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第11話

よろしくお願いいたします。

  最終日―




  初日や前日とは異なりこの日はある施設を見学する。

  昨日までとは異なりインドアである。

  その施設とは県内にある美術館。

  この美術館は昔からこの学校のオリエンテーション合宿でお世話になっているらしい。








  そこに行く為の打ち合わせの為に、付き添いの教員だけで食堂のテーブルを囲み朝食を食べていた。

 「ここって結構な量の絵画が置いてあるんですね」とパンフをめくりながら佐山先生が独り言の様につぶやく。

 「確かに結構な量ですね」

 「って、ここ入館料めちゃくちゃ高いじゃないすか」と姫野先生が驚いた声を出す。

 「ああ、どうやら日本一入館料が高い美術館らしいけど高校生の団体だと大した事ないんですよね」

 「へぇ……」







 姫野先生は納得した感じで何かに気づいたのか目が少し大きく開かれた。

 「でも……これって全部贋作なんですよね?」

 「ええ、確かに贋作ですけど結構精巧にできているらしいですよ。まあ、僕たちが観たところで大した違いなんて分からないでしょうが……」

 「私のイチ押しはゴッホのひまわりですね」








 ウチの卒業生である佐山先生はおすすめの作品を姫野先生に説明していた。

 「あの、ところでサクラ先生はまだですか?」

  二人に聞いた。

 「確かに、まだ見かけていませんね」

 「あっ、でも私今朝見に行きましたけどその時はまだ安静にしていたっす」

  きょろきょろと周囲を見回す二人の意思に反して奴の姿はどこにもなかった。

 






 朝食後―

 「全体の工程を確認しておくっす」と姫野先生主導で一日のスケジュールが先生たちの間で確認された。

  午前中とお昼をここで過ごし、午後は高校まで戻るといった計画だ。

  このスケジュールを確認していた頃にはサクラも参加していた。

  どうして遅れたのかを聞くとどうやらバッテリーが少し不調で充電されておらずその為に時間がかかってしまって予定時刻に遅れてしまったのだという。

 あの業者、もしかして適当に見ていたのか、と疑問が浮かぶが。

 まあ、しっかりと奴も腹ごしらえをしないと人間と同じく活動ができなくなってしまうからコレに関して遅れた事をとがめるつもりは無かった。


▽▲


 荷造りを済ませた後、バスに乗り目的地に向かう。

 施設に到着した後、学生達はグループごとに分かれて行動する事になっていた。 

 彼らを見送った後、先生グループは個別で館内を巡る。

 入口にあるプール片道分くらいに長いエレベーターに乗って 入館した。

 「なんだかあの世に続いているみたいなダダ長いエレベーターですね」

 「ああ」と俺は軽く返事をしていたが、あながち間違った表現でもなかった。

  一番上まで到着して歩みを進めていく。館内は予想以上に広く感じられた。









 「これは凄い」

  つい声が出てしまった。

 「校長も意外とこういうのに心動かされるんですね」

 「……悪いか?」

 「いいえ、別に」

 「……」

  昨晩に佐山先生から言われた事を思いだすと、まあ少し位は寛容になろうという気が生じた。

 「校長」

 「なんだ?」









 「変なモノでも食べましたか?」

 「食べてないぞ。安心しろ」

 「いや、別に心配なんてしていませんけど」

 「……相変わらず一言多いな」

  そんなこんなで色々と見て回るうちに大きな空間に俺とサクラは入っていた。

  部屋の中はとてつもなく広く、そして背が高い。

  礼拝堂と名乗るにふさわしい大きさだ。

  そして少しばかりひんやりとした空気に満たされていた。






 「システィーナ礼拝堂 ……って天井の絵だけじゃなくて内部まで完全再現しちゃってるんですか?」

 「ああ、そうらしいな」

  ここに来る前に読んだ公式サイトの情報を瞬時に思い出した。

  そんな俺の横で奴は少しうつむいた様子である事に気づく。

  よく見ると手の指を絡みわせていた。

 「お前、何してるんだ?」

 「祈りをささげています」








 「はっ? こんなレプリカに向かって祈っても何もご利益ないだろ?」

 「それは違います」

 「どうしてだよ?」

 「だって、祈りって自分の意志の強さを自覚する為にあるモノじゃないのですか?」

 「えっ、いやそれは」

 「そもそも祈った所で夢が叶うとでも思っているんですか? 行動しないと何にも変わらないですよ。頭大丈夫ですか?」

 「……うっせえわ。じゃあ、お前は夢や理想に向かって行動しているのか?」

 「いや、していませんね」

 「ほら見た」

 「もう、今から行動してもどうにもならないからですけどね……」

 「はっ?」









 「だって、祈って人の命を救えるなら命なんて安いものじゃないですか……」と真剣な顔で奴は言った。

 その表情を見て少し圧力の様なモノを感じた。

 「ご利益では無く毎日自分の夢を意識し続ける事が大切なのですよ。ああ、もしかして先生って祈れば大抵何かしらの事が叶うとでも思っておられるんですか? それは、それは随分と幸せな方ですね。祈る以前に行動する事が大切なのですよ」と奴は俺の方を見てドヤ顔を晒していた。

  どこか確信を突かれた内容を奴の口から聞かされたせいか、気づいた時には奴の脳天に俺の拳が乗り掛けていた。







  しかし―

 「サクラ先生、その考え方、私も同意です!」

  気が付くと佐山先生も側に来ていた。

  俺はそのまま手をちょこんと奴の頭上に乗せるだけに留まった。

 「校長、暴力反対です!」と揚げ足を取りサクラは訴えていたが俺は大して気にしなかった。

 「ふん、お前は人間じゃなくて機械だから問題ないだろ?」

 「機械じゃないです、アンドロイドです!」








 「それならお前よりまだこっちのアンドロイドの方が使いやすいわ」と俺は片手に持っていたスマホを奴の目の前に持っていってみせた。

 「そんなチンチクリンと一緒にしないでいただけますか? 少し貸してください」

 「ちょっ」

  サクラの手に渡ったスマホは奴の腕力でいとも簡単に真っ二つに折れてしまった。

 「おいいいいいっ!」

 「今後、二度とそんなのと私を比較しないでください!」 

 「そうですよ校長、サクラ先生の学校での活躍は私達教師にとっても、学生にとっても、無くてはならない存在ですし」

  いや、俺のスマホも無くてはならない存在なのだが、と心の中で佐山先生にツッコミを入れざるを得なかった。









 「サクラ先生は本当に行動力がある人だと思います」

 「行動力ねぇ……」

  変な方向に行動力があるのも困りものですけどね、と内部がむき出しになったスマホをチラリと見てため息をつく。

 「そろそろ、次の所行きましょう」

 「はい! 行きましょう、サクラ先生!」

  どうやら奴と佐山先生はとても気が合う関係らしい。

  俺とサクラの仲が良いだなんて言ってきた姫野先生にもこの状況を見て欲しいくらいだ。

  折れたスマホをそっと内ポケットにしまい込み歩みサクラの後を追った。


▽▲ 

 

 午前中にある程度の作品を見つつ生徒達の様子もうかがいながら館内を巡る。

 すると、ある程度芸術品に興味を持っている生徒に関しては一つ一つ丁寧に見る者も見受けられた。

 が、さして興味を持っていない様な学生は意気投合した仲間と作品そっちのけで語り合ったりしている者、観賞用の椅子で寝ている者など様々であった。









 そんな中、一つの作品に対してじっくりと見つめている生徒がいた。

 「この絵がそんなに気になるのですか?」と俺より先にサクラが声を掛けた。

 サクラの質問に対して、その男子学生は気付いていない様子だった。

 無視しているのだろうか? それに気づいたサクラはそっとその学生の後ろに回り込み両手でそっと彼の視界を防ぐ様にしてみせた。









 「うわっ」と美術館内には不似合いな感じの声でその生徒は驚きサクラの存在に気づく。

 「なんですかいきなり!」と鑑賞を邪魔された生徒の言葉には怒りが込められていた。

 「この絵に関してとても興味を持っているんですね」

 「……だったらなんですか?」とどこかこちらに対して敵意を含んだ視線を送ってきていた。

 先ほどのサクラの悪ふざけで気分を害してしまったのだろうか。

 「ああ、そんな目で見ないでくださいよ。怖いですって」とサクラは生徒をなだめようよしていた。

 コイツはどこか不思議だ。









 アンドロイドのくせに人の気持ちをまるで今となっては理解している様な言動を取っている。

 初対面の頃の時点での職員会議でも愛想笑いの一つもしないでいたのに。

 あの時、アンドロイドとは人の感情を理解する事に難しさを有しているのだなと改めて思う事が出来たと思ったがそれはコイツには当てはまらないらしい。

 その認識から間もなく。










 コイツの人の感情に対する適応能力が格段にアップデートされている。

 ただ、その代償なのか冷徹さや知的さは完全に消え去り、思いつきとしか思えない行動が目立っていた。

 そして事務作業をこなすスペックも以前と比べて落ちていると噂されている。

 手際の良さを失ってまでのアップデート、否、修理業者の人間もよく分からないとさえ言わしめたトラブル。  以前の冷徹無比なサクラの指摘により辞めさせられた教師もいたらしい。









 その人達も恨みを抱えているかもしれない。

 となれば、コレをここまで中身を変えた犯人がいるという可能性も捨てがたい。

 「それより、この絵、どうして好きなんですか?」

 「……」

 「あの、聞こえてますよね?」

 「……」

 「おーい」

 「……」

  サクラの呼びかけ応じないこの生徒の会話への無関心。

  俺も学生の頃は大してそこまで自分の先生の話なんて興味無かった。

  ただ、それでも、ここまでドライな対応は出来ない。

 「邪魔なので話かけてもらわないでいただけます?」










  言っている内容は突き放すモノだったが、汚い口調では無く理路整然とした口調だった。

 「わっ、分かりました。けど……」とさすがのサクラも少しこの反応には引け目を感じている様子だった。

 「ああ、そうだ。この作品て、フランス革命の様子を描いた作品だよね」

  俺はこの微妙な空気を変えるべく、愛想笑いを交え彼と作品について話しをする事にした。

 「はっ? 何を自慢げに話始めるかと思ったら、そんな常識的な事を自信満々に言っている様子。イタイですよ?」

 「……いや、」










  俺はこの時、冷静さを装っていただけであり、内心は目の前の舐めたガキに対抗してやりたい気持ちだった。 空気を良くするどころか、より悪いものになってしまった。

 「まあいいや、じゃあ、サクラ先生はコレを観て何を感じますか?」

 「……自由の象徴である女神を中心に添えることで一八三〇年の革命を描写している素晴らしい絵だと思います」









 「ふーん」

 「ではそう言う阪本君はどうなんですか?」

 「当時の貧困さを感じますし、それに、女神に踏まれている人達の亡骸からは服が?ぎ取られていますから、当時の様子が良く垣間見られるロマン主義の中でも秀でた作品。ですが、やっぱり、贋作は贋作なんだなって観ていて思いましたね。先生だって似たような存在でしょ?」

 「えっ?」











 「アンドロイドは人間じゃない。偽物の人間だって」と冷たい口調のまま彼はそうサクラに言葉を投げかけた。

 「確かにそうです。私も贋作ですよ」

 「所詮は人間の真似をして行動したり意見を述べる道具にしか過ぎない」

 「……」

 「それに、きっとあなたが語っている内容だってどうせどこかしらの意見を引用。つまり受け売りに過ぎないんだろ?」

 「それは……そうです」と言いながらサクラは俯いていた。

 「知識しかなく絵の良さを理解できないあなたとコミュニケーションを取っても時間の無駄なので失礼しますね」








 そう言うと彼はその場から立ち去った。

 なんだか、初対面の頃のサクラとそっくりな印象だった。

 あれだけ饒舌に話を進める事ができるサクラがここまでコテンパンにやられるのはどうなのか?

 「あの、ちょっと待ってください」

 「はい?」

 「私と一つ勝負しませんか、阪本君?」

 「はっ?」というセリフは俺と彼から同時に出たものだった。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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