5.長かった一日が終わりました
「こ、これ全部一人で討伐してきたんですか!?」
「まぁ、はい」
顔が赤いのは夕日のせいにしつつギルドに戻ったその足で買取カウンターへと向かった。
こちらに乗せてくださいと渡されたトレーからこぼれんばかりの素材を積み上げ、一本だけ残ったコボレートの小刀を最後に乗せる。
あれから二度ほど犬笛を使ってコボレートの群れをひき潰したら、レベルがもう一つ上がったついでに一本だけレアドロップの小刀を拾う事が出来た。
体感的に100本に一本とかそんな感じなんだろう、正直あいつらをまともに相手しようとは思わないだけに流通量が少ないだけなんじゃないだろうか。
若干引き気味の職員さんに笑顔を向けるとハッと我に返ったようにこちらを向いた。
「それではライセンスをこちらへ。これだけあると査定にお時間がかかるので少しお待ちください」
「あ、ホーンラビットの肉は五つほど持って帰るので査定から外しておいてください」
「では買取金額と一緒にお渡ししますね」
時間がかかるという事なのでその間に探索者用の更衣室へと移動してシャワーで汗を流しつつ忠告通り予備のズボンにはき替える。
靴も履き替えたもののサンダルしか持ってきていなかったので何ともちぐはぐな格好になってしまったが、まぁ血まみれでほかの人に引かれるよりかはマシだろう。
着替えた靴とズボンは申し訳ないがゴミ箱へ直行、いつもなら洗濯してでも使っただろうけど今回は買取という臨時収入を得られるので惜しくはない。
退職金も底をついてきたところだったので収入があるというのは非常にありがたいことだ。
減っていく貯金残高を見るよりも増えていく方が気分的に違うからなぁ。
着替えを済ませて更衣室から出ると正面から講義を担当していたあのやる気のない職員がまっすぐこっちにやってきた。
「やぁ、ずいぶんとたくさん持って帰ってきたんだね」
「お陰様で」
「ダンジョン経験者だってことだったけど、それにしても随分と多くのコボレートを狩ったんだねぇ」
さっきまでのやる気なさとはうって変わって鋭い目つきで俺を見てくる。
この人こんな顔も出来るのか。
だがブラック会社で常にそういう目で見られてきた俺には全く効果はないぞ。
しかしあれだなボロボロの小刀は金にならないうえにカバンを圧迫するので置いてきたはずなんだが、どうして討伐数がわかるんだろうか。
「どうしてわかるんですか?」
「さっき渡したライセンスには魔物の放出する微量な魔力、魔素と呼ばれるものを記録する力があるんだ。それで討伐数を確認して、実力に応じてランクアップするって訳だね。お昼にライセンスを交付して夕方のこの時間までにホーンラビット9匹、コボレート66匹はかなりの討伐数なんだけどもいくらダンジョン最弱の魔物と言われるコボレートだとしても群れで襲われたら一人じゃ大変だっただろうに、何か秘訣でもあれば教えてほしいなぁ」
なるほどあのライセンスにはそんな能力が備わっていたのか。
「こいつのお陰ですよ。振ってよし叩いて良し、いくら集団で襲ってきてもこの硬さの前には敵じゃありませんから。むしろ数で来てくれる方が振り回すときに勝手に当たるので助かります」
「棒術を使うんだね、普通は長剣と盾が一般的だけどどこかで習ったとか?」
「前の会社でちょっと」
それ以上は聞かない方が良いと判断したのか、職員は同情したような顔をして去って行ってしまった。
剣や盾ではなく耐久度の高い棒を使うのは金のないブラック企業あるあるだからそれで察してくれたのかもしれない。
「神明和人さん、査定が終わりましたのでカウンターまでお願いします。」
さっきはかなり動揺した感じだったが流石職員、今はもう変わった様子は見受けられない。
「ホーンラビットの素材とお肉、それとコボレートのナイフ合わせて3万3千円になりますがよろしいですか?」
「え、そんなに高く買ってもらえるんですか」
「ナイフが二万円、他の素材は1万3千円での買取です。正直ホーンラビットは弱すぎて狩る人が少ないので毛皮が高く買い取られることを知らない人も多いんです。お肉も美味しいですしまさに新人さん向けなんですけどね」
「その価格で十分です、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございました。討伐記録と今回の買取金はライセンスカードに入れてありますので、出金や支払いはこちらからご利用ください」
爽やかな笑顔と共にライセンスカードの乗ったトレーが戻される。
ここに今日の買取金額が入っているのか。
探索が進みより上のダンジョンに行くようになると素材の価格も数十万単位になるそうだ。
現金を用意するよりもカードに入れている方が扱いやすいし、このカードは持ち主以外は使用できないようになっているので防犯面でも非常に理にかなっていると言えるだろう。
わずか一日でブラック会社時代の三日分を稼いでしまった。
それもこれも全ては収奪スキルのお陰、最初に外れとか言って本当に申し訳なかったと思っている。
当たりも当たり、大当たりだ。
探索者になれば人生が変わる、世間ではそういわれているけれどまさか一日でここまで生活が変わるとは、いくら夢見がちな俺でもここまでの変化は想像していなかった。
手に入れたライセンスカードをしっかりとポケットに入れて帰宅した俺だったが、気が大きくなっていたからか気づけばお祝いも兼ねて近所のスーパーで普段買わないようなものを買い込んでいた。
米もいつもの無洗米ではなく少し高い奴を選んだし、お肉もホーンラビットがあるにもかかわらず安売りの奴ではなく値引きされていないワイルドカウのステーキ肉を手に取っていた。
更には普段の吞まないお酒もお祝いと称してカートに突っ込んでいるあたり舞い上がってたんだろうけど、それだけ違う自分になれたのが嬉しくて仕方がなかったんだと聞かれてもいない誰かに言い訳をしていた。
「うま!なんだこれ!」
帰宅後、シャワーも済ませていたのでそのまま狭い台所に立って買ってきた肉の調理を始める。
調理って言っても塩コショウで味付けしてただ焼くだけなのだが、たったそれだけなのに今まで食べた中で一番美味いかもしれない。
そのテンションのまま酒を開け、ぐびぐびとのど越しを堪能する。
酒の味は正直わからないけれどそれでも美味しく感じていたのは雰囲気がそうさせていたに違いない。
このボロアパートを出てタワマンを買うだなんて夢物語が現実のものになるかもしれない。
いつもなら鼻で笑って終わる話が、わずかでも可能性を持ってしまったのだから仕方がない。
食べて飲んで一人で舞い上がって。
そして最後は慣れない酒に酔いつぶれてそのまま万年床に倒れこんでしまった。
昨日までとはちがう、今日この日から俺は本当の意味で生まれ変わるんだ。
「・・・絶対にここを出て行ってやる」
壁は薄く隣の家のテレビの音が聞こえてくるようなボロアパート。
そこに住みながら会社の歯車として使いつぶされるだけの生活から抜け出し、探索者として新しい一歩を踏み出す。
そんな長い長い一日はようやく終わりを迎えたのだった。




