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第3話

よろしくお願いいたします。

  「警察を呼ぶのも面倒ですから、そこに放置しておきましょう。酔っている風に見えますから問題ないでしょう」

 彼女はそう言いながら両手に付いたゴミを払い落とす様な素振りを見せる。

 どうやら俺からの話の圧に耐えかねたのか気が付けば胸ぐらを掴んでいた奴は気絶してしまっていた。

 他の奴らは、俺の呼び止めを無視して気絶した仲間を放置して話の途中でどこかへ行ってしまった。








 「話の続きですが、あなたはどうして校長になるのですか?」

 「いや、だから、俺は校長になる予定も無ければ、意志も無いさ」

 「そうですか。それは良かったです。あなたの様な行動が伴わず、リーダーシップも無い、言葉だけの人間には務まらない仕事だと生前、校長も仰っていらしたので」

 「なっ、何だと?」

 「ええ、あなたは大した忍耐力も無い。ただ、言葉巧みに言い訳を作って逃げるだけの……腰抜けだと仰っていましたから」











 「……なんだよお前! そんな事をわざわざ伝える為に来たのか?」

 「ええ、そうですよ。そんなあなたは校長の職になんて向いていない事をね」

 「……」

 何だろう。

 無性にそんな事を言われたのが気に入らなかったのか、言い返そうとすると言葉に詰まってしまう。

 「何も言い返せないという事は、認めざるを得ないという事なんですね」

 「いいや……それは違う!」

 「嘘ですよね?」









 「……」

 「あなたは今少し動揺しました。こういう時、大抵の人間は虚勢を張っているものですよ」

 この二億の前では色々とウソをつく事は難しいらしい。

 まあ、自分でも言われた内容には自覚があった。

 こんな俺はここぞという時に口先だけが達者で、行動力なんてまるでない。

 相手に物言いそこで終わり。

 語るだけで終わりの人間なのだ。

 「まあどうせ、行動力も無い。権力も無い。そんなあなたには学校のリーダーなんて務まりませんしね」

 「何度も同じことを言うなよ……」

 「……」

 そこまで言われると流石に腹が立つが、ココでまた気を乱してはいけない。











 「人を言葉で言いくるめるなんて、まるで詐欺師ですね」

 詐欺師か。

 確かに俺はこれまでに色々と言い訳を作って色んな人や物事から逃げて期待や苦労を欺けてきた。 それに金もないどころかあるのは借金。

 持ち合わせるのは言葉を紡ぎだす能力くらいか。

 それ以外は言うまでも無かった。

 なんだか目の前の鉄塊に言われると無性に腹が立つし、これまでの自分に対しても腹が立っていた。









 「それじゃあ、アンタの期待を裏切る言葉を言ってやる」

 「はい?」

 「俺は校長になる」

 「はっ……返す言葉が無くなって嘘でもついているのですか?」

 「それじゃあ今の俺が、嘘をついているように見えるか?」

 「……」

  そう言い残して俺は踵を返した。




 ▽▲



 葬式から一ヵ月後―

 俺は今、新しい職場に向かって坂道を歩いている。

 あの後、結局俺は母の願いを受け入れた。母に対する親孝行という側面が大きな理由だ。

 父とは異なり、母にはかなり世話になった。

 性格も父とは正反対。その証拠に自分の盾となって守ってくれる事さえあった。

 持病もちで病弱だったにも関わらず。








  

 しかし内面は所謂、鉄の女とでも言うべき人物である。

 母が染まりやすい人間だったなら俺は確実にグレてシャフにでもなっていただろう。

 ある意味、今日の俺があるのは母の存在がかなり大きい。

 そこで仕方なく母の願いを叶えようという決心にあの時至った。

 無論借金も大きな理由の一つではあるが。








 一方で―

 初仕事は入学式の祝辞を読むというもの。

 俺にとってもある種の入学式だ。

 教員歴のない失業者が校長になるなんてとんでもない進歩だと感じる人間もいるだろう。

 しかし、これはあくまでも世襲制という名の伝統と闇によるもの。

 決して自分の経歴や実力がスゴイという事ではない。




 


 



 自覚もある。仕事場へと到着して直ぐに向かったのは校長室、ではなく職員室。

 職場のリーダーになったとは言えいきなりやって来た男がずかずかと校長室に入って行くのはいかがなものか、と感じたからだ。

 そこは最低限の大人の対応。

 職員室前に着くと自然と身なりを整える。








 「おはようございます」

 職員室に入る。

 反応なし―時刻が早過ぎるわけではない。

 入学式が始まるまでの時間が有り余っている訳でも無い。

 それに校門付近では既に数名の教員と軽い挨拶を終え生徒や保護者も見かけた位の時間だ。

 「おはようございます」

 試しにもう一度声をかけてみる。

 すると―

 「どちら様すか?」

 背後から声がしたのですっと後ろを振り返る。

 そこには丸眼鏡を掛けた若くて小柄な女性が立っていた。

 パッと見た感じでは中学生くらいではないかと見間違えてしまう感じだった。









 「えっと、あなたは?」

 「もしかしてもしかすると、あなたが新しい校長先生か何かっすか?」と興味ありげな目つきで見上げてきていた。

 少し語尾が気になるが初対面の人にそこを突っ込むのはいささか気が引けたので見逃す事にした。

 「はい、俺……私が今月からこの学校の校長となりました―」

 「桜井一……先生すか?」

  自分の事を先生と言われるとどこか気恥ずかしさを覚えた。

 「はい、よろしくお願いします」

  ゆっくりと頭を下げた。










 「こちらこそ、よろしくお願いするっす。国語科の姫野っす」

 相手もそれ相応の態度で挨拶をしてきた。

 国語が専門ならさっきからの語尾が余計に気になってしまうし、本当に国語の先生なのかも気になってしまう。

 「姫野先生ですね。えっと、他の先生方はどこへいらっしゃったのですか?」

  単刀直入に聞きたい事を聞いた。

 「ああ、他の先生は……えっと、多分、体育館の方で準備に追われていると思うっす」

 「そうですか」

 「あの、お悔やみ申し上げするっす。校長先生の件…」

  彼女は少しうつむき気味に言葉を紡ぎ始める。

  先にも紹介したが俺の父、桜井零士はこの高校の校長だった。










 「生前は父がお世話になりました。こちらこそありがとうございました」

 これまでの父が世話になった事の感謝等を述べる。

 無論、社交辞令だが。

 「まあ、確かにそれもあるっすけど……桜井先生、あなた自身の事でもあるんすよ?」

 「はっ、はい?」

 「だって、この学校の跡継ぎって、ぶっちゃけこれまで勤めていた所を辞めるリスク背負い込まないといけなくないすか? 折角キャリアを積んでこられたろうに……」

 彼女の若い見た目通りに年相応な感じの喋り方である。

 この時点で教員名簿を記憶の中に呼び起こすと、彼女の年齢は僕よりも一つ年上。





 





 ただ、身長が低く、薄化粧なのか制服を着て入学式に紛れ込んでも大して学生だとバレそうにない雰囲気である。

 「先生、どうかされたすか?」

  彼女が見上げてきた。

 「いいえ、何も……」

  自分の考えていた事を悟られない様に振舞う。

 「まあ、先生は跡継ぎで不幸って感じすねなんか」

 「……」

  初対面の相手にここまで攻めた事を言われるとは。

  年が近いとは言っても少し馴れ馴れしすぎやしないかと感じた。

  俺の感覚が狂っていないのか心配になってしまう程だ。









 ただ、話の内容としては、あながち間違ってはいない。

  正直、この高校の財政状況はもはや廃校する一歩手前。

  こんな所に二億が転がっている訳が無いと誰しもが思ってしまう。

  しかし、親父は他の学園の傘下に入る事には生前から反対だったらしい。








 そのおかげで経営にもしっかりと力を入れなくてはならなかった。

 延命治療の治療代をやりくりせねばならないのだ。

 しかし、進学実績やインターハイ等の部活動系の成績も特段目立った成果を挙げれていない。

 それに周囲にはこの学校の上位互換や下位互換の学校もある。









 わざわざこんな私立高校に公立高校より高い金を払って来る奴の方がどうかと思われてもおかしくない。

 「まあ世襲制とやらの圧力ですよ。これにはどうにもこうにも逆らえませんでした」

 俺は苦笑する様な表情を作ってみせた。








 「そっすか。あっ、いけない。私持って行かなきゃいけない物があるんだった」

 目的を思い出した彼女は俺の前を通り過ぎてからブラインダーが掛かる窓の近くの机へと向かった。

 机上には新年度が始まろうとしていた為なのか書類や様々な色のバインダーが山積みにされていた。

 部屋の中を観察すると全体的に錆が目立つ鼠色のデスクで統一され床にも黒ずみの箇所がかなり目立っている。










 お世辞にもキレイとは言えない。

 エアコンのスイッチの隣や小さな洗面台の近くには節約! と書かれた紙も貼られていた。

 その山を先生は上から順にどけていきながら何かを探している。

 そこからすぐに目当てのファイルを見つけたのかそれを片手に持ちこちらへと戻ってきた。








 「じゃあ、先生、私はここらへんで。何か分からない事があったら何でも聞いてくださいな」

 「あっ、えっと、それじゃあ校長室ってどこにあるか分かりますか?」

 「ああ、それなら―」

 と彼女が指さした方に目をやると暖簾が掛けられた入口があり上の方には木彫りで校長室と黒く彫られたかまぼこ板の様な簡素な板が取り付けられていた。

  取り敢えず先生方への挨拶は式が終了した後にするとして先に目的地へと向かう事にした。











 校長室は職員室の奥にある作りになっていた。

 よって廊下からだと分からないのも当然だと頷けた。

 校長室は父の死後から手を付けられていない事は前に教頭から聞いていた。

 故に遺品が手つかずの状態で残っている。

 片付けなければならないと最初は思っていた。






 しかし、実のところ片付けとは言っても大して散らかってはいなかった。

 むしろキレイに整理整頓されていた。 

 ファイルや本、書類も年代別に分類されていた。

 まあ親父の性格を考えるに当然と言えば当然なのかも知れない。

 質実剛健で俺には厳しくて、部屋を少しでも散らかすと直ぐに怒り出していた。








 母とは真逆の存在。

 机の周囲や本棚に飾ってある物に勿論だが家庭的なイロや趣味の要素は一切無い。

 そもそも奴に趣味なんてあるのかさえ分からない。

 理路整然と本棚に収納されたバインダー。

 等間隔で並べられた花瓶や壺には目立った埃は無く陽光に照らされていた。

 するとそこに一人の人物が入って来た。








 「あら、お見えでしたか」

 「ああ、おはようございます教頭先生」

 声のする方には白髪姿の老婆が立っていた。

 直接会うのは葬式以来だった。










 「本日からお勤めいただきますが改めてよろしくお願いいたします」

 彼女はスッと俺の方に向かってお辞儀をした。

 さっきの国語科の教師よりよっぽど日本語に精通していそうである。それに年相応の気品とオーラを纏っている。

 「あの、なにかをお探しの様に見受けられますが?」







 「えっと、いえいえ、単に父の遺品を式が始まるまで見ていただけで……」

 「あら、そうでしたか」

  そこで数秒間の沈黙が流れた。何処か居心地が悪かったので俺は何か話題を探す。

 「先生こそ、どうされたのですか?」

 「校長先生に一つお願いしたい事がございまして―」

   教頭が切り出したお願いというのは一年生のあるクラスの担任が休んでいるので今日だけ代わりに担任をして欲しいという事だった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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