254.誰も諦めませんでした
「前衛、突っ込みすぎるな!」
「ここで突っ込まずにいつ突っ込むんだよ!」
「後衛魔法着弾まで後10!全員後退してください!」
「後退すればブラックが動くぞ、気にせずぶちかませ!」
あれからどれだけの時間が経っただろうか、子熊の出現により大打撃を受けた俺達だったがそれでも巨大熊との戦いを辞めなかった。
正確に言えばやめられないというのが正しいかもしれないけれど、どんな劣勢でも前を向く、それが探索者に求められる素質だという事をまざまざと見せつけらている感じだ。
振り下ろされる巨大な腕を紙一重の所で避ける槍使い、その体はボロボロで鎧なんてキズのない場所が一つもない。
それでもわずかにできた隙を逃さずスキルを叩きこみわずかにでもキズを増やしていく、最初は全く攻撃を通さなかった奴の毛皮も今ではどこも傷だらけでこちらもまた無事な場所はどこにもなかった。
「ルナ!」
槍使いの傍に控えていたルナが素早く飛び込み援護魔法に向かって盾を構える。
地面を揺らすほどの無数の魔法、最初程の量はないけれどその分精度が上がっているようだ。
殆どの魔法はブラックの背中に着弾、どうしてもそれてしまった魔法に関してはルナが壁になる事でフレンドリーファイアーになる事はなかったようだ。
着弾と共に見る見るうちに毛皮が短くなりついに地肌が見えてきた。
怒りに再び咆哮を上げるブラック、それと同時にまたあの子熊が姿を現す。
「全員密集陣形!前衛は迎撃、タンクは逃げ損ねた仲間の救助!後衛は弾幕を張り近づかせるな!」
またあの惨事を起こすわけにはいかない、この時の為に事前に打ち合わせていた通り即座にサポーターが高台の中央に集合し、後衛がそれに立ちふさがるように弾幕を張り続ける。
さっきは攻撃手段のないサポーターが多くの被害にあったため、それを防ぐ為の策がアレンさんとカレンさんを中心に決められたらしい。
とはいえ、彼らだけですべての熊を倒すことは難しい。
「リル、桜さんの所に急げ!」
「グァゥ!」
「俺達はこっちの子熊を除去するぞ!」
「やられてばっかりだと思うなよ!」
「これからが勝負だ!」
機動力に秀でたリルをすぐに高台へと移動させ、その間に全員総出で近くに沸いたやつを駆除していく。
ルナは槍使いの代わりにブラックのヘイトを取りべこべこに凹んだ盾を構え猛攻に耐えている。
子熊の攻撃は強力でも、普通の攻撃で十分倒せるので先手必勝でどんどんと数を減らしていけばそこまで怖い相手じゃない。
半数を一瞬で駆除、そのまま後衛に三割が移動して残りで本体への攻撃を継続する。
どれだけ劣勢でも、どれだけ不利な状況でも、優秀な探索者は決して挫けず諦めない。
最初の攻撃で戦意を喪失し後方で震えていた複数の探索者も、その背中を見れば嫌でも気持ちが昂るというもので気づけば戦線に復帰していた。
ここにいるのは最低でもCランク以上の探索者、ここにくるまでにいくつもの修羅場を経験しているだけに少々のことで心折られるような奴はいないという事だろう。
「自慢の毛皮もその状態じゃ使い物にならないな」
【リトルブラックベアーのスキルを使用しました。ストックは後三つです】
子熊から収奪したスキルで残りの毛皮を切り裂き、むき出しになった地肌めがけて棍を突き出すと同時に刃を出して深く突き刺す。
そのままねじりながら引き抜くと悲鳴と共に血が噴き出した。
再び大勢の探索者に囲まれ四方八方から攻撃され続けるブラック、そこら中に鮮血が飛び散りあっという間に血の海のようになってしまった。
それでも奴の攻撃は弱まることはなく、むしろより苛烈になっているような気もする。
「暴走するよな」
「あぁ、間違いない」
「全員一斉に逃げれるようにしとけよ」
「当り前だ、まだ死にたくないんでね」
そんな中でも冷静に状況を分析しその時に向けて備える探索者たち。
しばらくしてリルが高台から戻ってきたかと思ったら、少し遅れてアレンさんが近くにやってくる。
「高台の被害は無し、怪我人は出たけど戦線には復帰できてるよ」
「流石、蒼天の剣が指揮すると違うな」
「よく言うよ、上から見ていると君の活躍がよくわかるんだ」
「やっぱりその話し方の方がしっくりくる、普段から其れじゃダメなのか?」
「それこそ蒼天の剣としての外面があるからね。でも今日はそうも言ってられないから姉さんも上では素に戻ってるよ」
普段は俺の事を様付けで呼ぶアレンさんだったが、こういう状況がそうさせるのかかなりフランクな感じになっている。
北淡ダンジョンで背中を預け合った仲だけに個人的にはこっちの方が気に入ってるんだが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。
「そりゃ是非見てみたかった、それでこの先何とかなると思うか?」
「ブラックが出現した前のレポートを見る限りでは暴走してからそう時間かからず討伐できたらしいから、あと少しじゃないかな」
「ってことはやっぱり暴走前提か」
「攻撃速度も攻撃力も一気に上がるから、君が使役しているあの子でも難しいと思うよ」
「とはいえ今ルナを引っ込めたら戦線が一気に崩壊する、どうする?」
ルナの武器はもう限界寸前、彼女自身も肉体がないとはいえ疲労はしているだろうし、正直ここで彼女を失いたくない。
とはいえこの場ですぐ指輪に戻すわけにもいかないし・・・。
「君にしかできない方法があるんだけど、やるかい?」
「俺にだけ?」
「正確に言えば君とあのフェンリルだけ、かな。」
「そりゃやりがいのある仕事だなぁ、マジでやりたくない」
「そういう素直なところが月城様も気に入っているんだろうね」
「で、どうすればいい?」
「簡単なことだよ、暴走が始まったら攻撃が苛烈になる代わりに動きが遅くなるらしいから君達はブラックから逃げ続ければいいだけさ。大丈夫、疲れても姉さんが支援し続けるし、そもそも止まったら死ぬから止まれないよ」
「おいおい、そりゃ罰ゲーム以外の何だっていうんだ?」
つまり囮になって死ぬまで走れって事だろ?
俺とリルでっていうのは彼女のブレスで動きを遅くして、その間に補助魔法をかけてもらい走り続けるってことなんだろう。
他人で出来ないのはリルとのコミュニケーションが取れないから、俺が離れて命令することは出来てもリアルタイムでの細かい指示が出せないから結局俺が出るしかないわけだ。
逃げ続けている間に後衛が攻撃を続け、倒れた所で前衛が一気に突撃する。
前回偶然編み出された方法らしいけど、必要以上の被害を出さないという意味では最高の方法なんだろう。
俺にとっては地獄だけどな。
「その罰ゲームを最高の結果に結びつけるのが君の役目、月城様もそれを望んでいるんだ」
「あの人に買ってもらうのは素直に嬉しいけど俺はついこの間Cランクに上がったばかりの探索者、あまり期待しすぎないでもらいたいね」
「ふふ、それはこの結果次第かな。これは世間に君の凄さを知らせる絶好の機会、旅団を結成するのならこれが色々と役に立つと思うよ」
「はぁ、命を懸けて手に入れるにふさわしい結果だと期待するよ」
大規模討伐戦、このイレギュラーな戦場で一番影響力のあるこの人に従わないという選択肢はない。
誰も生きて帰ることを諦めていない以上、俺も諦めるつもりはない。
「よし、膝を付いたぞ!」
「全員高台へ避難!暴走するぞ!」
そうこうしているうちにとうとうブラックが自分の鮮血の中に片膝を付いた。
ここからが本当の闘い、暴走してからの戦いはすべて俺とリルにかかっているらしい。
やれと言われたからにはやるしかない、それが生きて帰る一番の方法なのだから。
「戻れルナ!行くぞリル!」
「グァゥ!」
蜘蛛の子を散らすように高台へ避難する探索者に逆らい、俺とリルは巨大な敵へと向かっていった。




