192.思わぬ姿で遭遇しました
翌日。
城崎ダンジョンに潜れなくなってしまった俺達は、気晴らしを兼ねて近くを散策することにした。
ここはダンジョンが出来る前から温泉地や避暑地として多くの観光客が来ている場所、町の真ん中を流れる川の風情も中々だしお土産屋なんかも多いのでただ歩いているだけでも面白い。
少し離れた場所には水族館もあるということなので、足湯めぐりを終えたらそちらへ向かうことになった。
「私まで遊んでいていいんでしょうか。」
「凛ちゃんは大仕事を成し遂げたんだから何も問題ないよ!」
「そうですよ、ギルドも休みなんですからたまにはゆっくりしないと。」
「ってことらしいからいいんじゃないか?」
足湯につかりながらも落ち込んだ感じの七扇さんだったが、桜さん達の言葉に少しだけ表情が明るくなったような気がする。
元々あのギルド長に対していい感情を持っていなかっただけにこうなったことへのプレッシャーとかそういうのは感じていないようだけど、他の職員とか仲間に対して若干の負い目はあるようだ。
とはいえあのままだとその仲間にも悪影響があったわけだし、どこかで改善しなければならなかったのはまた事実。
これでギルドが綺麗になり環境がよくなれば皆も喜んでくれるだろう。
「ならいいんですけど。」
「そういうこと、ねぇ次はどこに行く?」
「足湯もいいですけどそろそろ外湯も周りたいですね。」
「いいねいいね!でも僕は一緒に入れないんだよなぁ。」
「「え?」」
「は?」
いや、なんでそこで疑問符が出てくるんだ?
二人の返答に俺まで変な声が出てしまったじゃないか。
「あ、そういえばそうでしたね。綾乃ちゃんを見てると違和感がなくて。」
「気持ちはわかるけどな。実際男湯に入っても違和感半端ないし、それこそ乳白色でタオルなんて巻こうものならそうとしか見えないからなぁ。」
「それだけ僕が可愛いってことだね!」
「いや、そこは自慢するところじゃないから。」
見た目に騙されてしまうが彼は男、何なら立派なブツがちゃんとついている。
だが普段の言動とか見た目についつい間違えそうになるんだよなぁ。
「私は別に構わないんですけど・・・。」
「ん?」
「いえ、貸切風呂とかなら迷惑にならないと思っただけで。」
「なるほど!っていやいや、そういう問題じゃないだろ。」
「えー、そこなら他のお客にも迷惑かけないし良いんじゃない?」
「よくないだろ!・・・よくない、よな?」
「私に聞かないでくださいよ。」
本人同士が良いなら別に構わないんじゃないか、そう思ったりもするけれどやはりこの辺はしっかりけじめをつけてだな。
・・・俺は一体何にけじめをつけているのだろうか。
前に聞いた話じゃ確か七扇さんは男性嫌いだっていう話で、実際俺にも一定以上の距離感を取って接してくれている。
にもかかわらず須磨寺さんにはそういう雰囲気は感じさせないし、まぁ人の好みや色恋にとやかく言うつもりはないけれどなんとも不思議な感じだ。
「とりあえず入るなら普通の風呂にしてくれ、分かったな。」
「は~い。僕は桜ちゃん達と色浴衣で散策できるだけでも満足だしね!」
「そりゃ何よりだ。それじゃあ七扇さん、次はどこに行くんだ?」
「では次は奥の外湯へ行こうと思います。結構離れているんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
「私も大丈夫です。」
最近は色浴衣に下駄という決まりはないらしく、二人ともカジュアルなサンダルを身に着けている。
そのおかげで足も痛くならないので、少々離れていても問題ないだろう。
「それじゃあ次はそこに行って、それから水族館だな。」
「あ、もしかして和人君早くそっちに行きたい?」
「まぁ、水族館は嫌いじゃない。」
「ならそちらを先に行きますか?」
「いやいや大丈夫・・・って危ない!」
クルリと反転した七扇さん、だが彼女だけ下駄だったこともあり近くの石に躓いてしまった。
その拍子に横を歩いていた女性に激突、倒れそうになったその人を慌てて抱き留める。
七扇さんは須磨寺さんがフォローしてくれたおかげで大丈夫だったようだ。
「連れがぶつかってしまい申し訳ない、大丈夫ですか?」
「え、あ、はい・・・大丈夫、です。」
ぶつかってしまったのは女性は突然のことに目を丸くしてしまっていたが、幸いけがはなかったようだ。
色浴衣なのでぱっと見ではわかりにくかったけど抱き留めた時に感じたのは中々の柔らかさ。
向こうも気づいていないみたいなので不可抗力ということで許してもらおう。
「それはよかった、以後気を付けますので。」
「本当にごめんなさい。」
「大丈夫です、そちらも怪我がなくてよかった。」
「おかげさまで・・・ってあれ?」
お互いに怪我がなくてよかった、桜さんと二人で頭を下げて別れようとしたその時だ。
改めて女性の顔を見た瞬間に思わず声が出てしまった。
「どうしました?」
「李、さん?」
特徴的な右目の泣き黒子、初めて会った時と明らかに違う話し方に違和感はあるがこの黒子は間違いなくあのチャイナ美人だ。
不可抗力ながら感じたあの柔らかさもスタイルの良さを物語っている。
あの時は明らかに違和感のある話し方をしていたけれど、やはりキャラ作りだったんだろうか。
「え、あ、人違いです!」
慌てた様子で走り出した女性だったが、今度は自分の下駄が引っかかってしまい倒れそうになったのを慌てて手を伸ばして引っ張り抱き留める。
浴衣越しに感じる二度目の感触。
横からものすごい視線を感じるけれどあえてそちらを見ないようにしたその時だ。
「社長どこですか?李しゃちょ~ってお前!何してる!」
視線を感じる反対側から間の抜けた声が聞こえてきたかと思ったら、声の主がものすごい速度でこちらへ近づいてくる。
近付いてきたかと思ったらそのまま腕を振りかぶり渾身の右ストレートが眼前へと迫ってきた。
やっぱり李さんだったじゃないかと思いながらも抱き留めているせいで避ける事も出来ず、目を閉じてその瞬間を待ったのだが、いつまでたってもその時は訪れない。
「待って!」
「何してるんですか社長!その不埒な男から早く離れてください!」
「ダァラン違うの!この人は私を助けてくれたのよ!」
「助けた?」
「こけそうになったのを助けてくれただけ、だから大丈夫心配ないわ。」
「そう、ですか。」
眼前数センチでピタリと止まった拳がゆっくりと降りていく。
常人離れした動きからこの人も探索者、なんなら高ランクの探索者だろう。
この女性もやはり李社長と呼ばれていたしあのチャイナ美人で間違いないようだ。
どちらが素なのかは一目瞭然、しかしなんでまたあんな突拍子もない恰好をしていたんだろうか。
それに、前にギルドで聞かされたことも気になるし一度詳しく話がしてみたいと思っていたところだ。
「とりあえず誤解が解けて良かったんだが・・・、周りの目もあるし少し落ち着いた場所に移動しないか?」
「僕もそれが良いと思うな。」
「でしたら近くに事務所がありますからそこに移動しましょう。ダァラン、ご案内して。」
「わかりました。おい、こっちだ。」
男は鋭い目で俺を睨みつけつつ、李さんの手を引いて先を歩き始めた。
やれやれ、いったい何がどうなっているのやら。
「和人さん。」
「俺は何も悪くないぞ。」
なんで桜さんが俺を睨んでいるかはわからないけれど、とりあえず先を行く二人を追いかけなければ。
楽しい城崎探索になるはずが、予想外の展開になってきたなぁ。




