40.凍った湖上で襲われました
篠山ダンジョン一番の敵は魔物ではなく寒さである。
ダンジョンを走破した探索者が口をそろえてそう言うように、冷たい空気と足元の雪が確実に体温を奪っていく。
だが保温スキルがあるおかげで寒さも気にならず戦うこともできているし、最初の難関ともいわれるホワイトウルフもリルと収奪したスキルの前では敵ではなかった。
これまでこんな快適にダンジョンを探索した人がいただろうかというぐらいのペースで二階層も探索を続け、カバンが毛皮でいっぱいになる前に何とか三階層への階段を見つけることができた。
うーん、今日は様子を見るだけっていう話だったけどこの感じだと転送装置まで行けるような気がしてきた。
「ここで引き返すこともできるけど・・・、先に進んでもいいよな?」
なんでそんな当たり前のことを聞くの?という感じで首をかしげるリルの頭を撫でてから、改めて階段を降りる。
篠山ダンジョン三階層は比較的楽だといわれているらしい。
まぁ二階層と比べたらという話だろうけど実際に自分の目で判断しないと何とも言えないよなぁ。
階段を降り切った俺の前に広がるのは一面の氷の世界。
巨大な湖が眼前に広がりそれを取り囲むようにかすかな陸地が存在している。
さっきまでは雪が降り積もっていたけれどここではうっすらとしか積もっておらず、試しに氷に足を乗せると中々の勢いで滑りそうになってしまった。
うーむ、ここまで来る予定じゃなかったから氷対策は何もしてないんだよなぁ。
どうしたもんかと考えながらも、明らかに足元から冷えてきたので慌ててスキルを発動して冷気から身を守る。
やはり保温スキルは階層を移動すると切れるようだ。
「うー寒かった、リルは問題・・・なさそうだな」
「わふ!」
分厚い毛皮を身にまとっているので寒さには強いようで現に震える様子はなくむしろ元気いっぱいという感じだ。
とりあえず階段の近くで荷物を降ろし、しばしの休憩をとる。
桜さんが持たせてくれたサンドイッチをお湯を沸かす鍋の上で温めつつ、ドリップコーヒーをシェラカップの上に置いてお湯が沸くまでしばし待機。
探索道具って一見するとキャンプ道具のように見えるけれど、コンロに使ってるのはダンジョン産の魔石だしカップの素材なんかも同様により軽くて丈夫なものが使われている。
それを通常のキャンプにもっていくという人もいるらしいけど、こういう場所だからこそその価値が光るんじゃないだろうか。
「あー、あったかい」
ダンジョン内で熱々のコーヒーを飲みながら温めたサンドイッチを頬張るという何とも場違いな感じだが休憩するのも探索には大事な事。
豊かな食事は余裕を生み、余裕はそのまま生存率に直結する・・・らしい。
足元でホワイトラビットの肉を食べているリルが反応していないということは魔物もいないという事、他に誰もいないみたいだし少しぐらいゆっくりしてもいいだろう。
第三階層に出るのはアイスリザードマン、爬虫類っぽい見た目のリザードマンは主に沼地や湿地に出現するのだが、こいつらはなぜか氷の上。
見た目はそのままだけに冬眠しないのかとツッコミを入れたくなるがそういう感じではないらしい。
武庫ダンジョンにいたフレイムリザードのように通常のリザード種は変温動物よろしく寒さに弱かったりするらしいがこいつらには関係ないんだろう。
「さて、行くか」
後片付けを済ませていざ氷の湖へ・・・行くことはなく、まずはその周辺を探索することにした。
流石に準備もなく氷の上を歩いて戦える自信がない。
わざわざ向こうの土俵で戦う理由もないのでひとまずは様子見といこうじゃないか。
このまま階段があればラッキーだし、無かったとしても陸地から階段を発見できればそれはそれで良し。
リルはというと、鋭い爪を氷に突き立てることで特に問題なく移動できるようだ。
カチャカチャという音が楽しいのかまるでスキップをするように先を歩いている。
歩き始めて一時間程、未だリザードマンと遭遇は無し。
このまま遭遇せずに下に降りられればとりあえず転送装置までたどり着けるなぁ、そんな甘いことを考えていたがそうは問屋が卸さないらしい。
「ぐるるる」
楽しそうに氷の上を歩いていたリルが唸り声をあげながら身を低くするのを見て俺も棒を構えて辺りを窺う。
敵影はなし、だけどいつの間にか白い靄が出ていて氷の上は見通せなくなっていた。
唸る方向からすると敵は氷の上、数は、うーんわからん。
「不用意に突っ込むなよ、向こうがその気じゃないなら・・・。」
足場の悪いところでの戦闘は避けたい、そう思っていた次の瞬間。
正面からものすごい速度で飛んできた何かを身をかがめて避ける。
しゃがんだまま後ろを振り返ると、そばに立っていた木にさっきまでなかったものが刺さっていた。
あれは氷の矢?
矢というか尖った棒というかなんとも形容しにくいが、それでも見えない場所から飛んできたのは間違いない、もし気づくのが遅れていたら間違いなく頭に刺さっていただろう。
「やる気満々じゃないか」
的確に頭を狙ってきてるってことは向こうからこっちが見えているわけで、戦わなくてもいいという甘い考えば残念ながらかなわないようだ。
「リル、わかるか?」
「わふ!」
「よし、倒さなくてもいいから軽くかく乱してきてくれ。ただし無理はするなよ、数が多いならすぐに戻ってこい」
指示を受けてリルが白い靄の向こうへと走り出す、その間に木の後ろ側へ回り込んで様子を見るも隠れる場所がほとんどないっていうね。
向こうでは声というが唸り声というか何かやりあっている音が聞こえてくる。
いつまでもリルに任せるわけにはいかないし、こちらから出ていかなければいずれ遠距離攻撃の餌食になってしまう。
誰だよ第三階層は比較的簡単とか言ったやつ、むしろこっちの方がやばいじゃないか。
よくよく考えればコボレート以外の人型の魔物ってゴーレム以外では初めてだな。
しかも武器を使って遠距離攻撃できるだけの知能があるってことは適当に攻撃したところで返り討ちに合う可能性が高い。
そういえば沼地にでるリザードマンもぬかるみに誘導してきたりするって書いてあったような。
明らかに不利な状況、だがリルが必死に戦ってくれている今だからこそ生まれたチャンスを逃すわけにはいかない。
覚悟を決めろ、俺には収奪スキルがあるじゃないか。
おそらくというか間違いなくあいつらからスキルを奪えば何かしら有利な状況は作れるはず、そう信じてカバンを下ろし中から包帯を取り出した。
本当はスパイクとかそういうのがいいんだけど短時間ならこれで何とかなるはず、雪国生まれの知恵を舐めるんじゃないぞ。
ってなわけで包帯で靴をぐるぐる巻きにしてきつく縛れば準備完了、武器を手に氷の上に足を乗せると最初と違って滑ることなくしっかり体重をかけることができた。
「行ける!」
これなら多少不利な状況でもなんとかりそうだ。
まってろリル!
想定外の状況にも対処してこその探索者、さぁ湖上の決戦と行こうじゃないか!




