26.襲撃者を撃退しました
【キラービーのスキルを使用しました。ストックはあと三つです。】
咄嗟に発動した最後の収奪スキル。
どこからともなく射出された毒針が瞬く間に距離を埋め、桜さんめがけて振り下ろされる右手の甲に突き刺さった。
「いてぇ!」
毒針の刺さった右腕から剣が落ち、おっさんがその場にうずくまる。
押さえた右手は見る見るうちに色が変わりあっという間に紫色になってしまった。
これがキラービーの毒針なのか、確かに刺されると大変なことになるけれどこれって普通に刺されるよりも強力になってないか?
「桜さんこっちへ!」
ハッとした表情でこちらへ駆け出し、俺の後ろに隠れる桜さんをかばうように苦しむオッサンに向けて棒を構える。
「いてぇ、いてぇよぉ!なんだよこれ、どこから毒針が・・・」
「もう一人は倒した、毒で死にたくなかったら大人しくしろ」
「わかった、わかったから早く助けてくれ。死んじまうよぉ!」
「女を犯してから殺すとか言っといて何を偉そうに」
このまま毒が回って死ねばいいのに、思わずそんなことを考えてしまった。
背中越しに桜さんが恐怖に震えているのを感じるとなおの事殺してやろうかと思ってしまう。
だがそれをするわけにはいかない。
魔物を殺しておいて何を言うかと言われるかもしれないが、今まで刷り込まれてきた道徳感はそう簡単に塗り替えられないようだ。
もう一人デブが簀巻きにされているのを目の当たりにして俺に勝てないと判断してくれたのか、縛り上げた後は無抵抗でうなだれていた。
こいつらは重罰をもって裁かれればいい、だがそれをするのは俺じゃない。
怒涛の展開ではあったものの何とか対処できたことに安堵するのと同時に今度は震えが止まらなくなってくる。
魔物に殺される覚悟はしていたけれどまさか人と殺し合うことになるなんて思いもしなかった。
噂では聞いていたけれどまさか自分が、そんな気持ちがぐるぐると心を支配していく。
とはいえ彼女の前でそんなカッコ悪いところを見せられるはずもなく何とか気合で恐怖を抑え込んだ。
「もう大丈夫です、また助けられちゃいましたね」
「やれやれ間に合って本当に良かったよ」
「人は怖いってお父様から聞いていましたけどその意味をやっと理解できました」
彼女も震える体と心を少しずつ落ち着かせ何とか立ち上がれるようになったようだ。
「ほんと死ぬかと思ったよ」
「和人さんでも怖いものあるんですね」
「そりゃあるさ、今回ので俺も身をもって教えられた感じだ」
「この人たちどうします?」
「そりゃ上に連れて行ってギルドに引き渡したいけど・・・」
その為には来た道を戻らないといけないし、そのためにはその先にいるもう一人もどうにかしなきゃいけない。
流石にこれだけの騒ぎを起こせばもう逃げている可能性はあるけれど不意を突かれる可能性はゼロじゃない。
こんな時エコーがあればどこにいるかすぐにわかるのにとおもっても目的地はまだ二階層下なんだよなぁ。
「もう一人の女の人ですよね、今のところ気配は感じません」
「ということは逃げたかな」
「多分・・・」
「なんにせよここから出ないことにはどうにもならないんだし、もう少しだけ頑張ろう」
「はい!」
とりあえず今は地上に戻るのが先決だ。
桜さんの盾も回収し改めて最初と同じ隊列で来た道を戻り始める。
オッサン二人は邪魔なのでその場に放置、足も縛ってるから逃げられないしもし魔物が出たらそのまま食い殺されてしまえばいい。
ゆっくり時間をかけて元の場所まで戻ってきたのだが残念ながら女と遭遇することはなかった。
もちろん後ろから狙われないとも限らないけれどとりあえずオッサン達を回収しに戻り、転送装置まで帰ってくることができた。
「ほんと、あの時桜さんが教えてくれなかったら大変なことになってたな」
「えへへ、そう言ってもらってくれてよかったです」
「さぁ後はこいつらをギルドに引き渡して、それから巣の報告か。残念だけど今日はもう潜れそうにないなぁ」
「仕方ありませんよ、っていうか今日はもう無理です」
露骨に犯されそうになるのなんて生まれて初めての経験だろうし俺だってスキルが無かったら間違いなく殺されていた。
収奪スキルがあれば大丈夫、そんな甘い考えを考え直させるいい教訓になったともいえるだろう。
地上に戻るとボインな職員さんが驚いた様子で俺達の所に駆け寄ってきた。
事情を説明すると厳しい顔になり、無線のようなものに話しかけるとギルドから何人もの職員が飛び出してきた。
先頭を猛スピードで走ってくるのは主任か?
いつもだるそうなのにあんな速さで走れるんだなあの人。
「二人共大丈夫だったかい!?」
「まぁ一応は。あれ、その人は・・・」
息を切らして走ってきた主任の横に立っていたのは警戒していたはずの女性だった。
申し訳なさそうな顔をして俺と桜さんの方を見ると小さく頭を下げる。
「君たちが戻ってくる少し前に彼女がギルドにやってきてね、いろいろと話を聞かせてもらっていたんだ。彼らがそうなんだね?」
「間違いありません」
「わかった、君も含めて彼らの処遇についてはこちらで全て預からせてもらおう。しかし忠告しておいてまさかすぐこんなことになるなんて、よかったのか悪かったのか」
「良かったってことにしておきたいですが事が事ですから」
「そうなんだよ。探索者が自分の手柄や欲の為に仲間を襲うなんてのはあってはならないことだ。彼らにはそれ相応の処罰が下ることになるだろう、それこそ生きているのを後悔するぐらいの罰をね」
厳しい顔でボインな職員さんに連行されていくオッサン二人をみつめる主任。
おそらく今回の件は表沙汰になることはないんだろうけど、それでもしばらくは探索者同士がお互いを警戒するような流れになってしまうに違いない。
本来であれば協力し合ってダンジョンを探索しなければならないのにそれとは逆の事をしなければならないなんて、ほんと面倒なことをしてくれたよなぁ。
「でもまぁ、君たちが無事で本当によかったよ。今回の件は改めてお礼と報酬を出すつもりなんだけど流石に今日中にっていうわけにはいかないから少し時間を貰えるかな」
「もちろんです。桜さんもいいよね?」
「大丈夫です!あ、でもあの巣はどうするんですか?」
「巣?」
そうだ、すっかり忘れていた。
探索者の件ももちろん大事だがそれよりもすごいを発見したんだった。
改めて四階層の隠し通路とその奥にあった巨大な巣について報告すると、主任の顔が今まで見た事のない表情になる。
てっきりそのまま解散かと思ったのだけど、何故か現地まで連れていかれてさらには巣の回収まで付き合わされることになったのはどうしてなんだろうか。
全てが終わった頃にはもう日がどっぷりとくれてしまいその日はギルドが手配してくれたタクシーに乗って家路につくことに。
ほんと大変な一日だった。
帰宅後は倒れこむようにしてベッドにダイブするとそのまま意識を失うように眠ってしまったのだった。