96.思わぬ展開に動揺してしまいました
突然の展開に俺だけでなく他の二人まで完全に固まってしまった。
当の本人は満足そうに頬を押し付けてくるけれど、いったい何がどうなっているんだ?
「は、は、はなれてくださいぃぃぃぃぃ!」
ハッと我に返った桜さんが俺と彼女の間に割って入り強引に引っぺがしてくれたところで、俺もあわてて距離を取った。
まさかこんな可愛い子に抱き着かれる日が来るなんて・・・ってそうじゃない、一体どういうことだ?
大慌てする俺達を見ても主任は笑顔を浮かべるだけ、いやいやここは注意してもらわないと。
「とりあえず落ち着こう。いったい何がどうなってるんだ?」
「僕のことを雇ってくれるんだよね!?」
「雇う?雇うって・・・まさか!」
「そう、さっき話した凄腕運搬人がこの子だよ。見ての通りちょっと癖はあるけど、実力は問題ないし君のことになると絶対に口は堅いからさっきの条件もクリアできるはずだ。」
「運命の人と一緒に仕事ができるなんて嬉しいなぁ、僕頑張るからね!」
いやいやいや、いきなり頑張るって言われても今回は話を聞くだけっていう話だったしそんなに期待されても困るんだけど?
助けを求めて桜さんの方を見ると怒っているような目をして・・・いない?
なんだろう何かに気づいたっていうか気づきそうっていうか、なんとも言えない顔をしている。
それはどうやら彼女も同じようで俺を見ながらどんどんと不安そうな顔に変わっていった。
「もしかして僕のこと覚えてない?」
「覚えてないって言われても君みたいなこと知り合いなはずが・・・。」
まるで子犬のような目で俺を見てくる少女、だがよく見れば見る程どこかで見たような気がしてくるのは気の迷いか何かだろうか。
おそらく桜さんはそれに気づいて固まっているんだろけど、全く思い出せないんだが。
「おや、見覚えないかな?」
「え、あったことあるんですか?」
「そうか、あの時は必死だったからよく覚えていないのかもね。川西ダンジョンで出会っているはずなんだけど。」
「「あ!!!」」
川西ダンジョン、そこまで言われたところで桜さんと同時に気が付いた。
主任の言うようにあの時は必死だったからあまりはっきり覚えていなかったけれど、確かにこんな感じだったはず。
桜さんと一緒に潜った川西ダンジョン、四階層で偶然少女を助けたことがあったけれどもまさかその子が運搬人だったなんて。
「やっと思い出してくれた!あの時はちゃんとお礼を言えなかったけど、助けてくれてありがとうございました!」
「いや、あの時は必死だっただけで。でも無事に助かってよかった。」
「あれだけレイスに囲まれていたので不安だったんですけど元気になってよかったです。でも、運搬人さんがなんであんな所にいたんですか?」
「これを探しに行ってたんです。自分でも無理だとはわかっていたんですけど、どうしても探しに行きたくて。」
「それは・・・。」
「まさか一緒に見つけて持ち帰ってもらえるなんて思いませんでした。兄も喜んでいると思います。」
「そうだったんですね。」
彼女がポケットから出してきたのは少し黒ずんだ探索者ライセンスカード。
あの時一緒に提出した奴がまさか身内のものだなんて思いもしなかったけれど、ちゃんと家族の元に戻してもらえたんだなと改めて持ち帰ってよかったと思えた。
「とまぁ、そんなわけで奇妙な縁ではあるけれど運搬人としての実力は申し分ないから是非お二人に紹介させてもらいたいんだ。」
「僕からもお願いします!絶対に迷惑はかけないし必ず役に立つから!」
「という事なんだけど・・・桜さんどうしようか。」
「えっと、あまりにも情報が多すぎて追いつけないのでちょっとまってもらってもいいですか?」
その気持ちはわかる、非常に分かる。
あの時助けた女の子が実は凄腕の運搬人で、更に自分と家族を助けてもらったお礼がしたくてぜひ雇ってほしいとお願いしてくるとか今どき漫画でもない急展開。
主任の推薦なわけだし間違いなく大丈夫だとは思うんだけど、素直によろしくお願いしますと言えないのはなぜだろうか。
「ということだから、少しだけ考えさせてもらっていいかな。今日中に返事は出すので。」
「・・・わかりました。でも、いいお返事待ってますから!」
少ししょんぼりした顔をした彼女だったが、すぐに花が咲いたような笑顔になり大きく頭を下げてから部屋を出ていった。
静かになった部屋に二人のため息が同時に響く。
「と、とりあえずゆっくり考えてみるといいよ。もちろん無理強いはしないし、今回の件が無かったからといって評価が下がることもないから安心して。」
「そう言って頂きありがとうございます。」
「でもすごい人なんですよね?」
「元々探索者をしていたんだけどクリスタルで運搬人用のスキルを手に入れてから転向した珍しいタイプの人だね。亡くなったお兄さんの補助がしたかったからっていう話だけど、いざという時は自分で自分の身も守れるから後ろを気にしなくてもいいっていうのは君たちにとってもプラスだと思うんだ。因みに見た目はあんな感じだけど実は桜さんよりも年上だよ。」
「えぇぇぇ!そうなんですか!?」
「新明君よりも年下ではあるけれど、まぁいろんな意味で仲良くできるんじゃないかな。」
なんだそのいろんな意味でってのは。
含みのある笑みを浮かべる主任にそれ以上のツッコミをすることはできず、とりあえず保留ということで話はついた。
おそらく俺も桜さんも答えは出ているんだろうけど、あまりにもインパクトがありすぎてそれを受け入れられないというかなんというか。
流石にこのまま探索にという気分でもないので一度解散して今日は各々自由に過ごすことに。
さっぱりしたい気分だったので近所のスーパー銭湯へと足を運んでサウナにでも入るとするか。
受付を済ませて更衣室へ。
色々あったけどとりあえず気分を切り替えれば妙案も出てくるだろう。
服を脱ぎさぁ中へ、と思ったその時だ。
どよめきと共に近くにいた客が一斉に後ずさる。
何事かと振り向いたそこにいたのは、まさかの人物。
「あ!こんなところで会えるなんてやっぱり運命なんですね!」
「いやいや運命とかどうでもいいから!ここ男湯だぞ!」
そこにいたのは例の彼女、慌てて前を隠すも本人は特に気にする様子もなくロッカーの前に移動しあろうことか服を脱ぎ始める。
周りの男と共に慌てて目を背けるも衣擦れの音が更衣室に響き続けた。
「ほら、早く行こうよ。」
「いや、行こうって・・・。」
ポンポンと腰を叩かれ致し方なく横を見ると、少女が満面の笑みを浮かべて俺を見上げていた。
なんで俺は少女と一緒に風呂に入ることになっているんだ?
っていうかこの異常な状況になんで誰もスタッフを呼んできたりそういうことをしないんだろうか。
動揺してる俺を他所に少女は何食わぬ顔で先に更衣室から風呂場へと移動、俺も男なのでついついその後姿を見てしまう。
プリンとした小さな尻。
いや、胸とか尻とか隠すところがあるだろう。
「ねぇ、そんなところにいると風邪ひいちゃうよ!」
そう言いながらこちらを振り向く彼女の下半身には・・・。
世の中見た目で判断しちゃいけないとは言うけれど、これは流石に無理があるだろう。
そう全力でツッコミを入れていた。




