩尾に片手を当てつつそっと立ち上がる。
ただ、それを遮る様にして姫野先生が俺の前に背を向けて立ち入って来た。
「すみません! 私が悪いっす! 私のミスなんす!」と教頭に向かって頭を下げた。
その後、事情を説明してこの場は収まった。
「あの先生少し時間よろしいですか?」
何故か佐山先生が俺の耳元に囁いてきていた。
それに対し軽く頷くと職員室を出て少し離れた階段下のスペースに俺は。
案内された。
教室の方からは生徒達の騒がしい声が僅かに聞こえてくる。
が、ここなら他人に聞かれたくない話をしても死角となりバレそうにはない。
「よく、こんな所分かりますね」
「私、よくココで他の生徒とたむろしていたので、懐かしいです」
「ああそうか、先生って……」
「はい、この学校の卒業生なんです」と彼女はどこか自慢げな顔をして見せた。
「なるほど」
「私、この学校の事が好きで……って、今はそんな話は良いですね」
俺がイマイチ興味なさげな顔をしていたのを見抜いたのか、チラリとこちらの顔を伺うと直ぐに本題へと移り始めた。
「すみません、実は―」
彼女は事の次第を洗いざらい説明してくれた。
彼女がサクラと衝突してしまいあの様になんだかおかしな感じになった事実を。
「そう、だったんですか」
「本当に、本当に申し訳ございませんでした」
佐山先生は深々と礼をしてきた。
「彼女の修理代が、あの、足りないなら、死亡保険をかけてでもお支払いします!」と今度は膝から崩れ落ちて土下座をしてきた。
「ここは桜井先生に丁重に謝罪する事が大切だと思いましたので」とさらに謝罪の弁を彼女は述べ続けた。
「いや、その、実はアレ大丈夫だったんです」
「えっ?」
「大丈夫だった……というよりも、修理ができないので……現状維持という事になりまして」
「それって、修理できないって事はつまり、全額弁償という事ですか……」と彼女はその場で俯きながら絶望のオーラを醸し出してきていた。
「いや、その……」
俺がこのままサクラを使い続ける事を説明する前に俺の目線よりも更に下に彼女の丸くなった体はあった。
「申し訳ございません。やっぱり、弁償ですよね!」
ダメだ、面倒くさ。
最後まで人の話を聞いてくれ、というのがこの時の俺の心情を表すのにふさわしい言葉だった。
「あの、佐山先生、大丈夫ですから」と彼女の事を説得する為に俺はその場にしゃがみこんでいた。
そんな彼女を見かねた俺は、さすがにこの光景を生徒や他の教師に見られて何か勘違いされるとまずいと考え土下座を辞める様に両腕を無理やり持ちあげようとする。
しかし、彼女の体はビクとも動く事は無く、超巨大な漬物石が目の前に置かれているかの様な感じだった。
「あの、先生、このままだと僕が土下座を強要している様に見えるのでその姿勢辞めてもらっていいですか?」
「あっ、すみません」と彼女が言った途端に俺の顎に強い衝撃と共に強烈な痛みが走る。
「えっ、ちょっ、先生、大丈夫ですか?」
「えっと……まぁまぁ、や、ば、い」そのまま、俺は気を失ってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。