32.ダンジョンを走破しました
再び動き出したアイアンゴーレム。
だが、今までと違って滑らかな動きは失われギギギとかガガガとかいうような異音が響いていた。
おそらくはさっきの攻撃でどこかが変形して干渉してしまっているんだろう、特に歪なく精巧に作られた体は少しのズレが大きく影響してしまうものだ。
これ以上のチャンスはない、ギアを切り替えヒビの入った背中を狙ってただひたすら攻撃を続ける。
動きが鈍ったとはいえ大ぶりに攻撃などには注意が必要だが、どうやってもダメージを与えられなかった装甲に確かな手応えを与えられているのだから今頑張らずにいつ頑張るんだって話だ。
「ったく、いい加減割れろ!」
五体投地を素早く避けて無防備になった背中に飛び乗り、棒の先端を何度も叩きつけながら悪態をつく。
ダメージは確かに与えられている、破片は飛び散っているしヒビは確実に大きくなっているのにそこから先が一向に訪れない。
無尽蔵の体力を持つゴーレムと違ってこっちは生身、いい加減体力の限界なんだが・・・そう思っていた時だった。
「あ!」
今までの努力からすればなんとも可愛らしい音ではあったが、カシャン!というガラスの割れるような音と共に巨大なヒビがパラパラと砕け始める。
その奥に見えるは赤紫色の結晶。
一目でゴーレムの魔結晶とわかるそれがついに姿を現した。
だがそれと同時に膝立ちだったゴーレムが再び動き出し、一瞬の油断から大きくバランスを崩してしまう。
「やb・・・」
さっきまでだったらすぐに飛び降りて直後に来る薙ぎ払いを華麗に回避できたのだが、不安定な着地のせいで踏ん張りが利かず思ったような距離が稼げなかった。
迫り来る巨大な腕。
まるでスローモーションのように時間がゆっくりになり、なぜか桜さんの笑顔が頭に浮かんだ。
こんな所で死んでたまるか!
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはあと三つです。】
迫りくる死をただ迎え入れるのではなく最後の最後まで抵抗する。
その気持ちがスキルを発動させ間一髪で腕の下をかいくぐり勢いもそのままにゴーレムの股下をスライディングで通過、そのままブーツのグリップ力を生かしてダン!と地面を蹴って飛びあがると、体操選手のようにくるりと反転して無防備な背中を再び正面に見据えた。
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはあと二つです。】
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはあと一つです。】
【ホーンラビットのスキルを使用しました、ストックはありません。】
たとえ体が宙に浮いていたとしても見えない力はしっかりと俺の背中を押し、まるでジェット機のような推進力でゴーレムに向かって突進する。
棒をしっかりと握りしめ、槍を突き出すような格好で突っ込む先はむき出しになったあの魔結晶だ。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
棒が結晶に当たるも硬い結晶は砕けない、それどころか先端部から爆ぜるようにして棒が砕け散っていく。
それでもスキルによって得られた莫大な推進力は棒を砕きながらも確実に俺を後ろから押し続けた。
棒がすべて砕けるのが先か、それとも結晶が爆ぜるのが先か。
自分の手の中で大事な武器が砕けていくのを感じながらも俺は決してあきらめなかった。
ここまで来て手ぶらで帰れるわけないだろ!
棒を押し込むように強く押し出した次の瞬間、全てが爆ぜるより少しだけ早く抵抗がなくなり赤紫色の結晶が目の前で砕け散った。
ストーンゴーレムの時は勢いもそのままにゴーレムの体を突き抜けたのだが今回はそういうわけにはいかなかったようで、そのまま体にぶち当たり弾き飛ばされるように部屋の隅の方へ転がっていくのがわかる。
手ごたえはあった、だがまだまだ終わってない。
ゴロゴロと転がりながら勢いが収まればすぐさま立ち上がりゴーレムの方を見ると真っ黒い巨体が前傾姿勢のままピクリとも動かず止まっていた。
魔結晶を砕けばゴーレムの活動は止まる。
前は地面に吸収されるよりも先にスキルを収奪したんだったか。
前回同様恐る恐る近づくも動き出す気配はなかったので、そっと手を当ててスキルを発動した。
【アイアンゴーレムのスキルを収奪しました、鉄壁。ストック上限はあと二つです。】
ストーンゴーレムのスキルが城壁だったのでなんとなくランクダウンしたような錯覚を覚えるが、おそらくこれも防御系のスキルなんだろう。
流石にこれの方が弱いってことはないだろうし、またどこかのタイミングで使って確認しないと。
スキルを収奪してすぐにアイアンゴーレムが地面へと吸い込まれ、代わりに鮮やかな青い石と小さな赤い宝箱が残された。
青い石はおそらくストマイロ鉱石だろう、テアメルライト鉱石と同じ魔鉱石の一種だが鍛えるとかなりの硬度を持つ武器を作り出せる。
今回の探索で相棒が壊れてしまったので次はこれを使った武器を新調したいところなのだが、それよりも問題なのはもう一つのブツだ。
「宝箱・・・階層主を倒して出たって話は聞いたことないんだけど、なんでだ?」
通常階層主を倒しても手に入るのは素材だけでダンジョンクリアの報酬が入った宝箱はこの奥の転送装置横にあるはず、なんでこんな所に出てくるんだろうか。
しかもダンジョンクリアの報酬箱は金銀銅の三種類、赤色なんてのは聞いた事がない。
恐る恐る手を伸ばして確認するも蓋には鍵かかかっているのか開ける事が出来なかった。
「なんだよここまで期待させておいて。いや、まてよ?」
そういえばストーンゴーレムを倒した時に小さな鍵を手に入れた気がする。
何に使うかわからなくてとりあえず机にしまっておいたんだが、もしかするとこれに使うのか?
サイズ的にもぴったりな感じはするのでとりあえずカバンに入れて持って帰ろう。
箱といっしょに素材を拾い上げると改めてあのアイアンゴーレムに勝ったんだなという実感がわいてくる。
正直あの装備じゃ勝てなかった相手だけど、こうやって勝利を勝ち取れたのも全てはスキルのお陰だ。
あの時ヒビを入れられなかったらあの時突進スキルが無かったら、タラレバの話ではあるけれど結果として俺は生きてここに立っている。
ついこの間まで将来に夢を持てずただ漫然とタワマンに住みたいとかなんとか言っていたのに、それが現実に出来るだけの力を手に入れたんだもんなぁ。
何て言うか非常に感慨深いものがある。
これも全てあの時収奪スキルを手に入れてから始まったんだ。
そう、これは始まりにすぎない。
今回クリアしたのはE級ダンジョンであって熟練者が潜っているのはもっともっとランクが高く危険な所、正直ここをクリアしたからって自慢できるものじゃない。
だけど今の俺ならもっともっと上を目指すことができる、この収奪スキルさえあれば俺は夢をかなえられるんだ。
「そのためにも早く上に戻らないとな」
腕時計を見るとタイムリミットまで残り30分しか残っていなかった。
武庫ダンジョン探索走破記録達成は夢への始まり。
早く上に戻って桜さんを安心させないとな。
入り口に置いておいたカバンを拾い上げ、激戦を繰り広げたホールを抜けて奥の扉へ。
小さな扉を抜けるとそこにあったのは見覚えのある転送装置と銅色の大きな宝箱。
これが本来のあるべき宝箱、E級なので銅以外は確認されていないが中にはクリスタルをはじめそこそこの物が入っているらしい。
特に初回走破の時はいい物が入っていることが多いって聞くけれど、ダンジョンは何をもって初めてかどうかを判断しているんだろうなぁ。
なんてことを考えながらゆっくりと宝箱を開け、中身を確認。
「おぉ!」
思わず声が出てしまうような報酬を前に目を輝かせるも今は急ぎ上に戻らなければ。
宝箱の中身をカバンに突っ込み忘れ物がないかを確認してから見慣れた転送装置に手を乗せる。
さぁ、帰ろう。
淡い光に包まれながら俺の体は一瞬にしてダンジョンの外へと移動した。




