29.記録に挑戦することにしました
その後も鈴木さんを前にどうするか悩みに悩みぬいた結果、俺たちは目標達成目指して頑張ることで一致した。
実績を積むためには何としてでも武庫ダンジョンの最速走破記録を作らなければならず、そのためには必要な装備を整えなければならない。
その目的のために俺達は五日間ほぼ休みなくダンジョンに潜り続け、偶然に助けられながらもなんとかあの装備を手に入れるだけの金額を稼ぎ出すことができた。
探索者ギルドで出発準備を整え、最後に買い求めた純白のマントを身に着けるとそれを見た桜さんが誇らしげな顔をする。
「それじゃあ行ってくる」
「頑張ってください、和人さんなら絶対に間に合います!」
「僕も応援しているよ。この記録を塗り替えてくれれば僕の評価も上がるからね、ぜひ頑張ってくれ」
「評価の為ってのはちょっとあれですけど、まぁ最善は尽くすつもりです」
二人に見送られてダンジョンの入口へと向かうと、いつものボインな職員さんがいつも以上に胸を揺らしながら迎えてくれた。
「残り時間はあと一日半、普通にいくとギリギリってところだけど和人君なら大丈夫そうね。くれぐれもケガには気を付けて、行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
普通はこういう見送り方をするよなぁなんて考えながら転送装置に手をのせて七階層へ、一度上に戻ってエコースキルを収奪し、再び七階層に戻った後はできるだけ戦闘を避けつつ最高速度で八階層へと駆け抜けた。
途中アシッドスライムから溶解液を収奪しておいたので、もし亀の甲羅が壊れてしまっても現地調達は可能だろう。
この間拾った亀の甲羅を手に足元に気を付けながら八階層を通過、シューティングシュリンプの攻撃を甲羅でしっかりと防ぎながら確実に先へと進んでいく。
【シューティングシュリンプのスキルを収奪しました、水鉄砲。ストック上限はあと三つです。】
予想通りシューティングシュリンプの収奪スキルは水鉄砲で、まるで高圧洗浄機のような細い水流が結構遠くまで飛ばせるのを確認できた。
効果のほどはまだわからないがこのスキルがあればフレイムリザードに対抗することができるだろう。
今の仮説ではそうなっているはず。
もしその仮説が崩れてしまったら記録更新はお預けということになる行き当たりばったりな状況ではあるけれど不思議と焦りや恐怖心は感じなかった。
なんとかなる、そんな気楽さでダンジョンを進むのは初めてかもしれない。
これも桜さんが一生懸命に手伝ってくれたからなんだろうか、不思議と何とかなると思ってしまうんだよなぁ。
「よし、到着っと」
九階層へと降りる階段を発見し一直線に階段へ・・・はいかず、しっかりと足元を確認しながら一歩一歩確実に進んでいくと予想通り最後の最後に落とし罠が設置してあった。
確認棒で地面をたたくと罠が発動し、周りの水を飲みこみながら1m程のぽっかりとした穴が目の前に誕生した。
上からのぞき込むと水をたたえた穴の底には細長い針がいくつも設置され、気の抜けた冒険者が落ちてくるのを待ちわびていたが残念ながら引っかかる俺ではない。
穴を注意深く避けた後も棒で確認しながら階段へと到着、そこでやっと肩の力を抜くことができた。
時計で確認すると突入からおよそ四時間が経過している。
正直これだけの短時間でここまでこれるのもすごいことなのだが、これもすべて収奪スキルのおかげだ。
現在の手持ちスキルはエコーが3回水鉄砲が4回そして愛用の突進が4回。
ひとまず安全地帯である階段の真ん中で荷物を下ろして中から探索用の道具をいくつか取り出す。
この時のためにマントと一緒に買い付けたのは携帯用のコンロとポット、水分補給は別に冷たい水でもいいけれども心を落ち着かせるのはやはり温かい飲み物が一番だ。
ということで時間もあることだし最難関の九階層へと突入するべく体と心のリセットを図ることにした。
とはいえただポットで温かいお茶を飲むだけなんだが、それと一緒に密封できる袋に入れたパンをそのままお湯で温めると美味しくいただけるとドワナロクの職員さんに教えてもらった。
温かい飲み物に温かい食事、本来ダンジョンで得られることのないこの二つを手に入れられたのもあの時必死に狩りを行ったおかげだ。
一人では到底到達することができなかった目標も二人なら何とかなる、桜さんのポジティブな雰囲気がそれを可能にさせてくれたんだろうなぁ。
「うわ、なんだこれ無茶苦茶美味いぞ」
来るときに買ったアングリーバードのチキンサンド、あまり期待はしていなかったんだが予想以上の美味しさに思わず声が出てしまった。
冷たかったらここまでの感動はなかっただろうけど、温めるだけでこれだけの美味さになるなら次回からはこのやり方で決定だな。
そんなこんなでお腹と心をしっかりと満たした後はお待ちかねの九階層へ。
武庫ダンジョン最強の魔物と名高いフレイムリザードとブリザードイーグルのコンビに対して、収奪スキルがどれだけ健闘できるのか。
いざ行かん、決戦の地へ!
「・・・最強なんだよなお前ら」
1mはあるであろう巨大な羽をバタバタと羽ばたかせてもがくブリザードイーグル。
その翼を両足でしっかりと踏みながら柄の部分で首の根元を思いきり突いてやると動きがだんだんと鈍くなっていった。
動かなくなったブリザードイーグルの体に手を当てて収奪スキルを発動、あとはため息をつきながらとどめを刺した。
【ブリザードイーグルのスキルを収奪しました、氷風。ストック上限はあと三つです。】
どうやらこいつからは氷風というスキルを奪えたようだ。
おそらくはさっき使ってきたようなものすごく冷たい風のことなんだろうけど、なんていうか拍子抜け過ぎて感動が一切ない。
気づけば死骸が地面に吸い込まれ代わりに氷の羽と爪が残される。
ちなみに、その横には一足先に仕留められたフレイムリザードの皮としっぽが悲しげに転がっていた。
九階層に降りた後、最初の戦闘が一番大事だと気合を入れながらエコースキルを使いつつダンジョンの奥へと向かったのだが、進めど進めど魔物は出てこず気づけば最後のエコースキルを使ったところで満を持して最強コンビが登場した。
武庫ダンジョン最強の魔物、その名にふさわしい見た目をした燃えるしっぽを持つ巨大なトカゲと、氷の羽を羽ばたかせる巨大なワシ。
覚悟を決めていたこともあり挨拶代わりにシューティングシュリンプのスキルを発動したところまでは良かったんだが、そこからがなんて言うか残念なんだよなぁ。
【シューティングシュリンプのスキルを使用しました。ストックはあと三つです。】
高圧洗浄機のような鋭い水流がフレイムリザードに襲い掛かり、あろうことかその体を真っ二つに切り裂いてしまった。
真ん中から左右に分かれる様はスプラッター以外の何物でもないがそのまま死骸が地面に吸収されたおかげでグロい部分を見る事は無かった。
そして水流はブリザードイーグルにも襲い掛かり羽の一部を切り取った所でスキルは終了。
揚力を失いそのまま地面に落下し今に至るというわけだ。
魔物のスキルが強力なのはもちろん理解しているし前の階層で回収したスキルが有効だという仮説もこれで立証されたわけだが、とはいえあまりにも有効過ぎて俺の緊張と覚悟を返してほしいぐらいだ。
もっとも、フレイムリザードのスキルを回収できなかったのは痛手なので次からはもっと気を付けるようにしよう。
こんなことならエコースキルを残しておけばよかったと小さくため息をつきながらも素材を回収して再びダンジョンの奥へと進むのだった。




