239.詳しい話を伺いました
「と、いう訳ですがご理解いただけましたでしょうか?」
手元の資料を読まずにスラスラと説明をする姫宮ギルド長。
さっきまで饒舌だった山寺さんはその間何も言わず静かにその声に耳を傾けていた。
鈴のような声色とはよく言ったもので、聞いていると落ち着くというかなんとも不思議な声の持ち主だ。
対照的に山寺さんは記憶に残るというかいやでも聞こえてくるというか、こちらもまた不思議な声の持ち主と言えるかもしれない。
「つまりその人を連れてダンジョンの指定の場所へと行ってほしいと。」
「せや、相手はものごっつ偉い人やからくれぐれも粗相のないようにせなあかんで。せやないと・・・」
「やめなさい、仮にそういうことがあっても新明様方になんの非もありません。依頼内容は所定の位置まで護衛してもらい、待機している探索者に引き渡すこと。護衛任務初めてですか?」
「護衛どころか指名依頼も初めてでね、勝手がよくわかっていなんだ。そもそもなんで俺たちを指名するんだ?」
探索者が依頼を受ける方法は二つ、一つはギルドに張り出しているようなのを自分達で選ぶこと、そしてもう一つが今回のようにギルドから直接依頼されること。
この場合殆どがクランもしくは個人を指名するため、指名依頼と呼ばれている。
月城さんや蒼天の剣のような実力の知名度も実績のあるような人にはそう言った依頼も入るけれど、俺たちのようについこの間Cランクに上がったばかり、しかもクランも結成していないような探索者をあえて指名してくる理由がさっぱりわからない。
護衛ってことは命を預けるんだろ?
無名だから依頼料が安いとかそういうのはあるかもしれないけれど、それでもピンポイントすぎるだろう。
「選んだ理由は依頼主にしかわかりません。ですが世間一般の認知で言えば新明様、そしてご一緒の皆様に対する評価はかなりのものです。蒼天の剣が後ろにいなければそれはもう大変なことになっていたでしょう。」
「まぁ色んな意味で有名だからねぇ和人君は。」
「まったく嬉しくないけどな。」
「せやけどその人気があるからこうやって指名してもらえるんやで。普通と違って指名は依頼料がかなり高いし成功すればさらに評価も上がるからそりゃもうウッハウハや。美味いもんでも可愛い姉ちゃんでも選びたい放題やで!」
確かに提示された依頼料はかなりのものだった。
単純に均等割してもルナを入れて一人あたり20万、加えて成功報酬のほか追加報酬も十分あり得る。
受けるだけでこの依頼料、もちろんそれ相応の難易度であり求められることも変わってくる。
さっきの話だとかなりの偉いさんらしいんだが、なんでそんな人がこんな新人探索者を指名するんだろうか。
「相手は新明様、そして皆様の実力に期待して指名をしてくださっています。とはいえ断ってもペナルティがあるわけではありません、そこは安心してください。」
「仮に断ったらどうなるんだ?」
「ギルドがその依頼にふさわしい相手を指名して依頼をかけます。」
「なるほど、とりあえず迷惑にはならないわけか。」
「ただし断れば相手の心証は悪くなりますからペナルティは無くても面倒な事になった事例もあります。」
「貴女は確か城崎ギルドの・・・。」
「申し訳ありません、でもそういったことがあるのは伝えた方が良いと思って。」
七扇さんが足りない部分を補足してくれたわけだが、確かにギルドとしてのペナルティは無くてもその人個人の心証はよろしくないよな。
特に偉いさんになれば他への影響力もあるだろうし、断り続けるってのも良くないんだろう。
ギルドは大丈夫というけれど大丈夫じゃないことがこうしてある、意図して隠していたのかはわからないけれど七扇さんの指摘は正しかったようだ。
「いえ、こちらも補足するべきでした。ですが、今回の相手に関してはそうならないことをお約束いたします。」
「依頼主についての情報は引き受けてから?」
「そういうわけではありません。過去に元妻からの護衛依頼を受けて揉めたなんて言う話もありますから引き受ける前に名前はお伝えさせていただいております。」
「ではどなた様でしょう。」
「大道寺剛太郎様です。」
「は!?」
「え!?」
思いもよらない名前に質問した桜さんと俺が同時に固まる。
いやいやいや、確かにその人なら断っても心証が悪くなることはないだろうけど、一体何をしているんだ?
慌てて桜さんの方を見ると何度も首を横に振る当り娘にも内緒で依頼を出したようだ。
この依頼料の高さ、なんとなく納得してしまう自分がいた。
「確か桜様は大道寺様の・・・。」
「娘になります。和人さん、ちょっと父に連絡してもいいですか?」
「あぁ、とりあえず聞いてきてくれ。」
「まったく、いったい何をしてるのよ!」
珍しくお怒り気味の桜さんがそのまま部屋を出ていく。
なるほど、こういうのがあるから事前に名前だけは公表してトラブルを未然に防ぐのか。
「指名依頼を引き受けるメリットって他にもあるのか?」
「せやなぁ、貢献度が他より高いとか探索者としての箔が付くとかその辺とちゃうか。」
「箔?」
「指名依頼を何度も受けるぐらいによくできる探索者って思われるわけや。護衛依頼の他にも素材の回収や魔物の討伐なんてのもあるし、それぞれの得意分野で指名されて名を上げてる探索者も多いんやで。」
「貢献度か。」
「桜ちゃんのお父さんだったのはあれだけど、基本的には受ける方が良いと思うよ。ギルドも実力以上の依頼は断ることになっているし、無茶な以来は基本来ないはずだから。そうだよね、凛ちゃん。」
「そうですね、ランクに合わせたものを依頼するようにと義務付けられています。それがなかった時代はいきなりA級ダンジョンに呼ばれたという事もあったらしいですけど、探索者保護の観点からそういったことが起きないようにされたそうです。」
無理な依頼を出して探索者を危険な目に合わせないようにという配慮なんだろう。
依頼を積み重ねることで探索者は経験を積み、指名依頼を受けることで現金収入を増やし、装備を整えることでさらに深いところまで潜れるようになる。
依頼は探索者の成長に必要不可欠なもの、Dランクまではそこまで重要視していなかったけれどここから先は魔物も強くなるしダンジョンも複雑化するだけに装備の底上げが必要不可欠だ。
それを下支えしてくれるのがこういった依頼、スポンサー的なのを背負うという方法もあるけれどそんなのが付くのはほんの一握りの探索者しかいない。
「すみません、ただいま戻りました。」
「おかえりどうだった?」
「とりあえず思いっきり怒っておきました。」
「世界のドワナロク経営者も娘の前ではかたなしやなぁ。」
「それで、依頼はどうするんだ?」
「色々と思惑はあるみたいですけどマイナスはないので受けようと思います。実際に和人さんが戦っているところを確認したいっていう意味も込められているようですので、申し訳ありませんがお付き合いください。」
そういう事なら断る理由はない。
サプライズだったのはあれとして、娘の成長を確かめたいという親心的なものもあるんだろう。
あの方には色々とお世話になっているし今後も桜さんにはパーティーの一員として頑張ってもらうので安心してもらうためにもいい機会なのかもしれない。
「どうされますか?」
「その指名依頼引き受けさせてもらおう。」
「畏まりました、それでは手続きに入りますのでこちらの書類にサインをお願いします。」
Cランクになって初めての指名依頼。
これを成功させてしっかりと実績を積み上げつつクラン設立の準備を進めよう。
娘の晴れ舞台の為にもちゃんと成功させないとな。




