第25話
よろしくお願いいたします。
観た事のある景色。というより、今俺がいる部屋だ。
いつもの眺めとは少しだけ画角が低い位置だが、明らかにこの部屋だった。
そう感じた刹那。俺の視線は流れる様に被写体へと移る。
「サクラ君、少し良いかね?」
久しぶりに聞いた声。いつも自分が座っている席に着く男。懐かしいというよりは少し苛立ちを思い出させる声だ。画面に映し出された男―桜井零士。白い髪に白い髭。葬式で見た時と大して変わってはいなかったが、家を出ていった時に比べると白髪が増えたイメージだ。コイツが座っている椅子に俺が腰かけていると思うと変な気分になった。
「なんでしょうか校長?」
冷徹な声色。間違いなく以前のサクラであろう。
「私の息子に関する事なんだがね」
「はぁ……いい加減に連絡を差し上げたらいかがですか?」
「いや、まあ、それはそうなのだが……」
少し気弱そうに悩んでいる姿を見て俺は珍しく思えた。
「何をそんなに悩まれる事があるというのですか?」
「いいや、何となく恥ずかしい気分になってしまってなぁ」
「恥ずかしい……ですか?」
「そう言うものなんだよ人間というものは。冷え切った人間関係だと中々言い始める事ができないものなんだ」
「連絡を取らないと本当に一生取る事なく、人生が終わってしまいますよ」
「全く、本当に君はイタい所をつついてくる」
「痛かろうが、痛くなかろうが事実ですので」
「ふむ……」
「それか、私が変わりに仲介人にでもなりましょうか?」
「いやいや、そんな事をする余裕があるなら他の先生の手伝いに行きたまえ」
「承知しました。ですが、この様な事はお早めになさっていた方がよろしいのではないでしょうか?」
「ああ、分かった、分かった」
「失礼します」
そう言うと画面がいきなり真っ暗になった。
まるで違う性格。想定していた人物像と異なっていた事にでもアテられたのだろうか。
人間は老いると性格が丸くなる場合が多いと聞くが、本当にそうだなと少しばかり感心した。
別の人間が特殊メイクで変装して演技しているかのようだ。正直、話の内容よりもこの動画の最初の方はその意外さに気を取られてしまっていた。そんな思考を巡らせる俺にサクラが一言。
「どうですか?」
「……」
直ぐには言葉が見つからない。
珍しく配慮したのかこれ以上、サクラから追及されるような事は無かった。
そして、再び画面が明るくなる。場所が変わっている事には直ぐに気付いた。
数か月前、この学校にやってきた時の記憶が思い出される。職員会議のシーンだと。
「それでは、これから会議を始めます―」淡々と慣れた口調で会議が始まる。
そこからしばらくは会議の様子が流れていた。
数分もすると次はまた別の場面に切り替わった。何回も切り替わる映像。一体何を見せたいのか、俺にはイマイチ分からなかった。
父の生前の様々な様子が切り抜かれていた。
俺よりも円滑にこなす父の姿がそこにはあった。
まざまざと見せられたその映像に俺はふとこれまでの自分の行動を振り返っていた。
自分はこの仕事においてやはり不適合者だと。別にこの仕事に特別な思い入れはない。
入職した時から変わらない。
でも、悔しい気持ちが溢れていた。
否定してきたアイツが教員にしているアドバイスは全て的確で効率的だった。
アイツは家庭に戻ると俺を叱ってばかりいた。しかし、職場ではまるで違うではないか。叱られている間はまだ華、という言葉があるがそれも指導する立場になって実感した。同じ説教を何度も繰り返す事がどれだけの苦労かを。
それを実感できた今だからこそ分かる事がある。生徒……では無いが、何をしでかすか分からないサクラに対して毎度、説教する事はとてつもなくだるい。それでも怒りのパワーで是正する様に訴えかけるのだ。
どこからだとパワハラで、どこからがそうでないのかという線引きも難しくなった世の中。
指導というものは余計に難しい。
人を指導し監督する事の難しさと言うのはこの数か月、この職についてみて良く分かった。生徒を直接指導する事は立場上少なかった。
それでも自分ならこう声を掛ける方が良いのか。どうアドバイスするのが正解なのかが分からない事が多々あった。
説教する事が面倒だと感じたり、やり方が分からず見て見ぬふりをする事もあった。
過去を振り返る内に動画は別のシーンに切り替わった。そのシーンは一目見れば大体の場所の見当がついた。
明らかに病室。医療系ドラマでよく見る様な風景だ。今は亡き母が涙ながらに呼び掛けている音がイヤホンを通して耳に伝わる。
恐らく死の間際の姿。
そこで突然何かを察したのかカメラ(サクラ)が父に近づく。しゃっくりみたいな呼吸音。心拍数等を測る機器のアラート。それらの雑音の中で一言だけ確かに聞こえた。
「会い……たい、すまなかった」
死の直前に出た言葉―
「まあ、こんな七年分を十分にまとめたらそんなものですよ。いかがでしたか?」
「……全く」わがままな奴だ、と言いたかったが口にはせずに心の中で留めておいた。ただ、当時の父からアップデートされている事はこの動画や世話になった元社長の山田さんからの話でよく分かった。
「じゃあ、私はこのへんで」
「なあ、サクラ……ありがとう」
「そりゃどうも」 何かに納得したのかサクラは静かにソファから立ち上がり部屋を後にしようとする。すると、部屋を出かけるところで「この学校をお願いします」と言い残して去っていった。
そして翌朝、サクラは校長室のソファの上で座ったまま動かなくなっていた。
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