14 一人の犠牲(1)
「すまんな。お主らを少し舐めておった。ここからは、本気で行かせてもらう」
白夜がそう口にした瞬間、纏う空気が一変した。
先程までの大量の魔力を纏っていた状態とは異なり、今は何の力も感じられない。
ただ、そこにあるのは純粋な闘志のみだ。
その闘志に当てられたのか、俺の首筋に冷たい汗が流れた。
「これはッ!!」
ジルフォードも同じように、その闘志に戦慄しているようだ。
さて、どうやって倒そうか・・・
先程まで纏っていた魔力が消えたということは、魔力を完全に制御下に置いているということだ。だから、魔力を纏っていないように見えるが、身体の中には膨大な魔力が内蔵されているだろう。
恐らく、生半可な威力の魔法は効かないし、物理攻撃はもっと駄目だろう。ダメージを与えられる可能性があるのならば、魔法と物理攻撃の同時攻撃だろうか。
だが、それは魔法の発動タイミングのせいでフェイントが使えない。いつ来るか分かっている攻撃なんて、だいたい避けられる。
・・・打てる手がない。
もし、仮に白夜の意識を逸らすことができて、同時攻撃を当てられたとしても、二度目は成功しないだろう。一撃では殺しきれない。
俺がそんなネガティブな思考になっていると、ジルフォードは前に出た。
「フォン。お前は逃げなさい」
「・・・」
「わかっているだろう。あれには勝てないし、逃げられない・・・どちらかを犠牲にしなければ」
そんなことは分かっている。
だが、そんなことを許してもいいのか?
ジルフォードを犠牲にするしかないのか。
敵を前に逃亡するしかないのか。
そんな事実を許していいのか。
否、絶対に許してはならない。
俺がこの世に存在する限り、そんなことは許してはならない。
自分の実力不足で他人に守ってもらう?俺が弱いから他の奴が死ぬ?ただ目の前の脅威に蹂躙されて終わる?身内に危害を加えられる?
そんなことになるくらいなら、命を懸けて死んだ方がましだ。
俺は、自分の持っている刀を、捨てる。
ジルフォードがこちらを奇異の目で見ているが、気にも留めない。今からは本気でやろう。
だからこんな刀なんていらない。掌を空に向ける。もう結構な時間が立っていたようで、既に夜になっていた。
いや、これは白夜の仕業か。恐らく、魔力が強すぎたのだろう。魔力の影響で太陽光が、うまく地上に届いていないのだ。
まあ、どうでもいいか。
次の瞬間。俺は本気を出そうとした。
だが、そうはならなかった。
「ジルフォード!!」
そんな大声が、この場に響いた。
声の方に視線を向けると、そこにはアンジェリカさんが立っていた。
は?なぜこの場にいるんだ?
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私は一人だった。
ずっと、一人だったんだ。
両親は私に関心がなくて、使用人たちもまるで私を空気のように扱う。
他の貴族たちから見ても、ただそこにいるだけの存在だった。
当然だった。私は侯爵家の人間だが、四女なのだ。政治的価値が非常に低く、なおかつ私自身の容姿も、特筆できるほどいいわけではなかった。
貴族としての価値は、無いに等しい。
だけど、そんな私にもたった一度だけ人生の転機が訪れた。
それはあるパーティーでのこと。
その当時、私は十四歳でもうそろそろ婚約者を、見つけなければいけない年頃だった。
もちろん、私以外の子たちも婚約者を見つけなければいけないのは変わらない。
けど、私とは違ってその子達は、貴族としての価値が十分にあったの。
そんな状態で、パーティーに参加した私は憂鬱だった。
これから、目の前に自分にはできないような恋愛をできるこの子たちが、ただただ羨ましかった。
私だって白馬の王子様みたいな素敵な殿方と婚約したい。
でも、私にはそれは叶わない。あるとしたら、大富豪や豪商の子と結婚させられるのでしょう。もしくは、変態趣味を持つ中年の貴族に嫁がされるのが関の山でしょう。
そんな風に思いながら、パーティー会場の隅で料理を食べていました。
すると、そんなところに一人の男の子がやってきたのです。
その男の子は私に話しかけてきました。
「どうして、こんな会場の隅にいるんだ?」
純粋な疑問からくる質問でした。
その声には嘲笑などは一切なく、本当にただの心配からくるものでした。
私はそんな風に、話しかけられたことは初めてで固まってしまいました。
数秒経った時、意識が戻り慌てて答えました。
「私は四女なのですよ。私がどういう立ち位置かわかったでしょう?私のことなど気にせずに楽しんできたらいかがかしら?」
私は冷たくそう返答していました。
ただ、後悔はありませんでした。だって、私なんかに気を使ってもらうことが申し訳なかったからです。
それに、私に話しかければ彼にも迷惑が掛かります。
ならば自然を距離を置けばいい。そう考えていました。
「そんなことは知らない。ほら君もこっちに来なよ」
そう言って彼は、強引に私の手を引いていきました。
私が呆気に取られている間に、パーティー会場の中心に来ていました。
まずい。私がそう思ったのも束の間。
「なんで、あの女があんな場所にいるの・・・」
「なんて恥知らずなのかしら」
「どうせ婚約者などできないのに・・・」
そんな声が周りから、ひそひそと聞こえてきました。
ああ、だから会場の隅にいたのに・・・
こうなれば、侯爵家としての家の面子に泥を塗ってしまった。
もう、だめなのかもしれない。
そう思うと、この彼にも少し怒りが湧いてきた。強引に手を引いて何なのかしら。仮にも私は貴族子女なのよ。失礼だとは思わないのかしら。
「ちょっと、なんでこんなところに連れてくるのよ!」
私は気づけば彼にそう言っていた。
仕方ないだろう。自分の人生を終わらせるようなことをしてきたのだから。
私なんて、外聞のためならば、簡単に切り捨てられるような存在なのだ。切り捨てられたら、一人で生きて行けずにそこらへんで野垂れ死んでしまう。
だから、死んだも同然なのだが・・・なんで彼は笑っているのだろうか。
「俺と一緒に踊ってくれませんか?」
彼はそんな奇妙なことを、言い出した。
私と踊る?正気を疑った。
自分の貴族としての価値を損ねるような行為だ。
だが、私はこの誘いを断れる立場ではない。
仕方なく、彼と踊ることになった。
音楽に合わせて踊っていると、彼が話しかけてきた。
「もし、貰い手がいなかったら俺が貰ってあげようか?」
彼はそんなことを言い出した。
気でも狂ったのではないか?
同情なのだろう。もしくはこんなことになった負い目を感じているのだろうか?
「そんなこと言って、私の名前も知らないのくせに」
「ん?君はアンジェリカだろう?」
まさか、彼が私の名前を知っているとは思わなかった。
はっきり言って、同じ派閥の子供でも私を知らない子はたくさんいるのに。
彼は別の派閥の子供なのに、私を知っているなんて。
「・・・知っているのね。でもごめんなさい。私、あなたの名前を知らないの」
「そうだよな。ごめんな。俺はジルフォード・カイヤナイト」
カイヤナイト。
その言葉を聞いた時、目を疑った。
カイヤナイトと言えば、魔法か剣術どちらかに秀でている人材を常に出し続けている。
今のカイヤナイト伯爵と言えば、魔法省のトップを務めている。そんな名門中の名門貴族が、私なんかにそんなことをいうなんて。
まあ、多分同情からでしょうから、素直に喜べないけど。
仮に貰ってもらえたら、生きるのには困らないでしょうね。
まあ、もう関わることはないでしょうけど。
当時の私はそんな風に考えていた。
だけど、貴族学院でも彼は私に話しかけてきた。それは何度も何度も。
その度に私は、距離を取っていたのだけど。
時間が経つにつれて、私は絆されていった。
自分でもわかるけど、チョロいわよね。
それを自覚後は、ジルフォードと過ごす時間が増えていた。
そのころにはもうジルフォードを愛称で呼んでいたし、彼も私を愛称で呼んでくれていた。
だけど、そんな幸せな時間は長く続かなかった。
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