21.行ける所まで行くことにしました
アシッドスライムに捕食されていた探索者の遺体からライセンスカードを回収して奥へと進んだのだが、あっという間に下へ降りる階段前まで来てしまっていた。
今日は偵察だけ。
そう思っていたとしても目の前に八階層への階段があったら降りてしまうのが探索者ってもんだろう。
そこまで体力を消耗しなかったのが一番の理由だけど八階層に出てくる魔物がそこまで危険じゃないってのももう一つの理由だ。
ここで出てくるのは動きの遅いアイアンタートル。
名前の通り鋼の甲羅を持つ亀の魔物で普通の攻撃がなかなか通らないことで有名だ。
ただし向こうの動きも遅いので素材に興味が無ければスルーするながれなのだが、甲羅がそこそこの値段で売れるので複数人で狩りを行っていることもあるんだとか。
もちろん俺はスルー一択。
一応エンカウントしたら戦ってはみるけれど、無理そうなら早々に離脱するつもりだ。
スキルは気になるところだけどなんとなくストーンゴーレムと同じ感じがする。
今の保有スキルは突進×4、投擲×4そして溶解液×2。
エコースキルを使い切ってしまったのが正直厳しいが、ボムフラワーの実がいくつかあるのでこれを使っていけば何とかなるだろう。
そんなわけで偵察ではなく探索に気持ちを切り替え階段を下へ。
八階層はさっきまでの森とはうってかわってうっすらと地面に水が張ったような水場になってた。
道は薄暗いけれど見えないほどじゃない。
しかしながら水の膜が張っているせいでうまく足元が見えないので、罠があるかどうかの確認がしにくいのが難点だ。
そんなときに有効なのがドワナロクで買い付けた見張り棒。
まぁ、ぶっちゃけ折り畳み式の長い棒なのだがこれで地面をたたきながら進むことによって事前にわなを察知できるというなんともローテクな探索道具だ。
エコーがあればこんな場所でも問題無く探索できたんだろうけど生憎とそれを回収するために戻るわけにもいかないし、なによりスキルの隙間がないっていうね。
早くスキルレベルを上げたいところだが確実にこれだ!という理由がわかってないんだよなぁ。
一応反復して使うと強くなるという事と、レベルが上がると一緒に強くなるって事らしいんだけどこれもまた絶対ではない。
「ま、行ける所まで行ってみよう」
危なくなったら引き返せばいいだけだ、ここの敵はまだそれが出来る。
そんな甘い気持ちでダンジョンの奥へと進んだ俺だったのだが、現実はそんなに甘くなかった。
「なんで一種類しかいないって思ってた俺!」
死角から撃ち込まれる高速の水鉄砲をかろうじて避け、ちょうど正面に陣取っていたアイアンタートルを盾にして攻撃をやりすごす。
いきなり背後を取られて手足を引っ込めてしまったアイアンタートルだったが、今の俺にとっては貴重な障壁。
ただの水鉄砲と侮るなかれ、当たれば余裕で吹き飛ばされるぐらいの高圧力だし、一度でも捕まれば集中砲火を浴びてしまう事間違いない。
八階層にいるもう一匹の魔物、シューティングシュリンプ。
水も細くすれば鉄を切れるらしくあいつらも同じことをしてこないとも限らない。
しっかし、なんで見落としたかな。
周りから8階層は余裕だって聞いてたのをそのまま信じたのがそもそもの間違いだったんだが、念のためと思って慎重に進んでいて本当によかった。
「さて、どうするかなぁ」
体が濡れるのも気にせず甲羅の後ろに身をかがめながら撃ち込まれる水鉄砲を回避する。
いつまでもここにいるわけにはいかない、かといって動けば敵の思うつぼ。
有難いのはこの亀が動かない事だがここは一つ水鉄砲を防げるだけの盾が欲しい所だ。
せめてこいつが軽ければよかったんだが、さすがに中身が入ったまま持って歩くのには無理がある。
こういう時に折り畳みの盾でもあればよかったんけど残念ながらそういうのを買えるほど裕福じゃないんでね。
「おい、動くなっての。」
その時だ、盾代わりにしていたアイアンタートルがもぞもぞと動き出してしまった。
このまま向きが変わると向こうからの攻撃が当たってしまうために何とかここにとどめておきたいのだが・・・仕方がない、盾がないのなら作るしかないか。
ちょうど手元には上で手に入れた天然手榴弾があるわけで、外からではどうにもならなくても中からならワンチャンあるかもしれない。
腹ばいになったまま体をねじって鞄を降ろし中からボムフラワーの実をとりだしたのだが、入れようにも手足も頭もどこからも入れる場所がない。
ならば入れられるように穴をつくるまで。
【アシッドスライムのスキルを使用しました。ストックはあと一つです。】
本当はストーンゴーレムで試そうと思っていたやつなのだがそれよりも頑丈な魔物に使ってこそスキルの価値がわかるというもの、スキルを念じるのと同時に指の先からアシッドスライムの溶解液が吹き出し、見る見るうちに甲羅のてっぺんを溶かして穴をあけてしまった。
いきなり甲羅を溶かされびっくりしたのかジタバタと暴れるが、それを押さえ込みながら刺激を与えたボムフラワーの実を穴の中に押し込んでカメの横でうつぶせになる。
本当は逃げ出すべきなんだろうけどここはアイアンタートルの甲羅の強さを信じるしかない。
押し込んでから数秒、ドンという衝撃が甲羅の中から響きジタバタと動き回っていたカメが静かになる。
どうやらうまく行ったようだ。
まだ地面に吸い込まれないという事はかろうじて生きているという事なんだろうけど、生憎と収奪するには空きがない。
暫くすると静かに体が地面に吸い込まれ、代わりに一回り小さな甲羅がその場に残る。
それを慌てて拾い上げて再び襲ってくる水鉄砲を防ぐ盾にした。
何故元のサイズよりも小さくなったのは不明だがそれでも水鉄砲を防ぐ硬さは健在、そのまま両手でしっかりと盾を押さえたまま水鉄砲の出る方向めがけて再びスキルを発動させる。
【ホーンラビットのスキルを使用しました。ストック上限はあと三つです。】
甲羅を構えたまま勢いよく走りだしそのまま何かに体当たりをしつつ踏みつぶしたところでスキルが終了、後ろを振り返るとシューティングシュリンプの爪と肉と思われるものが水に浮かんでいた。
巨大なザリガニのような魔物で、両方の爪の間から高圧洗浄機ばりの水鉄砲を撃ってくるのだから恐ろしい。
なんでこんなヤバい奴を忘れるかなと思いながらも、そのおかげでアイアンタートルの倒し方もわかったのでこれはこれで良かったかもしれない。
終わり良ければ総て良しってね。
惜しむべきはスキルを手に入れられなかったことぐらいか。
シューティングシュリンプのスキルは間違いなく水鉄砲だろうからここではあまり使い道はないかもしれないけれど、これまでの傾向から察するにここで手に入るスキルが次の階層で有利に働くはず。
よく考えると溶解液なんて完全にアイアンタートル向けのスキルだもんな。
となると次の階層で使うのは水鉄砲かはたまたアイアンタートルの何かか。
もしくはその両方という可能性もある。
9階層に出るのはフレイムリザードとブリザードイーグルの組み合わせから考えてもやっぱり水鉄砲は確定として、問題はブリザードイーグルにどう対処するのか。
そもそも二匹の相性悪すぎるのになんで一緒に行動できるのかがわからない。
違う魔物なのにまるで示し合わせたように常に一対で移動して獲物を襲う最悪の組み合わせ、ある意味武庫ダンジョン最大の試練といってもいいだろう。
果たしてこいつらをどう攻略するのか。
こんな時もう一人いれば片方を任せるってことが出来るんだよなぁ。
別に一人でクリアしないといけない理由は無いのだけれど、やはり単独走破の話を聞くとやりたくなってしまうわけで。
命を取るか記録を取るか。
自分の命がかかってるっていうのに何とも気楽な悩み方に思わず笑みを浮かべてしまうのだった。




