61.ペンギンは思ったよりも強敵でした
篠山ダンジョン八階層。
氾濫を前に通常よりも劣悪な環境に進化したフィールド型ダンジョンは高ランク探索者ですら潜ることをあきらめるぐらいに危険な場所になっていた。
幸いにも魔物が強くなっているわけではないので環境さえ克服できれば探索は可能、実際保温スキルのある俺に寒さは関係なく吹雪や雪深さを何とかすれば先に進むことができている。
なので八階層も行けるはず、そんな風に楽観視していたのは間違いない。
間違いないけど、まさかこんなフィールドになっているのはちょっと想定外すぎるだろ。
「見えん!」
猛吹雪で1m先も見えない視界不良、加えて地面は大雪ではなくつるつると磨かれた氷になっており下手に踏ん張るとそのままこけてしまいかねない足場不良。
幸いリルは爪があるので滑る感じはないし寒くなればなるほど元気になっているのは間違いなさそうだ。
よくまぁこんな環境で九階層まで行けたよな。
しかも転送装置なしってことは潜った後もう一回このフィールドを通って上に戻ったってことだろ?あまりにも無理ゲーすぎるんだが。
「悪いけど何にも見えないからあとは任せた。」
かろうじてリルの揺れるしっぽは見えるけれどそれ以外は全く見えない。
この前の教訓を生かして氷用スパイクを持ってきていたのでそれをブーツに装着することで歩くことはできているけれど、バランスが悪く下手すると転びかねないので注意が必要だ。
一歩また一歩と進むことはできているけれど明らかに探索スピードは落ちているし見えない事へのストレスと不安で体力ではなく気力の方がグングン減っていくのが分かる。
こんなところで魔物に襲われたらいったいどうなってしまうのだろうか。
八階層に出現するのはペンギーノとペンギーナの二種類。
その名の通りペンギンの様な魔物で氷の上を滑りながら襲い掛かってくる。
雄雌一対で行動し、どっちかを倒すと激高し狂暴になる厄介なタイプなのだが同時に倒すのも難しく凶暴化した後をどう対処するかで難易度が変わるらしい。
オスが凶暴化するとその場で大暴れしてメスが凶暴化するとオスを倒した相手を執拗に攻撃してくる。
なので先にオスを倒すとメスが隙を見せやすいのでセオリーとしてはオス→メスの順番がいいとされているんだとか。
もっとも、この視界じゃどっちがオスでどっちがメスかなんて判別できないんだけどな。
左右に揺れるリルのしっぽを見つめながら進むこと数分。
彼女の足がぴたりと止まり、左右に揺れていたしっぽがピンとまっすぐに伸びる。
「来たか」
相変わらず視界は悪いがこの状況でも戦わなければならない。
身をかがめて唸るリルが吹雪の向こうからくる何かを威嚇し、そして一瞬にして見えなくなってしまった。
微かに音はするけどそこで何が行われているかはわからない。
なんならさっきまでわかっていた【前】という感覚もなくなり、どっちが今来た道かすらわからなくなってしまった。
そんな中で敵が襲ってくるという恐怖。
「くそ、どっちだ?どこからくる?」
リルがいるから大丈夫なんていう気持ちはどこかへ吹っ飛び、そんな俺をあざ笑うかのように視界の端々に一瞬だけ姿を見せるペンギン。
見えては消え、見えては消えを繰り返す感じから絶妙に見えない場所をぐるぐると周り様子を見ているようだ。
向こうからこっちは見えているのにこっちは見えないという理不尽、結局のところ見えないから不安なわけでそれなら見えるようになれば問題ない。
【ビッグムルシェラゴのスキルを使用しました。ストックは後二つです。】
例え目で見えなくても心の目で見れば問題ない。
エコースキルによって周囲の状況を可視化、目では見えなくても脳内でそれを補完することで見えないはずのものが見えて来た。
予想通りペンギンがぐるぐると俺の周りをまわりながら様子を見ていて、そこから少し離れたところでリルが別の奴を攻撃している。
どうやら向こうはリルが優勢・・・あ、倒した。
吹雪の向こう側、視覚的には見えないはずなのに脳内で見えるという違和感。
それでも見えることによる安心感は絶大でさっきまで感じていた不安はどこかに吹き飛んでしまった。
「あれ?」
リルがもう一匹を倒したと思ったらさっきまで周りをまわっていたやつがものすごい速度でリルの方へと移動する。
ということは回っていたやつはメスでオスを倒されたことで標的を変えたのか。
ってことは今が攻撃するチャンス。
吹雪で見えないけれど脳内で先を確認しながらリルに襲い掛かるメスペンギンに向かってフルスイングで棍を振りぬいた。
リルに襲い掛かろうとする無防備な背中に先端部が見事炸裂、明後日の方向へ吹っ飛んでいきそのまま地面に吸い込まれていったところから察するに倒すことができたようだ。
敵としては弱いのかもしれないけどやはり環境を巧みに使うことで難易度がぐっと上がる感じ、そう考えると篠山ダンジョンの主と呼ばれるホワイトウルフよりも強いのかもしれない。
「リル大丈夫か?」
「ワフ!」
脳内で見えているとはいえやはり直接視覚で判断できるのは非常に安心感があるなぁ。
大きく尻尾を振って褒めて!とアピールするリルの頭をしっかりと撫でてからドロップした素材を回収しに移動する。
オスが落としたのは嘴、メスが落としたのは卵。
ペンギンの卵はアングリーバードのよりも栄養価が高く多方面から引き合いがあるぐらいの優秀な素材、問題はどうやって持ち帰るかだがかなり殻が丈夫なので少々のことで壊れる心配はなさそうだ。
「エコーがあるから今は何とかなるけど、これ切れた瞬間に詰むやつだよな。」
思い出される武庫ダンジョンでの惨状。
最初こそシューティングシュリンプのスキルでサクサク進めた九階層だったが、それが尽きた途端に一気に難易度が跳ね上がり非常に苦戦したのは記憶に新しい。
ここが九階層なら最悪全部使ってしまってもいいけれどまだ八階層なだけにここで全部使うのは惜しい、非常に惜しい。
とはいえ使わないとどこから襲ってこられるかもわからないのでどうしても頼りたくなってしまうんだよなぁ。
今を取るか未来を取るか、そこが問題だ。
「俺がもっと強かったらすぐに反応できるんだけど、それもなかなか難しそうだ。」
実力があれば1m以内にペンギンが突っ込んできても対処できるんだろうけど、今の俺にそこまでの実力はないのでどうしても後手後手になってしまうだろう。
あまり強くないとはいえ魔物は魔物、猛スピードで滑りながら突っ込んでこられたら間違いなくケガするだろうし嘴でついばまれたら肉ごとえぐられる可能性が非常に高い。
見た目の可愛さに油断するなよと言い聞かせながら再び八階層をゆっくりと進み続ける。
その後エコーが切れる前に二度ほど襲撃を受けたものの何とか撃破することはできたけど、誤ってメスから倒してしまった後のオスが想像以上の大暴れでそれを倒すのにも一苦労。
どこかで休もうにも隠れるような場所もなく当てもなく氷上を歩くだけ、エコースキルが切れると露骨に何もできなくなるので使いたくなる気持ちと常に戦いながらなんとか階段まで到達した時には精も根も尽き果てたような感じになってしまった。
恐るべしペンギン。
恐るべし八階層。
ここでこんなに大変ならマジで九階層は地獄なんじゃないだろうか。
ここをクリアしない事には氾濫を抑えることはできないだけに何としてでも走破したいところだけど、とりあえず今はゆっくり休みたい。
吹雪もなく寒さも和らぐ階段の中ほどでへたり込みながら盛大なため息をつくのだった。




