第4話
よろしくお願いいたします。
入学式終了後―
「えっと、今日だけ皆さんのクラスを担当する桜井一です。皆さんの担任は今日だけお休みで、僕が今日の代わりをさせていただきます。よろしくお願いします」
目の前の生徒達に加えて教室後方に立っている保護者達をサッと見渡しお辞儀をした。
式中でも似たセリフで挨拶をして慣れない感じがした。
そこから一人ずつ簡単に軽く自己紹介をしてもらい、集合写真を撮り終えた所で解散となった。
多くの手荷物を持った生徒達を見送る。
最後の一人が帰宅したのを見送ると黒板を消して教卓上で荷物をまとめる。
俺は校長室に戻り先ほどの遺品整理とやらの続きをしようと教室の外へ出ようとした。
すると教室の前側のドアが勢いよくスライドする音がした。
目を向けるとそこには制服姿の少女が立っていた。
しかし、先ほど見た生徒達の中には見た事が無い雰囲気の生徒だった。
高身長で黒い長髪が映え、活力が溢れている様な印象を受けた。
「おっ、遅れてしまってごめんなさい!」
いきなり謝罪の言葉を投げかける彼女に俺は少し困惑した。
困惑しつつも一人だけ式に出席していなかった事を思い出しこの子だなと思った。
ただ、このクラスの人間であっても正直説教をする気はあまり起きない。
まあ、一応教育者という立場になったのだから何かしら最低限の注意はしなくてはならないとは感じていた。
「君はここのクラスの生徒かい?」
「はい、そうです」
こちらに背を向けてドアを閉め教卓の近くまで来る。
「えっと、どうして遅刻したんだ?」
とりあえず理由から問い詰める。
「あの……」
「何だ? 何か言えない理由でもあるのか?」
「えっと、実は……昨日少し……飲み過ぎてしまって」
「……」
俺は耳を疑った。
それに加え、俺自身の高校生活においてこのような振舞いをする様な学生はほとんど存在しなかった。
故にこれまでの経験則と比べて驚きは大きかった。
コレが俺と親父の上での話だったら間違いなく殺されていただろう。
「夜更かしし過ぎてしまったんです!」
勢いよく彼女は言い切った。
「はぁ、一応聞くが飲んだって何を飲んだんだ?」
恐る恐る彼女に問い詰める。
問い詰められた彼女は少し頬を赤らめながらも何か恥じらっている様な反応を俺に見せてきた。
「えっ、えっと、実は昨日、ストレートでロックスターを飲んでしまってその……寝るのが遅くなってしまって、その、起きるのも遅くなってしまって、ごめんなさい!」
彼女は深々と俺に対して頭を下げた。
それだけで無く両腕を前に差し出し、お縄にかかる覚悟を示してさえいた。
真っ先に俺がこの子に対して抱いた印象。
それは恐らく他の人間も抱くであろう事。
正直者すぎる。
自分が飲んだ事を入学早々に告白。
そうだきっと何か飲まなくてはならない事情があったのだろう。
きっとそうだ。
そうに違いない。春先だし。
入学ってお祝い事だし。
面倒な事を起こさないならば俺はそれで良かった。
それにしてもロックスター……そんな銘柄があるのか。
入学初日から飲酒して寝坊して遅刻?
ただ、それだとしたら純粋すぎないかという疑問が拭えない。
どう切り出せばいいのか少しばかり思考が止まる。
数秒の沈黙。いきなり面倒事にぶつかってしまった。
そこでまずは別の質問をして真相に近づいていこうという考えに帰着した。
小さく咳払いをする。
「ところで君、名前は?」
「松井友梨奈です!」
「ああ―」
出欠確認の時にそう言う名前の生徒がいた事に合点がいった。
「俺、いや、私はこの学校の校長の桜井一だ。これからよろしくお願いします」と言ったが、慣れないこのセリフ今日だけで何回目だよと思い辟易する。
「よっ、よろしくお願いします。痛っ!」
彼女は教壇の角に額をぶつけ手でさすっている。
「だっ、大丈夫か?」
声をかけてみるが……もしかしてまだ酔いが回ってしまっているのか? という疑問もでてきた。いや、それとも単にドジっただけなのか?
「ああ、大丈夫です。よく物とかに頭ぶつけちゃったりするので」
「そっ、そうか―」
ここで俺は意を決して聞いてみる。
「ところで、遅れた理由についてだが……ロックスターって言うのは……なんだ?」
「ああ、持って来ていますよ」
彼女はリュックをいじり始める。
「なっ、何っ?」
「コレがロックスターです。先生もいかがですか?」
彼女がリュックから出してきたのは長細い飲料缶だった。
「何コレ?」
「エナドリですけど、いかがですか?」
「いっ、いや……遠慮しておくよ」
その後、俺は軽く注意をした上で、先ほどと同じ説明を彼女にもした。
「それじゃあ、桜井先生さようなら」
そう言って彼女は礼をして帰っていった。その後ろ姿を見ながらある事に気付いた。
彼女の親が居なかった事に―。
△▼
午前に式が終わり午後からは顔合わせを兼ねた職員会議が開かれた。
「本日は皆さん入学式ご苦労様でした。では今年度最初の職員会議を始めたいと思います」
教頭主導で職員会議が始まった。
その場には前にコンビニ前であった彼女も参加していた。
俺以外大して制服姿の彼女の事について気にしている様な教員は一人を除いて誰もいなかった。
明らかに大学生と思えてしまう彼女の方を一人の若い女性教員が視線をアンドロイドと、手元の書類とを行ったり来たりさせていた。
そんな彼女の方に俺の気が向いている中、新しい教員の挨拶へと移った。
「今年度、新たにこの学校で我々の仲間となる先生方の挨拶に移りたいと思います」
教頭から目配りがこちらへと向けられる。
なるほど、まずは自分からという訳か―
「皆さんはじめまして―」
一分程で俺は父の事について大人の話をしてそこから軽く自分の経歴等について触れた。
反応はまあ想像通りで表面的には歓迎されている様な空気が漂っていた。
まぁ裏では何を思われているのか知る由は無いが。
「では、次……佐山先生お願いします」
「えっ、はっ、はい!」と浮ついた声で反応しその場に立った。
朝に会った国語科の姫野先生とは真逆で身長が男性の平均くらいにはある感じの先生だ。
ただ、少し猫背気味なのと表情が何故か少し暗かった。
あまり健康的でない印象を与えていた。
そんな彼女は突然、スッと姿勢を正しそれまでの疲れを吹き飛ばす様に、キリっと眼を輝かせた。 先程とはうって変わりヤル気が滲み出て健やかな表情を浮かべていた。
「今年度から配属……いいえ、」
彼女は一度軽く咳払いをした。
「今年度からこちらの高校で体育を担当する事になりました佐山凛と申します。生徒達の健やかな成長のお手伝いができるように尽力していく所存で精進してまいります」
彼女の言葉からはハッキリと芯の強さを感じ取る事が出来た。
先ほどの雰囲気とはまるで人が変わった様だった。
しかし、他の教師たちの反応を見ると俺の時と大して変わった様子は無かった。
拍手が鳴りやむと彼女はスッと一礼して席に着いた。
席に着いた時の彼女の目元はどこか優しそうな雰囲気を纏っていた。
しかし、すぐに疲労感が溜まっている先ほどの状態に戻っていた。
「はい、では、教員の挨拶は以上です」
そう、今年度新しくこの学校にやって来た先生は俺以外だと彼女だけである。
募集していた枠は体育だけでは無いが、単純に人材が集まらなかったのだ。
昨今の社会問題となっている教員不足の影響があるのだろう。
まあ、惰性で校長をやっている俺とは違い彼女にはどこか本気で生徒と向き合おうとする気概が声や見た目からは感じられた。
ただオンとオフの差がどうやら激しいのかもしれない。
そこから会議は授業の進行等これから新学期を迎えるに当たっての説明がなされた。
「何かご質問がある方は?」
教頭がそう切り出すと一人がスッと片手を挙げた。
見るとサクラとか名乗っていた白髪のアンドロイドだった。
「あの、この様な人間が本気で新しい校長になるのですか?」
彼女はまだ諦めていないようだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。