第2話
よろしくお願いいたします。
「一?」
俺を呼ぶ声が聞こえた。
布団の中で体を少し動かし寝がえりをうつ。
相変わらず目は閉じたまま。
はみ出た片足から畳の冷たさを感じる。寒さが衰えを知らぬ時期。即座に足を戻す。
「まだ起きていないのかい? 一?」
まどろんでいた俺の耳元で先程と同じ声で自分の名前がスヌーズされる。
「ああ、朝か」
陽光が障子を貫き半開きの眼に入ってくる。
イマイチ眠気が晴れない。
それでもスマホを見ると八時を少し過ぎていた。
先程の声の主―令子は俺の母親だ。全身を黒服で統一させ、首元には真珠のネックレスが映えている。
「おはよう母さん」
俺はスッと布団から上半身を起こして畳の部屋に似合うテーブルの前に向かう。
そこで胡坐をかき、頬杖を突いて再び目をつむる。
すると、暫くして線香の匂いが鼻孔を刺激してきた。
そっと目を開けると母は静かに手を合わせていた。
数秒の後、母は俺の方を見てきた。
「あんたはお線香あげないのかい?」
「いいよ、俺は―」
そう言いながら手を振り適当に母の誘いを断った。
つい先日、俺の父は突然家で倒れたらしく、そのまま亡くなった。
高校卒業以来に帰省して垣間見た母の顔。
シワが少し増えたなという印象を持った。
父の顔も実家を出た以来一度も見ていなかった。
久しぶりに見た顔はどこか痩せこけていて顔色が良いとはお世辞にも言えなかった。
もちろん、死んでいる状態だからでもあるのだろうが、何かを抱え込んでいた様にも見える。
そんな事を思っていると母がぼそっと口を開いた。
「あんたがいつか帰ってきてくれる事を父さん期待しとったんよ……」
棺桶よりも一回り大きなケース。
遺体が腐敗しない様に冷蔵機能が付いているらしい。
それを指先で触れながらため息交じりに呟く。
「そうか……清々するよ」
それ位の答えで十分だった。
別に遺言を聞いたからといって後悔なんて何も無い。
「お互い、相変わらず似ているわね」
「似ている? 嘘だろ? 冗談はよしてくれよ」俺は呆れた素振りをする。
「冗談じゃないわ」
「……」
しばしの沈黙―
すると座布団の横に置いてあった青いノートがふと気になった。
手に取り裏返すと終活ノートと太いネームペンで書かれていた。
ペラペラとめくると整った字で色々と書かれている。
奴の性格がそこから滲み出ていた。
俺がそのノートを見ていると―
「そう言えば、少し聞きたい事があるんだけど?」
「どうした?」
「知り合いの電話番号を間違えて消しちゃったんだけどコレってどうにもならないのかしら?」
そう言いながら母さんはスマホの画面を前に突き出して見せてきた。
画面には一回り大きな字で連絡先が色々と書かれていた。
「ああ、それならゴミ箱マークの所を長押しすれば元に戻るんじゃないかな」
長押しをすると案の定、電話番号を復元できた。
見知らぬ人物の番号だった。
「ありがとう。最近の機械は便利ね。消えてしまった情報も元通りに戻るなんて。ああ、そうだ、ちなみに私も書いているからもし何かあったらコレを見てね」とどこから取り出してきたのかピンク色のノートを取り出してきた。
そのノートにも父のモノと同様に終活ノートと書かれていた。
「母さん、そんな不謹慎な事言わないでくれよ」
「あら、何が起きるかこの先分からないわよ。一寸先は闇って昔から言われているでしょ?」と真剣な顔付きで俺の肩に右手を乗せてきた。
「おっ、おう……」と朝から気乗りしない話を深堀りしたくはなかったので適当な返事で済ませた。
「じゃあ、私ちょっと出かけてくるから。後の事はよろしくね」
そう言うと母は会場を後にした。
▽▲
その日の夜―葬式が開かれた。
俺の親父は単刀直入に言うと、私立高校の校長をしていた。
そのせいなのか、会場の入り口には行列ができるほど人でごった返していた。
立場上、教育絡みの関係者や長い付き合いの友人が多くを占めているのだろう。
その人達からなのだろうか、式中に視線を感じる事が多かった。
が、敢えて会釈をする事も無く無視し続けた。
式は粛々と進められていきトラブルが起こる事無く終わった。
会場を後にする人達の列で開きっぱなしの自動ドア。
その近くで俺は参列者の人達を見送っていた。
それぞれ散っていく人々の中で時たまに声を掛けられる事があった。
あんなにお優しい方を亡くされて残念でなりません、という俺からすれば嘘みたいな内容がほとんどだった。
俺は心情がバレない様に作り笑顔を貼り付けて感謝の言葉を伝えていく。
父は人によって接する態度を大きく変えていた。
幼い頃からの常識。家庭や職場以外の人間には温厚なキャラクターで振舞っていたらしい。
しかし、俺に対しては冷徹な態度で厳格に接していた。
そんな父との思い出なんてほとんどが喧嘩。
主に口喧嘩。
偶に物が飛んできたこともあった。
長蛇の最後尾が見えてきた位でまた声を掛けられた。
振り返ると母だった。
「一、後で話があるんだけどいいかい?」
「ああ」
参列者を見送ってから、俺はすぐに寝ていた部屋へと戻った。
すると白髪交じりの女性がテーブル前に座っていた。
黒服に身を包んだその人を俺は最初、会場のスタッフか何かだと思っていた。 しかし、話を聞くとどうやら俺の見立ては間違っていたらしい事は後になって分かった。
テーブルを挟み何故か母さんはその先生の隣に座る。
違和感を覚えた俺は自覚できる程に眉を細めた。俺に話がある?
「母さん、コレはどういう事なんだ?」
「実はね、そのぉ……」
「あの、ココは私の方から一さんにご説明させていただきます」
ご説明? 恐らく父親絡みだろうが、一体何の話をされるのだろうか? まさかくだらない昔話とか?
「はじめまして一さん。本日はお父様の事、お悔やみ申し上げます」
俺の名前をしれっと出して、その場で礼をされたので俺も静かに礼をした。
「改めまして、私は、桜井高校で教頭をしております堂島奈津子と申します」
そっと名刺を受け取る。自分も出そうとしたが途中で手が止まる。
「すみません今名刺をきらしていて」
嘘をついた。
「ああ、お気遣いなく。一さんの事はよく存じ上げておりますので」
「えっ、そう……ですか」
父と同じ職場にいたのだから恐らく俺の事は聞いていたのだろう。
「単刀直入に申し上げると、一さんにお父さまの跡継ぎをしていただきたいのです」
「はっ?」
予想の斜め上を行く要求に俺は一瞬、理解が追い付かなかった。
しかし、即座に何かが裏で企まれている事を察し状況を強引にでも飲み込む。
「ですから、跡継ぎを……」
「遠慮しておきます」
俺は、即座に断った。
奴の跡継ぎ? あり得ない! そう思った。
しかし、どうやら相手も引くに引けない事情があるのか抵抗する姿勢を見せる。
「真剣にお話をしているのですが……」
「僕だって真剣ですよ! あんな奴の後釜なんて御免だ!」
俺の人生の最大の障壁だった父。
そいつが運営していた学校。
そのリーダーになってくれだなんて、収入面の問題よりも精神面で俺は嫌だった。
しかし俺はここから現実を突きつけられる事となる。
「では、借金を返せるアテがおありという事でしょうか?」
「……はい? 借金?」
時が止まった。
「はい」
淡々とした受け答えと共に教頭を名乗る人物は頷いた。
「えっと……いくらですか?」
借金と言っても様々な情報が付いてくる。
誰が、どれだけ、何の為に、等の情報があるが、将来的に無職が確定した今、その額が気になり質問した。
「おおよそですが、二億円程です」
「なっ!」
つい声が出てしまった。
桁違いとは正にこの事。
と言うより人生で自分がこれ程までの借金を抱える事になるとは思わなかった。
金は天下の回りモノなんて言うが、回り過ぎも困る。
というか現状がまさにそれなのだろう。
「それって、もしかして……父個人のという事になるのですか?」
「はい、コレはあなたの御父様が個人で抱え込んでいるモノになります」
「それって保険が効いたりとかしないのですか? ほら、死亡した時は保険がおりるとか……ねぇ母さん」
「ごめんなさい、どうやらお父さんが入っていた保険、大した事無くてそれを全額使ったとしてもあれだけの金額らしくて。今日言われたの……」
「えっ……」なるほど、今日の朝に出かけて行った理由が何となくわかった。俺は一気に絶望の淵に立たされた。
「それって桁が間違っているとかじゃ……」
「ございません」
「……」
「ただ、あなたが跡継ぎをして上手く経営していけば必ずいつかは完済できますよ」
「いつかって……」
勝手に背負わされた多額の借金。それを返済する為に落ちてきた毒蜘蛛の糸を俺は掴まなくてはならないようだ。
一方で俺が校長になんてなれてしまうのかと疑問に思った。
ただ、教頭いわく問題はないらしい。
詳しい事までは語ってはくれなかったが深堀りするとマズイ空気になりそうだったので追及は控えた。
きっと俺みたいなリストラ人間でもなれてしまうのだから何か裏で手回しでもするのだろう。
教育に無関係だった人間がいきなり高校の校長になるなんて客観的に見れば異質である事は百も承知。
リストラされた事は隠せば何とかなる。
ただし、周囲の先生からはコネ校長とでも思われるだろう。
がしかし、致し方無い。あまりの金額のインパクトに意識が向いてしまっていたが、何にそれを利用したのかが気になり聞いてみた。
「実は……あるモノを購入しまして」
「あるモノ?」
「はい。それの購入資金の為に借金をして、がこの金額になるのです」
「それは何ですか?」
「アンドロイドです」
「アンドロイド? レンタルしなかったのですか?」
「はい。零士先生はレンタルではなく購入なさったのです。借金をしてまでも」
「……(親父はバカなのか?)」
アンドロイドは基本的にとても高価だ。
一般庶民にはまだ手が届かない代物。
かくいう桜井家もその部類に入る。
それをわざわざ借金をしてまで買った? 馬鹿なのか? というか学校用のアンドロイドというのは基本的に事務用のモノよりも高額だ。
理由は耐久性の違いが最も大きい。
会社の事務では体を積極的に動かすような事はしないが、学校ではその様な事も想定されるからだ。
営業先の学校で話をすると金額の差によく驚かれたものだ。
「私も学校の経費の一部を切り詰めて、レンタルで良いのではと助言はしたのですが……」
「なるほど」少しばかりこの教頭に同情の念が生まれた。
「でも、それって別に俺が校長になる必要なんてないんじゃないですか? それに学校を売却したりアンドロイドを中古で売り払ったりすれば何とかなるんじゃないですか?」
「ええ、確かに。ですが、遺言にはこのアンドロイドの所有権は学校に寄贈すると。それに売ったお金を全額返済に充てる事は税制的に不可能ですし、今となっては運営上なくてはならない存在となっていますし」
「……」
教頭の言う通りであると俺は渋々認めざるを得なかった。
「それに、校長になる事は一さんのお母さまも望まれている事なのです」
「えっ?」
そう言って俺と教頭の目線は隣にいる母へと向かっていた。
下を向く母。
何か言いたげな雰囲気を漂わせている。
「どう言う事だい母さん」
「……あなたの考えは良く分かるの。厳しかったお父さんに対して反抗する気持ちも分かる。でも、正直息子であるあなたに、私は継いでもらいたいと考えているの」
「はぁ? どうしてあんな奴の学校を継ぐ必要があるんだよ? 意味が分からない!」
「じゃあ、せめて私が死ぬまでの間だけでもいいから! お願い!」
「おいおい、母さん。また縁起でもない事を……だけど悪い。それは……無理な相談だ」
そう告げて俺は会場の外に出た。
父親が死んだ今、俺に何を残しているのかと思いきや遺産どころかまさかの借金。
別に遺産なんてものを欲していた訳では無かった。
が、負の遺産の矛先が俺に向いているとは。
俺の父親はとんでもない害悪だ。
とは言え、来月から無職になる事も決定している。
正直返済のアテも無く、それを一人身の母に背負わすのも酷ではある。
そんな事を考えながら会場近くを散策していると、コンビニが見えてきた。
市街地から少し離れたここらは閑静な住宅街が近い。
故に静かだ。
その光の下には人を集める効果がある。
そして、その種類も多様ではある。
ふらっと立ち寄ると入口近くに黒服姿で白髪の女性が一人いた。
妙な雰囲気を纏っている。
「一さんですか?」
すると、その黒服の女性が話かけてきた。
彼女からは線香の残り香がしてきていた。
「えっ?」
店に入ろうとした所でいきなり話かけられて立ち止まる。
「はあ……なんでしょうか?」
「初めまして。私は桜井高校の補助教員をしておりますサクラという者です」
「……何かご用ですか?」
また学校関係の人間だと知り、ため息をこらえながら対応した。
と同時に入口が邪魔にならない様に彼女の傍へ移動する。
「いいえ、あなたにお伝えしたい事がありますので」
「伝えたい事ですか?」
「はい。校長からの遺言をお伝えしに来たのです」
「遺言?」
「息子には申し訳ない事をしたと―」
「……はっ、今さら過ぎますよ」
俺はつい鼻先で笑ってしまった。
そして、それと同時に自分の中で何かが切れた様な感じがした。
が、それを機械が読み取れるわけもなく、無表情のまま相手は口を開く。
「別にいいじゃないですか」
「はっ?」
「謝罪をしたのですから……」
「あの……他人の家庭問題に首を突っ込まないでいただけませんかね? あなたも他人に自分の家庭内の事情とかを言われるのは嫌でしょ?」
「生憎ですが、私には家庭問題なるものがありませんのでよく分かりません」
「はぉ、それは随分と幸せで穏やかな家庭だこと」
「いいえ、私には身内という概念がありませんので」
「……天涯孤独って奴ですか?」少し悪い事を言ってしまったとこの時ばかりは自分の発言を反省した。
「ええまあ、産まれた時からそうですけど」
「えっ?」
「私は、アンドロイドですから」
「……って事はアンタが二億か!」
「二億とは、何の事でしょうか?」
「いや、アンタの……ってまあいい。それより、何なんですか? もしかして教頭先生の陰謀でアンタも俺を校長にさせようと?」
「いいえ、逆です」
「はっ?」
俺は少し拍子抜けした。
「あなたを校長にする事を阻止しに来ました」
「……ならその必要はないですよ。俺はアイツの後釜になるのは嫌だからな」
「そうですか、なら一安心です」
「そうか、それじゃあ」
話に区切りがついた事で俺は店に入ろうと彼女の前を通り過ぎようとした。その時だった。
「あなたの様な腰抜けが校長になればどうなるか分かりませんからね」いつもはこれ程度の言葉なんて軽く無視するのだが、なぜかこのタイミングでは無視する事が出来なかった。
「……おい、今のは聞き捨てならないんだが」
「いいえ、事実を言っただけだと思うのですが?」
「事実だと? あんたなぁ、」
そうやって続きを言おうとした所で俺の声は一人の青年によって遮られた。
「おいおい、そこの可愛い子ちゃん俺とこの後どうよ?」背後から突然、彼女の肩に手が乗せられていた。
「失礼ですが、何の御用でしょうか?」と振り帰る事無く対応する。
「何の用って、こんなテンプレな誘い方に対して質問しなくても分かるよなぁ?」
ああ、よくコンビニの前でたむろしていそうな奴らであるが、まだ若く高校生の様ないで立ちだった。
というか今時の高校生でもこんな事する奴がいるとは……。
「さぁ? 分かりかねますが、あなたが哀れな人間である事だけは分かりますよ」
「なっ、なんだと?」
明らかに場の空気にメスが入った。
そしてスッと彼女の冷たい視線が一人の若者に注がれる。
「声色から推定して、恐らくあなた方は高校生ですね。それに……」
そう言い切ってから、彼女は肩に当てがわれた青年の手の上に自分の手を添え、そっと上半身を捻って振り返る姿勢を見せた。
「どうせ学校でもごろつきの様に誰の目にも掛けられずにほったらかしにされている哀れな学生なのでしょ?」冷え切った声。
しかし、それでも相手にとっては十分な着火剤となったらしい。
「なんだとてめぇ!」
「そうやって私の軽い挑発にも簡単に乗ってしまう所とかですよ。この人と同じようにね」
そう言いつつ、彼女は俺に対しても指を指してきた。
「……って、人に対して指を指すな!」
これには流石に苦し紛れの反論しかする事が出来ず睨み返した。
「それと、私は今あなたと話をする気は無いので、邪魔しないでいただけますか?」
「ちっ、うるせぇ!」
そう言いかかると、案の定殴りかかってこようとその男は拳を振り下ろした。
しかし、その拳は彼女の顔へと届くことは無かった。
彼女の人差し指によって。
ビクともしない事に違和感を覚えた青年からは血の気が引いている様子が店から漏れる光に照らされていた。
目の前の光景を見れば異常な事が起きている事は誰の目から見ても明らかである。
「それなら一さん、腰抜けじゃないと言うなら、試しに彼らを説得してみてもらってもよろしいでしょうか?」
「……えっ、俺が?」
俺もその指先に目が行っていたせいで完全に気が抜けて返事をするのに遅れた。
「はい、そうです」
「えっと……」
「おっさんは引っ込んでろよ!」
おっ、おっさん……。心の中で何かが割れた。齢二十九。おっさん……。
「おい……」
「なっ、なんだよ?」
「人の見た目を言うときは男女関係なく少しはサバを読むんだな小僧。それと……」
俺はその青年の胸ぐらを引き寄せ睨みつけた。
[以下、読み飛ばしていただいても構いません]
「君ら、赤の他人に向かって適当におっさんとか言っちゃダメだろ? 君らはまだ社会の事が何も分かっていない様に思うけど、社会に出たらね思ってもいないような事を言わなきゃいけないタイミングっていうのがあるんだよ。例として、他人の年齢もよく分からないのに見た目だけで、おっさんて、それも当人の前でそんな事を言うなんてあっちゃ駄目だよ。絶対に。女性だったら殺されているに違いないよ。そんなバカなって思っているかもしれないけど、現実としてあるんだよ。そんな事が。だから忠告しておくぞ、社会に出たら思っている事と逆の事を言わなきゃいけないタイミングというモノが必ず現れてくる。君らはそれすらも理解できていない様にみえるから一応注意しておくぞ。それと、君らだっていつかはおっさんとか、じじいとか、色々と呼ばれるようになっていくんだよ。それにお前らだってクソガキとか舐められた感じで言われたら嫌な気分になるだろ? それは何故かなんて説明しなくても分かると思うが、君らの浅はかな発言が他人を傷つけたり、面倒事を引き起こしたりする事だってあるんだ。君らが将来働くようになったら言葉一つで営業先から嫌われてしまう事だってある。実際に俺も営業初心者の頃には顧客に対して余計な事を喋ってしまった事があってな。ある顧客に対して『仲がよさそうな親子で羨ましいですね』って言ったら、兄弟だったなんて事があった。流石に上司からこっぴどく叱られてその商談は破談寸前にまで追い込まれたんだぞ。失言で干される事だってある。言葉を使う時には注意しなくてはならないんだぞ。言葉の使い方が間違ったら面倒事を引き起こすと言ったが、現に今、君らは面倒な事に付き合わされているのが良い証拠だ。口は災いの元。大人である俺の癪に障ったからだ。それと、君らと話をしていた彼女。俺と話をしていたって言う事があのタイミングで見て分からなかったのか? 誰が見ても分かるよな? 君らだって会話を誰かに邪魔をされるなんて嫌な気分になるだろ? それと、あの時、彼女が会話を拒否しようとした事に対して逆上したうえで、殴りかかろうとしていたよね? 他人を簡単に殴っちゃダメだって言う事は小さい頃に親か学校で習っているはずだ。もしかして道徳の評価がオワっていた口か? それも女性に対して手を挙げるなんて男としてどうかと思うぞ。法律がどうとかそう言う問題じゃない。あと……」時間が経つのを忘れるほどに説教を続けた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。