242.隠れている魚と戦いました
オノゴロダンジョン二階層。
一面砂地の海底は先ほどと違って薄暗く、奥の方は見通せなくなっている。
とはいえ障害物はないので階段があればすぐにわかりそうなもの、問題はそこに隠れている魔物が厄介だという事だ。
「こうやって実際に使用してみると見方が変わるものだな。」
「そういっていただいて何よりです。」
「桜としては何か意見はないのか?」
「そう・・・ですね、例えばこの携帯用の椅子ですけど大きさは申し分ないですがやはり値段が高いかなと。レリーズ商会のような価格とまでは言いませんが、もう少し価格を下げて使いやすいようにしてもいいと思います。」
「レリーズ商会、李社長だな。つい先日食事をしたがお前たちの事を褒めていたぞ。」
「え!ライバル企業の社長と会っちゃうの!?」
須磨寺さんが驚きすぎて大きな声を出してしまう、それぐらいに衝撃のある内容。
探索者関係の道具を売る会社としては完璧な商売敵になるはずなんだけど、そのトップと普通に食事するとかありえるのか・・・。
「商売上対立することはあれど向かっている方向性は一緒、ならばお互いにその領域を侵さず切磋琢磨しあうのが双方の利であり結果として探索者の利に繋がる。ありがたい申し出ではあるが安易に値段を下げて利益を減らせば会社で働く者たちにも影響するし、良い物を売るという自負もなくなるだけにそれを採用することはできないだろう。」
「経営って難しいんだな。」
「私一人の肩に何万という社員の生活が懸かっている、好き勝手にするわけにはいかん。」
「・・・ごめんなさい。」
「だが探索者の立場として値段が高いという事もわかった。ならどうすれば高く感じないか、また教えてくれ。」
レリーズ商会にはレリーズ商会の良さがあり、ドワナロクにはドワナロクの良さがある。
お互いがつぶし合うのではなく共に成長することこそがこの業界の成長に繋がるのだとか。
ダンジョンに来てそんな話を聞くことになるとは思わなかったが、とりあえず思わぬところで知り合いが繋がっているとは、世の中狭いものだ。
「さて、ここから先は七扇さんの出番だな、引き続きルナは前衛、その後ろで七扇さんは索敵を頼む。隠れる場所がないからくれぐれも気を付けてくれ。リルは引き続き周囲を走り回っての誘いだし、頼むぞ。」
「頑張ります。」
「フロアンダーは砂地に隠れて一気に襲い掛かってくる魔物ですね、資料によると2mを超えるとか。」
「しかも魔法を使うんだよ、至近距離からの水魔法はかなり危険だから出来るだけ離れた所で発見できると最高だね。」
「という事らしい。」
フロアンダー、オヒョイみたいにデカくて平らな魔物。
ソードフィッシュのように一見すると普通の魚に見えなくもないけれども、その魚が魔法をぶち込んでくるんだから困ったものだ。
しかも魔法だけじゃなく体がデカいことを生かしての体当たりなんかもかなり危険、ひれの部分がかなり鋭利なのでそれで足を切り裂かれたなんて言う報告もある。
水中っぽいけど浮力はないのでそれをジャンプでよけろというのも難しい話、しかも視界が悪く足場も悪いという環境での戦闘は通常よりも難易度が高くなるだけに大道寺社長の護衛は引き続き桜さん任せになるだろう。
準備を整えいよいよ二階層の探索を開始、階段前はまだマシだったのに奥に行けば行くほど明らかにサラサラな砂に変わっていて踏み出すたびに足が埋もれていく。
砂なので引き抜くことはできるけれど、これはかなり大変だ。
そんな環境にも関わらず、相変わらず元気いっぱいに走り回っているリル。
「なんでリルちゃんはあんなに軽く移動できるんでしょう。」
「普通に考えれば体重を二本じゃなくて四本の足で分散しているからだろうけど、あれじゃない?忍者みたいに沈む前に進め!的な感じ。」
「なるほど。」
「で、実際にやろうとするのが和人君だよねぇ。どう、出来そう?」
「無理に決まってるだろ。」
試しに早く足を動かそうにも次の足を出そうと踏み込んだ瞬間に沈んでいくんだからどうにもならない。
これは思った以上に大変だぞ。
「ふむ、これはつまり新雪と同じくかんじきのようなものがあればいいわけだな?」
「あ!もしかして新商品決定!?」
「使用用途が少なすぎるだろ、まずは試してみていけそうならって感じじゃないか?」
「折角名前つけようと思ったのに。」
「ちなみに何て名前だ?」
「『しずみません』とか。」
「まんまだな!」
まぁわかりやすいからいいかもしれないけど、それが売れるかと聞かれれば話は別だ。
「待ってください。」
そんな和気藹々とした空気の中、七扇さんの声に全員の気が一気に引き締まる。
足を止め静かに周りを警戒するも特に変わった様子はなくただ砂地が広がるだけ、まるで水族館で見たチンアナゴの水槽みたいにマジで砂しかない。
けれども七扇さんの索敵スキルに反応があったってことはいるのは間違いない、魔装銃を構え周囲を警戒していると七扇さんがクロスボウを構え何もない筈の砂地に打ち込んだ。
「命中!」
「いえ、砂だけです!」
砂には刺さったもののそれがクッションになってしまったのか命中したもののダメージは与えられなかったらしい。
それでもフロアンダーは砂から飛び出し、空飛ぶ絨毯のようにヒラヒラと砂の上を飛ぶように移動し始める。
「魔法来るよ!」
「全員しゃがんでください!」
低空を飛行していると思ったらそのまま急上昇、巨大な絨毯が視界一杯に広がったかと思ったら突然高圧洗浄機のような水魔法が何本も地上に降り注いだ。
桜さんが大道寺社長をかばい、ルナは盾を構えて七扇さんの前に立つ。
俺はというと降り注ぐ水魔法を避けるために突進スキルを使用して強引に範囲内を駆け抜けた。
足場が悪くていつもの半分しか距離が伸びなかったけれど、それでも前に進むことはできる。
そのままフロアンダーへと接敵、勢いもそのままに棍を突き刺し魔力を爆発させてやった。
もちろんここでは火の魔力は無意味だけど、それでも衝撃は伝わるのかマットにボールを投げ込んだようにくの字に折れ曲がりフワフワと後退、その隙を逃さずまるでサーカスのライオンが火の輪をくぐるかのように反対側からリルがフロアンダーのど真ん中をぶち抜いてきた。
当りに飛び散る鮮血、そのままヒラヒラと砂地に落ちるやつに近づき慌ててスキルを収奪した。
【フロアンダーのスキルを収奪しました。軽歩、ストック上限は後七つです。】
そのまま砂地に沈んでいくフロアンダー、ドロップ品はまたもや切り身と・・・えんがわ?
「あ!レアドロップ!」
「どう見てもえんがわだよな。」
「そう、脂がのって美味しいんだよ~。」
白身の横に転がっていたのは縞々のような筋がうっすらと見えるもう一つの切り身。
あの独特の形、まちがなくすしネタのえんがわだ。
「ということはこいつはカレイになるのか?」
「どういうことですか?」
「一般にえんがわといえばカレイとヒラメのを指すが、ヒラメは筋肉質でコリコリとしてカレイは脂がのってとろけるような食感になる。つまり先ほどの魔物はカレイに属するものという事だ。」
「目が見えなかったのでどっちか見分けがつきませんでしたが、まさかそういう判断方法があったなんて。」
普段から良い物を食べているかどうかは知らないけれど、そういう部分で見極められるのは凄いの一言。
そんなに美味しいのなら是非食べてみたい、やはり今日は寿司を食べに行くとしよう。
「今日は寿司だな。」
「ですね、父なら美味しい店を知っていますからみんなで一緒に行きましょう。」
「む、報酬とは別にか?」
「娘のおねだりです、もちろんいいですよね?」
「ここでその言い方はずるいだろう。仕方ない、えんがわの美味い店に連れて行ってやるとするか。」
「やった!高いお寿司だ!」
「わふ!」
コクコク!
リルはともかくルナは食べても大丈夫なんだろうかとか思いながらも、楽しそうだからあえて何も言わないでおこう。
寿司と聞いて俄然やる気の上がった俺達は次のえんがわ・・・じゃなかった、フロアンダーを探しながら二階層の奥へと進んでいくのだった。




