7.襲われていた探索者を助けました
悲鳴が聞こえたのはそう遠くない場所。
わき目も振らず走り続け、二つ目の角を曲がると突然ぽっかりと開けた空間に出た。
奥には四階層に降りる階段、その手前にはうつぶせになった人が見える。
そしてこちらに背を向けているのは今にも爪を振り下ろさんと獲物を狙うポイズンリザード。
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはあと二つです。】
その光景を見た瞬間、即座に突進を発動させて接敵し勢いもそのままに奴の尻尾めがけて棒を振り下ろした。
一定距離移動できるという事はそのまま加速に使えるんじゃないかと思ったその瞬間にスキルを発動、それが功を奏したのか爪が探索者の背中に刺さる寸前に棒が尻尾を切断し、突然のことにポイズンリザードがつんざくような悲鳴を上げた。
「こっちだくそトカゲ!」
切断された尻尾を目で追った蜥蜴が怒りの感情をそのままぶつけてくる。
血をまき散らしながらこちらを振り向き突進しながら何度も毒液を噴射、円を描くように移動しながらそれを避けつつ、倒れている探索者の近くまで移動する。
横にしゃがんで首に指を押し当てると微かにだが脈動を感じる。
どうやら生きてはいるようだ。
「おい、大丈夫か?」
返事はないが指をあてられた瞬間にわずかに動いたので意識はあるんだろう。
ポイズンリザードの方を睨みながら腰にぶら下げたサイドバッグからある物を取り出してそいつの横へと落とした。
「毒消しの実だ、動けるならそれを食っとけ」
返事を待たず再び棒を構え直し場所を移動する為にもう一度スキルを発動。
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはあと一つです。】
流石に正面からの動きには反応するのか、上段からの振り下ろしは避けられてしまったがこれで毒液があの探索者にかかることは無くなったはずだ。
じりじりとにらみ合いながら戦いを繰り広げるも所詮は手負いの魔物。
何度か危ない場面はあったものの無事にとどめを刺すことに成功した。
死体が吸収されるのを確認してから呼吸を整え探索者の場所へ戻ったが、さっき落とした毒消しの実は横に転がったまま。
「生きてるか、おい返事しろ」
そばに駆け寄り体を起こすべく肩と胸に手を伸ばすと胸当ての下から柔らかな感触が伝わってくる。
しまった、女だったか。
後で文句を言われるかもとか考えてしまったが今は緊急事態、そのまま強引に体を起こすと顔面蒼白のまま苦しそうに呻いている。
年は俺よりもだいぶ若い感じ、よく見ると足に切り裂かれた跡があり更には毒液でやられたのかブーツが腐食したようにただれていた。
「治療よりも先にまずは毒か、おい飲まないと死ぬぞ」
落ちた毒消しの実の砂を払って口に押し込むも咀嚼する力すら残っていないらしい。
ヤバいな、このままだと間違いなく死ぬぞ。
毒消しの実は即効性があるから胃に入れさえすれば何とかなるんだが・・・、あーもう、仕方ない。
「あとで文句言ってくれるなよ」
背負っていたカバンを勢いよくおろし、強引に手を突っ込んで中から水筒を取り出す。
水を口に含んだまま毒消しの実を口に入れて軽く咀嚼、そのまま彼女の後頭部をぐっと後ろに倒し唇に唇を重ねる。
わずかな抵抗の後、どこにそんな力があったのかと激しく暴れる上半身を5数えるまでしっかりと押さえつける。
後頭部を後ろに倒したのは気管と食道をまっすぐにするためで、これによって強引に流し込まれた毒消しの実が胃の方に流れるってのをついこの間探索者講習で教えてもらった。
とはいえ多少は気管にも入ってしまうので結果的にあれだけ激しく暴れたというわけだ。
命あって何ぼのもんだし、とりあえずは緊急避難という事で勘弁してもらえるだろうか。
激しく咽ながらも喉を鳴らして水を飲んだのは確認できたのでしばらくするとよくなるはずだ。
その間にただれたブーツを脱がせて患部を消毒、ついでに切り裂かれた足にも薬草入りの軟膏を塗りこんで包帯で巻いておく。
ダンジョンに潜るために強制的に受講させられた救命講習の技をこんな場所で使うことになるとは思わなかったが、これも探索者になる上で守らなければならない相互扶助の義務を行使する為。
ぶっちゃけ探索者を助けると金になるので助けない理由がなかったっていうのはある。
もちろん自分に危険がある場合はその義務の優先順位は下がるが危険が去った今は面倒ではあるけれど守らなくてはならない。
とりあえず毒消しが効いたのか少し落ち着いた彼女を寝かせたままさっき倒した魔物の素材を回収するも、目が覚めるまではこの場で待機するしかないか。
仕方なくその場に座り込み装備品のメンテナンスをしながら時間をつぶす。
「ん・・・。」
「お、気が付いたか?」
「えっと、私は・・・。」
「ポイズンリザードに襲われて死にかけてたみたいだな、一応毒消しの実は飲ませたがまだ毒素は残っているからもう少し横になっている方が良いぞ。怪我は治療済み、とはいえ地上にもどったらギルドで見てもらう方が良いだろう。金はかかるが戦えなくなるよりはマシだろ?」
まだ意識がはっきりしないのか虚ろな目で周りを見渡すも、人がいる安心感からかすぐに目を閉じて静かに息を吐いた。
「ありがとう・・・ございます。」
「探索者同士助け合うのは当然だろ、俺にも金は入るし縁があったら飯でもおごってくれ。」
聞こえているかどうかはわからないが変に恩着せがましく言うよりかはいいだろう。
本当はもう少し下まで降りる予定だったがトラブルなら仕方がない、何度かポイズンリザードが近づく音が聞こえてきたのでそいつらを狩りつつ彼女の所を往復するのを繰り返していると三体目の討伐後に体を起こしているのが見えた。
「お、起きられるようになったか。」
「あの、助けていただいただけでなく治療まで、本当にありがとうございます。」
「だから気にするなって。どうだ、歩けそうか?」
「多少痛みはありますが何とか。」
「よしよし、それなら病み上がりで悪いがさっさと下に降りてから地上に戻ろう。転送装置はすぐそこのはずだ。」
ダンジョンは三階層ごとに転送装置が設置されているので深い階層に行ったとしても戻るのは程難しくはない。
とはいえ一度その階層まで行かなければ使用できないので彼女もそれを使うべく奮迅したがあと一歩で届かなかったって感じなんだろうな。
ふらつく彼女の代わりに荷物を持ち、ゆっくりと階段を下りる。
背負うことも考えたのだが一応歩けるみたいだし、この年で女性を背負うってのも恥ずかしいのであえて何も言わなかった。
長い長い階段を下りて四階層に到着。
降りてすぐの小部屋の右を見るとコンビニにあるマルチコピー機のような機械が鎮座している。
なんていうか周りの景色と置かれてる物のギャップがひどい、ダンジョンによってこの形はバラバラらしいが不釣り合いにもほどがある。
まぁそんな事よりも今は上に戻ることが先決か。
彼女を先に誘導して転送装置を起動。
目の前で人が半透明になり消えるのは何度見ても不思議な感じだなぁ、なんて考えながら誰もいなくなった転送装置の画面に手を伸ばして地上へと戻るのだった。




