72.歩くサンゴと戦いました
魔真珠なる珍しい素材をこそっと確保してから四階層に到着。
今までの流れだと膝ぐらいまで水が来ているのかと思いきや再びくるぶしぐらいまで水が減っていた。
代わりに足場がゴツゴツとした岩礁のような硬い海底に変わっている。
砂地じゃない分多少歩くのははマシだけどかなり凸凹しているので踏ん張りが効きにくい感じはある。
再びの休憩、バカンス気分だった桜さんもここまでくるともういつもの感じに戻っている。
まぁ服装はアレだけど俺は気にしなかったらいいだけだし、見ちゃうけど。
「リルちゃん我慢できて偉いねぇ。」
「わふぅ。」
「このぐらいの水は勘弁してくれ、せっかくダンジョンなんだし一緒に探索した方が危険が少ないから。」
「あったか〜い。」
「それと桜さんが暖を取れる。」
リルのもふもふな毛皮に顔をうずめて幸せそうな声を出す桜さん。
そんなに寒いなら・・・と言いたい所だがそれ以上言うのは藪蛇ってもんなので大人な俺はこれ以上追求しない。
別のもので代用できるならそれでよし、リルを呼んだのはそれが目的ではないんだけども結果オーライということで。
「さて、そろそろ行くか。」
「はい!ここの魔物はレッドコーラルでしたね。」
「直訳すると赤いサンゴ、サンゴとどうやって戦うんだ?」
「わかりませんけど貝と戦っているんですから何かしらしてくるんだと思います。でも硬そうですね。」
「硬いのは硬いだろうけど流石にアイアンゴーレム程じゃないだろう、つまりなんとかなるって事だ。」
貝がロケットみたいにしたから突っ込んできたり空中でジェット噴射みたいに向きを変えて突っ込んできたりするんだからサンゴが襲ってきてもおかしくない。
おかしくないよな?
思っていた以上に起伏の激しい海底に足を取られながらも今まで以上にゆっくりとダンジョンを進む。
最初は嫌がっていたリルもしばらくすれば慣れたみたいで蹴り上げた時の水滴を見て楽しそうな顔をしているぐらいだ。
サンゴ、サンゴねぇ。
足元全部が珊瑚礁っていう可能性もあるけれど、それでもこいつらが襲ってくる感じじゃないし一体どんな魔物なんだろうか。
「あ。」
「え?」
「わふ?」
パシャパシャと浅瀬を進んでいると、正面から何かが歩いてくるのに気が付いた。
もちろん探索者ではない、距離が離れているから具体的な大きさは分からないけど大体1mぐらいじゃないだろうか。
真っ赤なサンゴに足がはえたなんとも奇天烈な見た目、いやここまでくるともうホラーだろ。
そいつはこちらに気が付くとピタリと止まり、ものすごい速度でこちらに向かって走り始めた。
凹凸の激しい浅瀬をあの速度で走る時点で気持ちが悪い、だがそれ以上に気持ち悪いのは人間の様なつるつるの生足を生やしているあの姿だ。
「なんですかアレ!?」
「あれがレッドコーラルだろ、知らんけど。」
「きゃぁぁぁ!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!こっちに来ないで!」
「ぐぁぅ!」
盾を構えつつも悲鳴を上げて騒ぐ桜さんの前にリルが飛び出し、毛を逆立てながら相手を威嚇する。
が、そもそもあいつに目とかそういうのついてるのか?
巨大な赤いサンゴに足がはえただけのそいつはリルの威嚇をものともせずそのまま彼女に体当たりを仕掛けるもすんでの所で躱され水しぶきを上げながらその場に倒れこんだ。
その隙を逃さずリルが本体に噛みつくも、かなりの硬さのようでガチン!という高い音だけが響いただけだった。
「桜さん、足!」
「ダメです!」
「え?」
「そこは弱点じゃありません、頭を狙ってください!」
あの生足を攻撃すれば早いんじゃないかと思ったのだがとりあえず桜さんの指示通りに頭に向かって思い切り棍を振り下ろすと、乾いた音共に奴の頭?がものの見事に砕け散った。
本体部分を無くした足は幻のように消え、破片だけがパシャパシャと水面に落ちていく。
「倒したのか?」
「多分ですけど。」
「いったい何だったんだあいつ、桜さんのおかげであそこが弱点だってわかったけどもし足を攻撃したらどうなってたんだろうな。」
「弱点看破は足に一切反応しませんでしたし、もしかすると毒か何かがあったのかもしれませんね。」
「あーそれはあり得そうだな。弱そうに見えてあそこを攻撃すると爆発するとか。」
あのフォルムなのはあえてそこを攻撃させるためだった、そう考えるとなんとなく納得はするけれどそれでもあの見た目はヤバいだろ。
今どきの小学生でもあんな絵は・・・いや、男なら十分あり得るか。
これがかっこいい!とか、こうすれば強い!とかは時代が変われど同じだもんな。
そんなことを考えながら奴が砕け散った場所を見ると、海底に小さな赤いサンゴが落ちているのに気がついた。
ふむ、中々に鮮やかな見た目。
確か天然の紅珊瑚って高値で取引されてるんだっけ?
それなら魔物産でも多少は高く売れるんじゃないだろうか。
とはいえあいつを山ほど倒したくはないんだけども・・・。
「グァゥ!」
「いやいや、嘘だろ?」
「和人さんダメです、気持ち悪すぎて無理です。」
「気を確かに持て、ここで引き返すわけにはいかないんだ。」
「でもでもなんでバカンスにきてあんな気持ち悪いのと戦わないといけないんですか!?」
鎮静の指輪があっても流石にあの気持ち悪さまではカバーできないようだ。
っていうか心を落ち着かせるというレベルを超えている。
やっと一匹倒したと思ったら、同じ方向から何匹ものレッドコーラルがゆらゆらと体を揺らしながら歩いてくるのが見えた。
そういや昔見たB級映画にこんなのがあったな。
確かキ〇ートマトだったっけ。
そんなB級映画でも使われないような見た目をしたそいつらは最初の奴と同じく一定距離まで近づいたところで立ち止まり、そしてこちらへ向かって一斉に走り始めた。
「イヤァァァァァ!」
桜さんの悲鳴もむなしく奴らとの戦闘は開始される。
あの固い頭?を使った何も考えていない突貫攻撃も数が増えればめんどくさい。
ただひたすらに頭を叩き、避け、叩き、避け、時々足で蹴り飛ばし。
リルのブレスで動きが鈍くなってくれたのがせめてもの救い、桜さんに至ってはあまりの気持ち悪さに叫びながらも一応前衛として奴らの動きを受け流す程度のことはしてくれたので時間はかかったけれど何とかあの量をさばききることに成功した。
はぁ、体力というよりも気力の方で疲れた。
「もうやだ、早く上に帰ってのんびりしましょうよぉ。」
「あの水の中戻るぐらいならさっさと下まで潜って転送装置使った方が絶対に楽だぞ。」
奴らが落とした小さなサンゴを拾いながら弱音を吐く桜さんを慰める。
確かにあの気持ち悪い光景はもう二度と見たくない、だがここで引き返せば今までの苦労が無駄になってしまう。
もちろん下に行くためには今までと同じくバカでかいやつと戦わなければならないわけで、それを考えると桜さんと同じ気持ちになってしまうがそんな弱い自分に負けないよう気合を入れ直しサンゴをすべて回収した。
「さぁ行くぞ。」
「もういやですぅぅぅ。」
「わかったから、全部終わったらもう一泊してやるから。」
「絶対ですからね!」
何泊しても桜さんと一緒ならタダ、恐るべし大道寺グループ恐るべしその愛娘。
泣き言をいう桜さんを慰めながらどこまでも続く浅瀬を歩き続けるのだった。
 




