83.森の主と戦いました。
「リルちゃん強い!」
「ワフ!」
「リルちゃん可愛い!」
「ワフゥ!」
御影ダンジョン四階層。
鬱蒼と茂る森の中、邪魔をする枝を打ち払いながら奥へ奥へと進んでいるのだがなんとも緊張感の欠けるやり取りが繰り広げられている。
視界も悪く他に探索者もいないようなのでリルを召喚してマッドスパイダーを討伐しているけれど、さすがにこのメンバーだと余裕すぎてちょっと退屈だったりする。
だからこそこんなやり取りが繰り広げられているんだろうけど・・・。
「何やってるんだ?」
「リルちゃんを褒めてるんです。さっきの見ました?逃げていくマッドスパイダーをシュシュシュって追いかけて爪でバリバリーって!かっこよかったですよね」
「それはまぁ否定しない。遠距離攻撃手段を持たない俺達にとって距離を取られるのは痛い所だし、なによりこの枝の間を駆け抜けるのは流石になぁ。」
「その点リルちゃんは素早く動けますし何より可愛いですよね!」
「わふ!」
「はいはい可愛い可愛い。」
そんな気の抜けるやり取りを続けながら進み続けるとようやく五階層への階段を発見できた。
やれやれやっと見つけた。
「五階層ってことは階層主がいますよね。」
「そこはE級と同じだね、でも最下層は二体に増えるから結構大変だよ。」
「え、そうなんですか?」
「とはいえリルもいるから頭数では勝ってるし、大丈夫・・・なはず。」
「そこは自信もっていってくださいよぉ。」
いや俺だってD級ダンジョンの最下層には行ったことないのでどのぐらいヤバイかは想像するしかない。
それでも桜さんと俺が一体、リルが一体受け持てば十分やっていけると思うんだけど行ってみないとなんともいえないよなぁ。
階段を降り、階層主との戦闘の前に休憩をとる。
水分・栄養・そして休息。
『常に万全の状態を作るのが一流の探索者』という主任からの教えをしっかりと守っているからこそこうやって無事にここまで来れているんだろう。
まぁ根本的な話をすれば別に探索者じゃなくて当たり前のことではあるんだけど。
「よし、行くか。」
「はい!」
「階層主はファットボア、突進攻撃が得意なイノシシだけど途中で90度直角に曲がったりするから油断しないように。」
「それってどうなんですか?」
「一種のスキルみたいなものだから深く考えないほうがいいよ。魔物に物理法則を求めるのはアレだし、それを言い出したらクリスタルで手に入れたスキルだってそれに反している物もあるわけだから。」
「まぁ、それもそうですね。」
手から炎が出るとかどういう物理法則だよ!とダンジョンが出た当時は随分ともめたそうだが、今ではそれが当たり前になっているしそういった力を使った新たな産業も構築されている。
スキルは異質なものではなく生活にありふれたもの、そういう認識になってきたのはごく最近の話だ。
気合を入れて通路を進むと大きな砂地に到着。
今までと違って踏み込んだ瞬間に足が埋まりすぐに動き出せない感覚がある。
うーむ、魔物だけでなく環境も走破の障害になるのか。
もっとも、この程度なら篠山ダンジョンのあの環境に比べれば可愛い物だ。
あの時は滑るし埋まるしで大変だったからなぁ、このぐらいで値を上げる俺じゃない。
「かなり足場が悪いからギリギリで回避しようとせずに余裕をもって対処した方がいいね。」
「はい、気を付けます。」
「いつも通りリルが牽制して桜さんが迎撃、俺が隙をついて攻撃ってな感じでよろしく。距離を開けなければ突進してきても対処できるから出来るだけ離れない感じで行こう。」
砂地を進むと巨大なイノシシがむくっと立ち上がり、こちらを睨みつけてくる。
ワゴン車ぐらいありそうな大きさがあり二本の牙が俺達を狙っている。
砂地を後ろ足で蹴りながら誰に突っ込んでやろうかと品定めをしているようだ。
だがそうは問屋が卸さない、すぐにリルが飛び出してイノシシの周りを円を描くように移動しながら牽制、時々突っ込んでは爪で切り裂くそぶりを見せまたすぐに距離を取って威嚇する。
相手が後ろを振り向いた時に横から桜さんが急所を狙い、それを嫌って隙を見せたところを狙って俺が棍を振り下ろす。
息の合った連係で確実にボアの体に傷をつけ、砂が奴の地で赤く染まっていく。
もうそろそろとどめを刺そう、そう思ったその時だ。
「ブモォォォォォォォ!」
「え、何々!?」
「ワフウ!?」
突然巨大イノシシが体を震わせ天に向かって大声で吠える。
それと同時にイノシシを中心として砂埃が舞い上がり衝撃波が近くにいた二人に襲い掛かった。
暴走モード。
高ランクの魔物が稀に陥る状態で、一定以上ダメージが蓄積すると通常よりも激しい攻撃を繰り出すようになる。
なるかならないかは運次第、だけどAランクにもなるとほぼほぼ暴走するらしいのでゲームになぞらえて第二形態と呼ばれることもあるんだとか。
それでもD級の魔物が暴走するなんて。
「二人共はなれろ!!」
「キャァ!」
指示をかけるも時すでに遅く砂埃で油断したところを衝撃波に襲われ、桜さんがそのまま後ろに吹っ飛ぶ。
魔物がそれを見逃すはずもなく尻もちをついた桜さんめがけてものすごい速度で突っ込んでいった。
リルも衝撃波で吹き飛ばされたようでブレスで動きを遅らせようにも距離が離れすぎて届かない。
【マッドスパイダーのスキルを使用しました。ストックは後三回です。】
【マッドスパイダーのスキルを使用しました。ストックは後二回です。】
【マッドスパイダーのスキルを使用しました。ストックは後一回です。】
どうにかしなければ、咄嗟に先程手に入れた蜘蛛の糸をイノシシに向かって発動。
気分は某蜘蛛のヒーローだが、粘着質の糸が奴の足に絡みつくも俺一人の力じゃあの突進を留める事なんてできやしない。
それなら!
【ロングホーンのスキルを使用しました。ストックは後一回です。】
【ロングホーンのスキルを使用しました。ストックはありません。】
蜘蛛の糸をしっかりと握りながらイノシシと反対方向に突進スキルを発動。
本来二回分の10mは進むはずが奴の突進を相殺するのがやっとでその場から一歩も動くことが出来なかった。
それでも時間を稼ぐには十分だったらしく、まにあったリルのブレスがイノシシの足元を凍らせて動きを遅らせている間に桜さんの服を咥えたリルがその場を離脱。
何とか突進攻撃を回避することに成功した。
そのまま明後日の方向に走り続けるイノシシを横目に桜さんの所へ駆け寄ると、目に砂が入ったのか涙を浮かべながらも必死に目を開けようとしている。
「大丈夫か。」
「ごめんなさい、まさかあんな攻撃してくるなんて。」
「暴走モードに入ったからさっき以上に動きが早くなってるけど、落ち着いてやれば大丈夫だから。リル、ナイスフォロー。」
「ガウガウ!」
「あそこまで弱らせたらあともう一息だ、頑張ろう。」
「頑張ります!」
突進を外したイノシシが再びこちらを向き、同じように突っ込んでくる。
どうやら暴走すると速度は上がるものの一直線にしか動けないのか真横によければ特に問題なく回避することができた。
猪突猛進とはまさにこのことだな。
ここまでくればあとは桜さんの弱点看破とリルのブレスでどうにでもなる。
怒りに燃えるイノシシに向かってより連携を高めた攻撃を繰り出していった。




