65.彼女の成長を見守りました
銀狼の残した素材を回収し、散らばった荷物と一緒にカバンの中に押しこむ。
毛皮だけでもかなりの大きさがあり、爪もかなりの鋭さ。
素材だけでもかなりの値段になりそうだけどそれよりもうれしいのはクリスタルが二つも手に入ったことだ。
これを使えばまた新しいスキルを手に入れられるかもしれない。
もちろん桜さんのように二回連続で失敗する可能性もあるけれど、それでも新しいスキルが手に入れば確実に強くなれる。
E級でももちろん構わない、でもなぁあの失敗を見ているだけにどうしても失敗した時のことを考えてしまうんだよなぁ。
スキルは欲しい、でも失敗してそれを無駄にするぐらいなら現金にしてしまった方が有意義な気もする。
「あ・・・。」
ほっとしたのもつかの間、膝からガクンと落ちてしまうほどの倦怠感が体の中を駆け巡り、そのまま両肩を抱いて氷の上に頭を乗せながらなんとかそれをやり過ごす。
いつもの比にならないぐらいの強烈なレベルアップの違和感、一気に3レベルぐらい上がったんじゃないだろうか。
浅い呼吸を短く繰り返しながら必死にだるさをやり過ごす。
突然こんな風に倒れこんだらリルが心配する・・・そう思って顔を上げると、さっきまで元気に飛び回っていたリルが俺と同じように氷の上で倒れていた。
「リル!」
這うようにして彼女のそばまで近づき、その体をゆすってみる。
呼吸はしているから生きてはいる、だけどかなり苦しそうだ。
俺と同じようなレベルアップの反応ならいいんだけどレベルという概念があるのかもわからないし、それ以上に苦しさで舌を出したまま浅い呼吸を繰り返す姿が痛々しい。
もしかしてさっきの戦闘で深い傷を負ってしまったんだろうか、いや魔法的な何かで体の中からやられている可能性もゼロじゃない。
どうする、どうすればいい。
倦怠感なんてどこへやら必死に彼女を助ける方法を探していたその時だった。
【フェンリルが規定以上の魔力を吸収したことにより幼体から成長体へ変化します。】
収奪した時と同じようなアナウンスが脳内に響く。
そういえばリルを隷属化した時もこんな感じの声が聞こえたような気がするけど、幼体から成長体ってどういうことだ?
アナウンスに動揺している俺をよそに手を乗せていたリルの体に周りの冷気がグングンと吸い込まれていくのが分かる。
まるで台風の中心のように冷気が渦を巻く。
その大きさはこの部屋どころかダンジョン中の冷気がここに集まっているかのようだ。
そしてそれを吸い込みながら子犬だったリルの体がチワワからグレートデンの成犬ぐらいにグングンと大きくなっていく。
これが成長、今でも十分デカいのに成長体ってことはまだ完全体じゃないってことだろうか。
吸収し続けて数分、渦が収まるとリルの成長も止まり銀狼よりも美しい純白の毛並みが残った冷気でフサフサと揺れていた。
【フェンリルが成長体へ変化しました。残存していた魔力がフェンリル許容量を超えた為残りを体内に吸収します】
変化終了のアナウンスが流れたってことはこれでリルも落ち着いたってことだろう。
まさか成長するとは思わなかったけどとりあえず無事でなにより。
後は・・・俺か。
アナウンスの後半にこれまた想定外の内容があり、それに驚く間もなく小さな冷気の渦が自分の中に吸い込まれたのを確かに感じる。
レベルアップの倦怠感とはまた違う体の中を何かが暴れまわる感じ、それが収まるとまた例の声が頭の中に響き渡った。
【冷気耐性(強)のスキルを獲得しました。フェンリルが近くにいる場合、冷気耐性(完全)に変化します。】
冷気耐性はEランク、強はCランクに分類されていてどちらもクリスタルから獲得できるけれど、それよりも気になるのは最後に聞こえた完全耐性の方。
リルと一緒じゃないと発動しないという条件はあるものの、Aランクに相当する完全耐性をこんな簡単に手に入れられるとは思わなかった。
いや、簡単ではなく死ぬかもしれなかったのは間違いないんだけど、これで保温スキルが無くても寒いダンジョンを移動することができる。
篠山ダンジョン以外にもクリスタルパレスと呼ばれるB級札幌ダンジョンや大雪のC級酸ヶ湯ダンジョンなんかも寒いダンジョンとしては有名なのでそこで活躍するのは間違いない。
もっともかなり離れているのでそこまで行くことがあるかはわからないけど、寒さに強いとなるとここに潜った言い訳にも使えるってことだ。
収奪スキルはまだ隠しておきたいしこれを隠れ蓑に上手く騙されてくれないだろうか。
「お、リル起きたか?」
「わふ?」
「はは、デカくなってもその感じは変わらないんだな。」
氷の床に倒れていたリルがむくっと体を起こし、寝ぼけた顔で俺を見つけると嬉しそうに突っ込んできた。
今までなら余裕で受け止められたのにあまりの衝撃にそのまま後ろへ倒れてしまう。
そこで彼女も自分がデカくなったことに気が付いたんだろう、慌てて飛び起きて自分の体の変化を確認している。
立ち上がると尚デカい、さっきの銀狼ほどじゃないけど体高は1mを超えていて小さい子供ぐらいなら余裕で乗せられそうだ。
「どうやらダンジョン中の冷気っていうか魔力を吸収してデカくなったらしい、痛い所とか変なところはないか?」
「ガウ!」
「そうか、大丈夫かそりゃよかった。」
迫力のある返事に空気が震えるのが分かる。
体が大きくなったってことは前足も太くなって爪も鋭くなったってことだろう、噛みつく力も数倍以上になってそうだし、もしかしなくてもE級ダンジョンぐらいならリルだけで何とかなるんじゃないだろうか。
さすがSランク魔獣。
これで完全体じゃないってのが信じられないけど、まだまだ強くなると思うと心強い。
さて、素材は回収したしレベルアップ酔いも無事に収まったから後は走破報酬をもらって上に帰るだけだ。
荷物を背負いなおして十階層の奥へと向かうと武庫ダンジョン同様小さい通路の奥に報酬の入った銀色の宝箱と転送装置を発見。
前はここから属性武器をゲットできたけど果たして今回は何が入っているのやら。
「おぉ?武器じゃないのか。」
入っていたのは銀色に輝く小手。
手袋というよりもガントレットという方が正しいかもしれないけど金属がゴテゴテしているような感じでもない。
なんだろう皮手袋の上に細い金属を編み込んでいるような感じ、右手用なんだけどもしかして左用も出たりするんだろうか。
後は前も出て来たポーションと一冊の古ぼけた本。
「マジか、E級ダンジョンからこれが出るとは思わなかった。さすが銀箱、夢があるなぁ。」
本を取り出した手がわずかに震える。
普通ならC級ダンジョンでしか出てこない上にドロップ率がかなり低く市場に出回ることがほとんどないレア物。
開きたくなる気持ちをぐっと抑えてポーションと一緒に大事にカバンに押し込んだ。
これを見たら絶対に桜さん喜んでくれる・・・いや、その前に怒られるか。
今回は誰にも内緒でダンジョンに潜ったんでので今頃外は大騒ぎになっているはず、桜さんも俺を探しているに違いない。
でもまぁ走破したことで氾濫は未然に防げたわけだし結果オーライということで。
「ま、なるようになるか!」
いつまでもここにいたって仕方がない、転送装置に手を乗せておなじみの白い光に包まれ一瞬にして地上へと戻るのだった。




