199.川西ダンジョンの噂を聞きました
無事に十二階層を走破し、ひとまず十三階層へ移動。
先ほどと違い明らかに空気は悪く何かが腐ったような臭いが鼻をつく。
腐臭いや死臭というんだろうか、臭いもそうだけど雰囲気そのものが明らかにおかしい。
アンデッドの匂いなんかはニ階層や八階層で経験済みだけどそれとはまた違うんだよなぁ。
重いというか辛いというか、物理的な臭いに別の何かが付与されている気がする。
ここからが本当の川西ダンジョン、死者の溢れるアンデッドダンジョンの真骨頂らしいけどなんとなくわかる気がする。
「よし、帰ろう。」
「だね、ここからは呪いもキツくなるからしっかり準備したほうがいいよ。」
「ってことは上で呪い耐性を取ってくるべきか。」
「普通は聖水を増やそうとかそういう話になるんだけどなぁ。」
「それはそれでリルや須磨寺さんの分が必要だろ?俺が使わなければその分を回せるし何より聖水って高いんだよなぁ。買わずに済む方法とかないのか?」
川西ダンジョンに置いて呪いから身を守るためには必須と言える聖水、これがあるだけで基本的には自由に行動できるようになるもののいかんせん値段が高い。
長く潜る場合は10万円を超える出費になることもあるだけに、経費を考えたら儲けがなかったなんてのはよくある話だ。
それを補えるだけの一発逆転があるとはいえ誰もがそれを手に入れられるわけではないので、結果としてプラスになりにくいダンジョンと言えるだろう。
そんな聖水を買わなくていい方法があれば、そりゃもう皆で取り組むに違いない。
「残念ながらないんだよねぇ。呪いへの対抗策としては一部魔物から入手できるものもあるけど、それが手に入るのはB級ダンジョンだしそれを手に入れられる段階でここに来るとも思えない。加えて、ダンジョンで手に入るそれの価格だけを考えれば結局は聖水を買った方が安いんだよ。」
「なるほどなぁ、まぁ上級ダンジョンで手に入るとなったらそうなるか。」
「その点和人君には呪い耐性があるからいいよね。」
「まぁ、ある意味経費削減になるわけだしな。」
聖水を使用しないことが経費削減につながっている、とはいえ呪い耐性もずっと効果があるわけではなくそれも時間的にはさほど長くないので結局聖水が必要になるというわけだ。
原価がいくらなのか気になるところではあるけれど、その辺は知っちゃいけないんだろうなぁ。
そんなわけで転送装置で地上に戻ると全身に感じていた倦怠感がスッとなくなっていったのを感じた。
デバフではなくこれも呪いの一種、これをどうにかするのが今後必要になるわけだ。
「あぁ、体が軽い。」
「なんだか空が飛べそうな感じだよね。」
「それだけ負荷がかかっていたってことなんだろうけど、そりゃみんな聖水が欲しくなるわけだ。」
「僕が手続しておくから和人君は更衣室でゆっくりしておいでよ。」
「いいのか?」
「素材の販売だけだし、なんだかんだ助けてもらったしね。」
運搬人を守るのは探索者として当然の事、とはいえ一人であの魔物の数を相手にすると流石にくたびれたのは間違いない。
ここは素直にお礼を言っていそいそと更衣室へと移動、死臭と埃まみれの服をランドリーに押し込んでからそのまま更衣室横の風呂へと移動。
低階層で装飾品が落ちることもあり、今日もたくさんの人でにぎわっていた。
体を清めてから隅の方に入り、大きく息を吐く。
城崎の温泉に比べるのはあれだけど、しっかり足を伸ばして肩まで浸かれるのは非常にありがたい。
そのまま静かに目を閉じて周囲の声に耳を傾けていると面白い会話が耳に飛び込んできた。
「今日はどこまで潜ったんだ?」
「十四階層迄行けたんだが、途中でアイテムを使い果たしたのもあって泣く泣く戻ってきたんだ。話には聞いてたけどマジでやばいな。」
「とにかく魔物の数も多いし、それでいて面倒なのもいるからデカい魔法撃てばいいってもんじゃないんだよなぁ。」
「簡単にはそうはさせないっていう意志みたいなのを感じるよな。って、そこまで行ったってことは例の鎧は見たのか?」
「見た見た、デュラハンみたいな感じかと思ったんだが女物の鎧なんだな。」
ん?
十三階層に何かあるのか?
聞き耳を立てるとなんでも女性の身に着ける鎧が直立不動で立っているらしい。
中身は空っぽ、首から上はなく動かそうにも接着されているみたいに全く動かないそうだ。
過去に取り外そうと上級探索者も色々チャレンジしたらしいけど変化なし、この手のやつは特殊な条件を満たさないとどうにもならないやつだろうけどヒント無しでこれを解決することは難しいだろう。
折角だし潜った時は一度見ても面白いかもしれない。
「ふぅさっぱりした。」
「和人君おかえり!これが今日の報酬とライセンスカード、それとゴールドカードもね。」
「悪いなそっちも疲れてるのに。」
「このぐらい梅田ダンジョンに比べたらどうってことないよ。それじゃあ僕も着替えてくるから外のカフェで待ち合わせで!」
「ごゆっくり。」
今日の稼ぎは12万円、聖水代は経費なので差し引いたらこんなもんだろう。
十二階層が稼げないのでそれを考えると頑張ったほうじゃないだろうか。
カフェへと移動する前にギルドでダンジョン下層の資料を借りて予習を行う。
その中にも例の鎧についての記載があったものの詳細は不明、ダンジョン発生時から発見されているものの誰にも取り外せないらしい。
ゲームみたいに選ばれし者を探しているとか、失われたヘルムを持ってくると外せるようになるとか色々言われているけれどどれも眉唾ものだ。
「お待たせー!」
「早いな。」
「和人君を待たせるわけにはいかないからね!」
予想よりも早く戻ってきた須磨寺さんだったが、まだ髪の毛湿っており赤らんだ頬がなんとも可愛らしい感じになっている。
それを見た周りの男女がヒソヒソと何かを話しているけれど、残念ながらこいつは男だ。
向かいに席に座ったかと思ったら机の本を上から覗き込んでくる。
開いた胸元から中が見えるけれど、谷間的なものは存在していない。
「あ、これは川西ダンジョン七不思議の鎧だね。」
「見たことあるのか?」
「そりゃもちろん!あの鮮やかな紺色は何度でも見たくなるんだよ。今はある種観光スポット的な場所になってるけど、不思議とそこだけは呪いも弱いから休憩するのにも使われているんだ。残念ながら和人君には小さいけど桜ちゃんなら着れるんじゃないかな。」
「前線で戦うわけじゃないんだしそんなゴツい鎧着てもなぁ。」
「あはは、確かにそうだね。」
「ま、どうせ十三階層には潜るわけだし休憩を兼ねてみてもいいかもな。」
城崎ダンジョン同様ここまできたんだから最後まで潜らなければ勿体無い。
どちらも残り三階層、階層主ニ体をどうやって倒すのかという問題もあるけれど、それを乗り越えれば次のステップが待っているだけにやらない理由はないだろう。
「さて、ドワナロクで聖水を買い足して家に戻るか。」
「桜ちゃんにはさっき連絡してきたんだけど、凛ちゃんと美味しいご飯作って待ってるってさ。」
「不在にしている間の掃除も任せっぱなしだしお土産でも買って帰るか。」
「いいね!僕ハーブスのケーキがいいな〜。」
「いや、二人の分だから。」
「ブーブー!」
二人分買ったら全員分買うのも同じだけど、あくまでも二人へのお礼だから自分ももらえる前提なのはどうなんだろうか。
横で豚になる須磨寺さんをスルーしてお土産を買うべく駅方面へとあしをむけるのだった。




