275.兄弟の連携に翻弄されました
「グォォォォ!」
ルナと桜さんが走り出すと同時に二体のオニオーガが咆哮を上げ、それだけで体が後ろに飛ばされそうになる。
これが噂の衝撃波、分かっていても全方位に見えない力を加えられると避けられないわけで。
しかもこれにスタン効果が加わるって?どうやって避けろっていうんだよ。
「みんな気を付け・・・ろぉ!?」
衝撃波に耐え、全員に注意をしようと思ったその時だ。
さっきまで目の前に並んでいたはずのオニオーガのうち、弟の方の姿が見えない。
あの担当は桜さんの筈、でもその桜さんが相手を見失ったのかこちらを振り返っていた。
違う、見失ってない!
そう気づいた時にはもう目の前に鋭いナイフが迫っていた。
相手は確実に俺の首を切り落としたと思っただろう、だが残念なことにそのナイフは虚空を切り、弟の方が驚いた顔をしたのがすぐ近くで確認できた。
「あっぶねぇなぁ!?」
すぐさまカウンター代わりに棍を振りぬくもこちらも空振り、再び兄の傍に戻った弟が恨めしい目で俺を睨みつけて来る。
【シルバーウルフのスキルを使用しました。ストックは後五つです】
【恒常スキルを使用しました。エコー、次回使用は十分後です。】
すぐさまスキルを再使用して保険を確保、事前にシルバーウルフから収奪していた残影を使っていなかったら今頃頭と胴体がサヨナラしていたのは間違いない。
なんだよあの速さ、聞いていたのと全然違うんだが。
「大丈夫ですか!?」
「問題ない!」
「油断しないで、次が来るよ!」
「え?キャァ!」
桜さんが心配してこちらに声をかけるも、須磨寺さんの指摘に慌てて前を向いた時にはさっきと同じく弟の方がナイフを手に目の前まで来ていた。
「桜さん!」
「だいじょうぶ、です!」
流石にやばいと思ったけれど、桜さんのカバーリングスキルが自動で発動。
水平に降りぬかれたナイフを下から跳ね上げて回避、やれやれ危なかった。
「くそ、聞いてた話と全然違うぞ」
「おっかしいなぁ、こんなに速かったっけ」
「俺と桜さんはともかく七扇さんの方に行かれたら厄介だ。作戦変更!ガンガン攻撃して攻撃する隙を与えるな!」
「はい!」
「グァゥ!」
三度目の攻撃を回避するべくリルが一気に接敵して弟を攻撃、目にもとまらぬ攻防を繰り広げるのを横目に俺も自分の役割を全うするべくルナの所へと急いだ。
こっちはこっちで想像以上の戦いが繰り広げられており、正直近づくのをためらうぐらいの状況になっている。
「グォォ!」
巨大な戦斧が振り下ろされ、それを受けるルナが2mぐらい後ろに下がる。
だが、それに臆することなくルナは再び前に飛び出し二度目の振り下ろしを華麗に避けて奴の太ももを切りつけた。
だが分厚い筋肉がそれを防ぎ、出血はおろかキズさえつけることができない。
恐るべき筋肉、いくら魔物だからとはいえビルドアップしすぎだろ。
固定資産税かかるってレベルじゃないぞ。
「ルナ、大丈夫か!」
コクコク。
二人が何度かやり合った後、一度距離を取ったタイミングでルナの横に並ぶ。
自慢の盾は少し凹んでしまっているけれど、例の黒熊と戦った時よりかはまだまだマシだ。
そうか、こうやって冷静に対峙できているのもあれを経験しているからなんだな。
普通こんな動き見せられたらビビッて引き返すか殺されるかのどちらかだもんなぁ。
それに耐えられるってことは俺達も強くなったという証拠、大丈夫まだまだやれる。
「次に攻撃してきたら一度動きを止めてみる、その隙に思い切り盾で足を殴りつけてやれ」
ルナが返事をするよりも早く再び兄の方が動き出し、それに合わせて彼女が前に飛び出す。
巨大な戦斧を片手で振り上げ、ルナの頭めがけて振り下ろそうとした次の瞬間。
【ドライアドのスキルを使用しました。ストックは後一つです】
何もなかった場所から突然蔓が伸び振り上げた手に絡みつく。
もちろんこの程度の蔓で動きを停められるとは思っていないけれど、少なくとも動きを遅らせるぐらいは出来るはず。
その証拠に振り下ろしが僅かに遅くなりその隙にルナが盾の角を奴の右脛に叩きつけた。
「グァ!?」
いくら筋肉が強靭でも筋肉の少ない脛の部分は人と同じは弱点の一つ、そこを思い切り攻撃され流石のオニオーガも痛そうな顔をする。
だがそこでしゃがみ込むこともなく、より強い目つきでルナを睨みつけ少し遅れて戦斧が振り下ろされた。
恨みのこもった一撃、それを体当たりをする要領で回避したルナ、さらなる追撃を回避するべく俺もスキルを発動する。
【トイアーミーのスキルを使用しました。ストックは後五つです】
【イエティのスキルを使用しました。ストックは後一つです】
攻撃力アップのバフに加えて剛腕スキルを合わせて使用し再び奴の脛を叩きつけると、二度目は流石に強烈だったのか、あまりの痛みにしゃがみ込み怒りに燃えた目を俺へと向けてきた。
そうだ怒れ怒れ、怒って周りが見えなくなればなるほど攻撃に隙が出来る。
そしてそこを狙って俺とルナが攻撃を加え確実にダメージを与え続ければ、いずれ倒すことができるはずだ。
チラリと桜さん達の方を見ると、向こうは向こうで何とかなっているようでリルの激しい連撃と桜さんの鋭い一撃が弟を追い詰めているように見える。
なんだ、圧倒的じゃないか俺達は。
最初はどうなる事かと思ったけど、この分なら・・・。
「和人君、来るよ!」
「んん!!?」
確実に俺達が押している、そんな幻想を打ち砕かんと再び兄が咆哮を上げたところで、カバーに入ってくれたルナと共に後退。
そのタイミングで弟の方が再び兄と合流、最初と同じ状況に全員に緊張が走った。
また首を狙われると思いきや、弟が自分の懐に手を入れたかと思ったらこちらに向かって何かを飛ばすように腕を振りぬいた。
投擲系のスキルはあると言っていたけれど、こんな見え見えの攻撃・・・と思った次の瞬間。
再びの咆哮に思わず足が止まってしまった。
「キャヒン!?」
そして青い空に響くほどのリルの悲鳴。
慌てて彼女の方を見ると、純白の毛並みのいたるところが鮮血に染まり始めていた。
「リル!」
「ダメだよ和人君!二発目が来る!」
「くそ、あの衝撃波で一気に飛ばしてくるのか!」
これが兄弟の合わせ技、投擲攻撃を衝撃波で一気に加速させ、命中すればスタン効果によって動きを阻害されてしまう。
それをもろに受けたリルがその場にうずくまり、その隙を逃さず兄の方が自慢の筋肉で高くジャンプをして彼女の首めがけて戦斧を振り下ろした。
万事休す、だが奴の凶刃が届くより早くリルの姿が光の粒子となって俺の手首へと集まってきた。
「めんどくさいことしやがって、下手に近づけばまたあの技の餌食になるってか?」
「でもあのままにすればいつまた首を狙われるかわかりません」
「接近戦に強い兄と遠距離で翻弄してくる弟、まったくいいコンビだよお前らは」
敵ながら天晴、その言葉がぴったりだ。
だが連携という意味では俺達も負けてはいない。
スキルは少なくなってきてもまだまだできる事はあるはず、収奪したスキルが空っぽになるぐらいに使いまくって最後に立っていれば俺達の勝ちだ。
なりふり構っていられない、冷静さと大胆さ、そのどちらもを使って何としてでも奴らを引き離さなければ。
戦いはまだこれから、ここにいる全員の目に強い光は灯ったままだ。




