66.黙って潜ったのがバレていました
「和人さん。」
「はい。」
「言いたいことはわかりますね。」
「申し訳ございませんでした!」
篠山ダンジョンから脱出後、転送装置の前で待機していた桜さんと主任に引きずられるようにギルドまで連行され、現在応接室で尋問を受けている。
バレてるとは思っていたけどまだ転送装置前で待機されているとは思ってなかった。
地上では奮闘の甲斐なく氾濫は起きてしまいダンジョン内から溢れた魔物が暴れ回っていたそうだけど、俺が銀狼を倒したタイミングぐらいに急に動きが鈍くなり湧き出すのも止まったらしい。
それを見た主任が誰かがダンジョンを走破したと判断、桜さんが俺がいないことに気がついて二人で転送装置の前に到着したタイミングで俺が戻ってきたんだとか。
後数分早ければうまく誤魔化せたかもしれないけど見つかってしまったからには仕方がない。
幸い他の探索者やギルド職員は氾濫の方に意識がいっていたので俺が戻ってきたのに気づいていないようだ。
後はこの状況をどうやり過ごすか。
「まぁまぁこうやって無事に戻ってきてくれたんだからいいじゃないか、と言いたいところだけど今回はちょっと事態が大きすぎてうやむやにできないんだよねぇ。いい機会だし腹を割って話をしようじゃないか。」
桜さんの怒りを鎮めるためにフォローを入れてくれるのかと思ったがここにきてまさかの裏切り、例の一件でこの人がそれなりに偉い人だとわかっているので流石にこれ以上隠し事は難しいようだ。
とはいえ桜さんもいるし収奪スキルだけは何としてでも隠しておきたい・・・ということで別のカードを切って何とかこの場を乗り切ることにした。
「いやー、まさかSランクのフェンリルを隷属化しているとはねぇ。そりゃ誰にも言えないわけだ。」
「そうなんです。これが武庫ダンジョンで出たと知れ渡ったらそれはもう大変なことになると思って。」
「うん、それはいい判断だったと思う。でもそれとあの極寒の篠山ダンジョンを走破できたことは関係ないよね。」
「いや、実は関係あるんですよねこれが。」
ということで別のカードとしてリルを部屋に呼び出し事情を説明。
流石の桜さんも大きくなって出て来たリルに驚きを隠せないようだったけど、すぐに我に返り全力で抱きしめていた。
残念ながらフェンリルの存在があったからダンジョンを走破できた・・・とは思ってもらえなかったけどもちろん次のネタも考えてある。
偶然手に入れた冷気耐性(強)と冷気耐性(完全)、これとリルの存在が今回のキーワードだ。
「なるほど、フェンリルがいることで冷気耐性が完全に変わって寒さの影響を受けなかったんですね。」
「そうじゃないとあの寒さの中は無理ですよ。だってアイスゴーレムですら凍っていたんですよ?」
「それは先発隊からも聞きました。あそこは人の生きていける場所じゃない、にもかかわらず新明君がダンジョンに潜ったと聞いた時はどうなることかと思いきやまさか走破して戻ってくるとはねぇ。」
「あはは、色々と準備していたので何とかなりました。」
桜さんが訝しげな眼を向けてくるけれどあえて見えないふりをしてこの場をやり過ごす。
一応主任は納得してくれたみたいで、走破の証拠として提出した銀狼の毛皮をもって応接室を出ていった。
「ちゃんと説明してください。」
「いや、さっき話した通りだよ。この前桜さんがスキルを手に入れたのがうらやましくてクリスタルを使ったら偶然冷気耐性(強)が手に入ったんだ。さすがにこれで潜るのは無理かと思ったんだけど、それがリルと一緒だったら効果が上がったんで潜ることにしたんだよ。先発隊から魔物はそこまで強くなくて環境が過酷だったから戻ってきたっていう話も聞いていたからね、鈴木さんに無理をお願いして火炎瓶とか燃料とか色々手配してもらったおかげで何とかなったって感じかな。」
「じゃあリルちゃんが大きくなったのは?」
「おそらくだけど銀狼を倒したことでダンジョンの中に溢れていた魔力をリルが吸収したみたいなんだ。実際幼体から成長体に変化したってアナウンスみたいなのが流れたし、リルも大丈夫だって言ってるからとりあえず様子見かな。なぁリル。」
「わふ!」
「前のちっちゃいのも可愛くて好きですけど、今のモフモフの方が好きかもしれません。」
「それは俺も同感かな。やっぱりこうでなくっちゃ。」
イヌ科はやはり大きいに限る。
こうモフモフとしてて多少強く抱きしめても問題ない感じで背中を預けてもつぶれなくて。
でも完全体になったらいったいどのぐらいの大きさになってしまうんだろうか。
ぶっちゃけそこは心配だったりする。
そんなこんなで色々有耶無耶にしながらもなんとか信じてもらうことに成功、桜さんには悪いけどまだ教えるタイミングじゃないって思っているので、もう少し色々自由にできるようになるまで待ってもらおう。
「お待たせ、いくつか確認したいことはあるけどとりあえず新明君がダンジョンを走破したってことは確認できたよ。単独走破記録更新おめでとう。」
「リルが一緒でも単独になるんですか?」
「召喚も魔法の一種みたいなものだからね、あくまでも探索者一人で走破した記録だから問題ないよ。でもよくあんなに大きい銀狼と戦えたものだね。普通はもっと小さいものなんだけど。」
「氾濫するぐらいの魔力が影響しているのかと思ってましたけどやっぱりそうですよね。」
あのデカさは反則だろとおもっていたけどやっぱりあれはおかしかったみたいだ。
主任の話じゃせいぜい半分ぐらいで、今のリルをもう少し大きくした程度なんだとか。
ブレスとかは変わらないけどあの大きさと比べると雲泥の差、収奪スキルがあったからとはいえよく勝てたものだよなぁ。
「あの毛皮は今回の氾濫の象徴として飾られることになるらしいよ。それも踏まえて買取価格を出すらしいから、まぁ楽しみにしておくんだね。」
「怖い言い方だなぁ。」
「単純に単独走破記録を更新しただけじゃなく氾濫を鎮静化させ、さらにあの巨大な銀狼を討伐。他の素材もそうだしクリスタルも出たみたいだけど、あれはどうするのかな。また使うのかい?」
「いえ、装備もありますしクリスタルは売ります。」
「そうなると・・・うん、これは篠山ダンジョンの記録更新間違いなしだ。」
いや、だから一人で納得してもらっても困るんだけど。
そりゃ多ければ多い方が嬉しいけど下手に盛りすぎて後々になって問題になっても困る。
何事もほどほどが一番だ。
「そうだ、あと一つだけ。」
「なんですか?」
「今回の走破記録だけど、発表は後日になりそうなんだけどいいかな。」
「あー、その方がありがたいです。今出すと色々と面倒なことになりそうですし。」
「そうなんだよね。記録そのものは公開するべきだけど氾濫を収めたとなると彼女のことを公表しないといけなくなるだろうし、それは君たちの本意じゃないんだろう?」
「そうですね。」
「ならそういうことで。もちろん走破報酬や記録更新報酬なんかは今日支払わせてもらうけど、そのあたりはお互い納得の上ってことにしておくね。」
武庫ダンジョンの時も色々大変だったのにそれに加えて氾濫をどうのとか言い出したらまともに潜れなくなりそうなので隠してもらえるのはむしろありがたい。
一応公式に何かしらの発表はするんだろうけどそこに俺とリルの存在が出ることはない。
それでも主任やメガネさんは覚えてくれているだろうし、ほとぼりが冷めたころに走破記録は公表してくれるそうなので実績が加わることは間違いない。
憧れのタワマン生活をするためにはお金だけでなく探索者としての格や実績的なものを求められると鈴木さんからも聞いているので、そういうのを確実に積み上げつつ夢に向かって進むだけ。
あとは売り上げがいくらになるか楽しみだ。




