291.魚人の洗礼を受けました
泉のダンジョン。
その名の如く泉からコンコンと水が湧き出し、その水で常に満たされたダンジョン。
下に降りれば降りるほどその水は増え、動きを阻害してくる超広域フィールド型と呼ばれている。
下に降りるには広域の四か所に散らばった泉を起動させる必要があるが、起動時に魔力水が手に入るため人気のダンジョンになっている。
「うーん、くるぶしまでしか水がないのにこんなに歩きにくいなんて思いませんでした」
「浅いとはいえ足跡が響きますから隠密行動はできそうにありませんね」
「足音は響くし水の揺れで遠くからでも俺達の場所が分かるようになっているんだろう。この階層に出るのは魚人だっけ?」
「サハギンソルジャーですね、巨大な銛を手にした魔物で一度戦闘を始めると死ぬまで止まらないと言われています。血の臭いに敏感で仲間が傷つくとその臭いに引き寄せられるように集まってくるので注意が必要です」
水場のダンジョンにふさわしい魔物、七扇さん曰く見つけたら即座に攻撃して倒したら即移動が鉄則なんだとか。
仲間を呼ぶようなタイプではないけれど勝手に仲間が集まってくるから長期戦は厳禁、もしそうなった場合は戦闘を中断してでも離脱するべきなんだとか。
C級並と呼ばれている強さが今回の件でどのぐらい強くなっているのか、基準がなのでなんとも言えないけれどかなり強いと思った方が良いかもしれない。
「・・・一体、来ます」
「水や氷属性は一切効きませんから気を付けてください」
「了解、リルのブレスはお預けだな」
ま、一体だけならブレスなしでもどうにでもなるだろう。
大楯を構えるルナの右斜め後方に待機、しばらくするとパシャンパシャンという水音と共に巨大な三又の銛を手にした魚人が姿を現した。
・・・魚人?
リザードマンとはまた違うタイプの人型の魔物、正直魚に手足が生えたずんぐりむっくりのコボレートサイズ想像していたのだが完璧な人型だった。
モデルはサメになるのだろうか、口を開けば鋭い牙が見えホオジロザメを彷彿とさせる尖った鼻が特徴的な感じだ。
しかも無駄にマッチョ、確かにサメは筋肉質だというけれどもう少し魔物に寄せて来てもいいと思うんだが。
これじゃあもうほぼ人、リザードマンだってもう少し魔物寄りだぞ。
「え、何あいつ」
「ん?あれがサハギンじゃないのか?」
「違う違う!もっとリザードマンっぽくて尻尾もあるのにこれじゃ完全にサメ人間だよ!」
「確かにギルドの資料にあるのとは違いますね」
うーむ、どうやら今回の件で強さだけでなく見た目も変わってしまったらしい。
そいつは鋭い牙を見せつけるようにニヤリと笑い、銛を構えたかと思ったらものすごい速度で突っ込んできた。
「早い!」
まるで水の上を走る、いや滑るような突進。
すかさずルナが前に立ちふさがるもまるでトラックがぶつかる様なドカン!という物凄い衝撃音が辺りに響き渡った。
その衝撃で2mぐらい後ろに吹き飛ばされるルナ、まさかあの短距離でこれだけの突進力を生み出すとは思わなかった。
「まだ来るよ!」
「やらせません!」
突進を停められても再び銛を振り回しながら向かってくるサハギンを桜さんが迎え撃つ。
華麗な受け流しで勢いを殺し、その隙にリルが後ろから鋭い爪で切りかかる。
「え!嘘!」
「固すぎだろ」
だが、爪は軽くキズをつけるだけで肉まで届かず数滴の血が滴るのみ。
サメの鱗は堅いと聞くけれどまさかリルの爪をここまで防いでしまうとは思わなかった。
流石のリルも動揺を隠せないようで、サハギンの反撃に気づくのが遅れギリギリのところで回避していた。
「動きは速いし力は強いしそれでいて鱗は堅い?マジかよ」
「普通はここまで強くないんだけど、これが魔力水の影響なのかなぁ」
「とはいえ性質は変わってないわけだろ?ってことは・・・」
奴の背中から垂れた血が床に広がる水に一滴垂れたその時だ、突然サハギンの目が血走り銛を持つ手を頭上高く掲げたかと思ったらそれを高速で振り回し始めた。
筋肉がさらに盛り上がり、あまりの速さに銛が見えなくなる。
「一滴でこれかよ」
「しかも性質が変わってないとなると、すぐに仲間が集まってくるよ」
「ったく、こんなマッチョに囲まれるとか勘弁してくれ」
再び大楯を手にルナが前に出て、目にもとまらぬ連撃を必死に耐える。
コツコツ削っていくというような時間はない、次で仕留めなければ大変なことになると分かっているからこそスキルを使うのに躊躇はなかった。
【トイアーミーのスキルを使用しました。ストックは後九つです】
【恒常スキルを使用しました。突進、次の次回使用は15分後です】
バフスキルで攻撃力を上げ、更に一気に距離を詰めた勢いのまま棍を振り下ろす。
想像以上に固い鱗、だがバフと突進の合わせ技は確かに鱗を削り取りそこへリルの鋭い爪が体深く突き刺さる。
声にならない悲鳴と共にサハギンはその場で転倒、背中から流れ出る血液で水が真っ赤に染まっていく。
「くそ、これでもまだ倒れないのかよ」
「早く倒さないとこの血の量はまずいよ!」
「わかってるっての!」
突進スキルはリキャストタイムに入っているので使えない、ここで剛腕を使ってもいいけれどいくら補充があるとはいえ一階層でガンガン消費するのも・・・って言っている場合じゃないか。
「和人さんは温存してください!」
「え?」
「ルナちゃんやるよ!」
こくこく!
桜さんがメイスを振り上げながら転げまわるサハギンに接敵、バッシュを使いながら顔面に叩きつける。
更にはルナが大楯を頭上高く振り上げたかと思ったら桜さんがメイスで顔面を固定させ無防備になった喉元へ大楯の底を叩きつける。
「うへぇ、えげつない」
いくら鱗が硬くとも喉元はそこまで固くないようで、ゴキっというかボキっというかともかく鈍い音を立ててサハギンの首の骨が折れた。
衝撃で体が区の字に曲がったサハギンは、そのまま絶命し水の下へと沈んでいく。
あの巨大な大楯だ、そりゃあの勢いで振り下ろされたらかなりのダメージだろうけどいつの間にこんなエグイ技を覚えたのだろうか。
「今のって楯底降ろしっていうスキルじゃないの?」
「スキルとしてはそうですけど、ルナちゃんはスキルじゃなくて技として覚えたんです」
「覚えた?」
「ルナちゃんがもっと強くなりたいっていうので師匠に相談したんですけど、そしたらこの技を教えてもらえたんです」
「・・・マジか」
「師匠もまさかあの短時間で会得するとは思ってなかったみたいで、ものすごくセンスがあるって褒めていました。この調査が終わったらまた新しい技を教えてくださるそうです。それと、師匠が久々に顔を出せって言ってましたよ」
俺と桜さん共通の師匠、あまりの実力にAランク探索者でもかなわないと言われている。
とてもすごい人だし尊敬もしているけれど、ともかくしごきがきつい。
きついしエグイしマジで殺されるんじゃないかと思ってしまうが、俺も師匠に稽古をつけてもらってから探索者としての実力が上がったのでルナが稽古をつけてもらったらもっともっと強くなるんだろう。
それは素晴らしい事なので是非するべきだと思うんだが・・・、そりゃこの二人が師匠の所に行ったら俺も呼ばれるよなぁ。
「逃げたらだめだよな?」
「私は別に構いませんけど、後でもっとつらい目にあいますよ」
「・・・だよなぁ」
しごかれると分かっているだけに出来れば行きたくない、だけど行かなかったらもっとしごかれるのもわかっている。
はぁ、行く前から憂鬱すぎて帰りたくなってきた。
「落ち込んでいるところ悪いけど早く移動しないとサハギンが集まってきちゃうよ!」
「っと、そうだな。素材は?」
「もちろん回収済み、残念ながら鱗だけだけど」
「それでも十分・・・ってしまった!」
「どうしたの?」
「スキルを収奪するの忘れてた」
あまりにもルナの攻撃が衝撃的過ぎて収奪するのを忘れてしまった。
これだけの強さとなると使う傍から補充していかないとすぐにストックが無くなってしまうので、次からは忘れずに回収しよう。
装備を整えの小走りでその場を後にする。
第一階層はまだまだ始まったばかり、果たして泉を見つけることはできるのだろうか。




