18 召喚
長い旅をしている気分だった。
最もそんなのんきな心情と違い、視界に写るその光景は何ともおぞましいものだった。
視界一面を覆いつくす骸の山。黒く焦げた花。血に染まった服。
まるで、世紀末を思わせる光景が広がっている。
俺はここを知っている。なぜなら、これは忘れてはいけない俺の罪なのだから。
髑髏の一体が、カタカタと立ち上がった。それ呼応するように、一体また一体とぞろぞろと起き上がってくる。そしtげ、髑髏たちは俺に近づいてきた。
俺の正面に来ると、俺の顔を殴打する、何度も何度も無念を晴らすように。
それに続くように、他の髑髏も同じように殴る。
「お前さえいなければ」
「なぜのうのうと生きてるの」
「罪を償え、罰を受けろ、逃げることは許さない」
「あなたのせいよ」
「このまま死んでしまえ」
ごめん。本当にごめん。
俺だってそうしたい。だけど、まだ死ねないんだ。どうか、あと少しだけ時間をくれないか。
ここの人々まで巻き込むわけにはいかないんだ。
どれだけ時間が経っただろうか。いつしか、骸骨たちはいなくなっていた。
俺はゆっくりと倒れていた体を起こす。
そして、のろのろと歩みを進める。立ち止まることはない。許されない。
この先にあるのは絶望だけだろうと、立ち止まることはない。
俺は罪を、償わなければいけないから。
「信じてるから」
そんな声が聞こえた気がした。
俺はバッと後ろに振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。
懐かしい人がいたように感じた。何もないけれど、確かにそこに彼女はいたのだと、そう思えたから。
「任せておけ」
そう啖呵を切って。
また一歩、足を進められるのだ。
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瞼を上げる。
そして、目に光が入り込んでくる。
目に映った光景は、屋敷の一室。それと、金髪の少女だった。
六・七歳程度だろうか?幼い子供だ。
だが、容姿はとても整っていると感じる。真紅の瞳に透き通るような金髪、均等の取れた顔。まるで、人形のような少女だ。
「なぜでしょうか?人間が召喚された前例などありませんのに・・・」
「お嬢様、この人物は危険な可能性があります。この場で、処理してもよろしいでしょうか?」
「ダメ!ダメです。私の都合で呼び出したのですから、身勝手に命を扱ってはいけません」
「そうおっしゃるなら」
どうやら、敵対をする気は無いようだ。
俺はホッと息を吐いて、部屋の中を見渡した。
目についたのは家具や装飾品の質だった。そこに飾ってある絵画なんて、一つでうちの屋敷を買うことができるだろう。この屋敷の主は相当な身分もしくは富豪だと考えられる。
「えっと、あの、あなたのお名前を教えてほしいのですが?」
「カイヤナイト伯爵家三男フォン・カイヤナイトと申します。私も現在の状況に困惑しているのです。まずここはどこでしょうか?それに、あなたは誰なのでしょうか?」
「あ、そうですよね。私はラピスラズリ公爵家長女アリス・ラピスラズリと申します」
彼女は公爵家の人間らしい。
ラピスラズリ公爵家と言えば・・・カイヤナイト領とは真逆の位置じゃないか。
ここからカイヤナイト領に戻るには、ざっと馬車で四か月以上の時間を要する。ならば、この少女と良好な関係を築き、カイヤナイトへ戻る準備を整えた方がいいな。
「それで、私は何のために召喚されたのでしょうか?」
そう、俺は召喚されたのだ。なぜ、そう判断できるかって?それは俺の足元に召喚の魔法陣があるからだ。この召喚の魔法陣を見る限り、かなり高位の触媒を使って召喚したことになる。
それに、この魔法陣で召喚されたということは一時的な主従関係ができている可能性もある。
だから、この少女が俺を召喚した目的を知る必要がある。と言っても、人間を召喚する気ではなかったようだが。
「えっと、その、実は・・・」
彼女の話によると、彼女は誰かに狙われているらしい。
事の始まりは数か月前らしく、彼女の下に暗殺者の集団が送られてきたらしいのだ。その時は前公爵が一緒にいたから、無事だったそうだ。
ただ、そのことに危機感を覚えた公爵夫妻が彼女に護衛を付けたらしい。しかし、彼女を襲う刺客は強力だった。彼女の護衛達を次々と倒してしまった。
何とかその刺客を撃退した時には、護衛の半数は倒れてしまった。中には、もう戦えなくなるほどの重症を負った者いるそうだ。
そこで、彼女の居場所は秘匿され、この別荘に隔離されたのだ。と言っても最低限の護衛がいる。だから、少数精鋭の護衛と前公爵がこの別荘の付近に潜伏しているらしい。
ただ、それだけではいずれ見つかってしまうため。彼女が学園に入るまで平民に紛れさせるつもりらしい。その間の護衛として使い間を召喚するつもりだったらしい。
つまり、俺が召喚されたのは彼女を守るための護衛と言うわけだ。
しかし、召喚されたのが他領の人間だったことで、俺の処遇をどうするか悩むことになったというわけだ。まあ、俺自身なぜ召喚されたのか理解していない。
ここは、おとなしくして敵意がないことを示すことが大切だろう。
「・・・と言うことなので、えっと、どうすればいいのでしょうか?」
「かわいそうですが、この者を隔離した方がよろしいかと」
「え、そんなぁ」
何とかしようとしている少女には悪いが、隔離されて安全を確保できるのならば俺に拒否する理由は無い。
「大丈夫です。その提案を受け入れます。それで、私はどこに行けばいいのでしょうか?」
「えっと、大丈夫なのですか?無理をなさっていませんか?」
「ええ、本当に問題ありません」
心配そうに彼女は尋ねてくる。恐らく、彼女はやさしい性格をしているのだろう。心配させるつもりもないので、大丈夫だという旨を伝えた後、侍女の人に案内され離れの一室に入った。
その部屋は掃除はされているようで、特に目立った汚れもなかった。この部屋には装飾品がないことから、恐らく作業をするために用意された部屋なのだろう。
多分、本棚があることから、書斎にする予定だったのかな?
「では、もう少し致しましたらお食事を運ばせていただきます」
「あ、ありがとうございます。何から何まで」
「いいえ、こちらの不手際ですので気になさらず」
そう言うと、侍女は部屋から出ていった。
「さて、と。現状の確認から始めようか」
今の俺の状態は、俺自身も理解しきれていない。
まずは、それを調べないとな。
俺は体内に存在している魔力の状態・量・挙動を念入りに調べる。
どうやら、魔力量だけ大幅に増えているだけで、他は変化がないな。魔力量が増えた理由は、アレに引っ張られたのだろう。
身体能力はどうだろうか。
そう思って、俺は自分の体を見下ろした。
「ん?」
そこで俺は目線が以前より高いことに気づく。
どういうことだ?身長が伸びているのか?
『水鏡』
水属性法の鏡を使って、自分の姿を確認する。
そこに写っていたのは七・八歳程度の子供だった。そのことに驚いたが、自分の体を見ているとさらに違和感を覚えた。
髪が何本か黒色になっている?
俺の髪は元々、きれいな銀髪だった。しかし、今はその銀髪に何本も黒髪が混ざっている。比率で言うと九対一くらいだ。黒髪・・・か。少し、懐かしいな。
少し脱線してしまった。
俺は体を軽く動かす。腕をぶらぶらと前後に振ったり、片足立ちしたりした。
「特に異常はなし。可動域も正常だし、出力の方向も違わない」
問題はないみたいだ。
やっぱり、身体の変化は蘇生した影響だよな。
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