181.現れたのは不思議な依頼主でした
超絶蒸し暑い第八階層。
そこに集まった顔なじみの四人と超絶場違いなチャイニーズマフィアもどき。
いや、見た目だけでなくあのチャイナドレスをばっちり着こなせるだけの身長とスタイルがあるのは凄いことなんだけど、それでもなんで今その格好である必要があるんだろうか。
「桜さん達はいないんですね。」
「あぁ、別の依頼を受けていたとかで今日は休養日らしい、今も連絡しているのか?」
「忙しいって聞いているので、たまにです。」
「本人はその辺気にしてないだろうからまた連絡してやってくれ。それじゃあ依頼について話し合いたいんだが・・・紹介してくれるんだよな?」
「そうでした!えっと、この人は李 鈴蘭さんで、今回の依頼を出した人です。私たちはギルドの依頼を受けて護衛できました。」
確か朝倉っていう名前の弓使いの子に紹介されたその女は、怪しげなサングラスを外してこちらに向かってほほ笑む。
「はじめまして、気軽にリンランって呼んでほしいネ。あなたが依頼を受けた人アルか?」
「あぁ、依頼を引き受けた新明和人だ、よろしく。」
右目の横に特徴的な泣きホクロのある美人、だがそれを台無しにしてしまう話し方、今時こんなわざとらしい話し方をする人が本当にいるとは。
「引き受けてくれて嬉しいネ。でも、本当にあの依頼出来たアルか?」
「ん?あぁ、その為に引き受けたからな。わざわざできない依頼を引き受けて評価を下げるなんてことはしないさ。」
依頼を達成すると報酬の他に依頼達成ランクを上げる評価がもらえる仕組みになっているらしい。
簡単な以来でも達成すればするほど評価が上がり、ダンジョン走破とは別の形でランクを上げることができるんだとか。
ダンジョンに潜り続けることが探索者の使命であり宿命ではあるけれども、日常生活に必要不可欠なものを集めるのもまた探索者の仕事。
依頼達成ランクはそっち方面で仕事ができる出来ないを判断する材料に使われるらしい。
ぶっちゃけそっちには興味がなかったので純粋な探索者ランクを意識してきたけれど、わざわざ自己評価を下げるために依頼を受けるやつはいない。
出来ると断言した俺に驚きの表情を浮かべるチャイナドレス美女。
胡散臭いサングラスの下から出てきたのは中々の美人で、話し方を無視すればぶっちゃけスタイル的にも好みだったりする。
だがその美貌で世の男たちをたぶらかしてきたような雰囲気があるだけに絶対に手を出しちゃいけないタイプの人間だということだけはわかった。
いくら好みの顔とスタイルだったとしてもわざわざ地雷を踏みに行くような馬鹿ではない。
「でも、あのジュエルスカラーべですよ?動きも素早いですし偶然遭遇した時に見たことがあるぐらいで、それを倒すどころか捕獲するって・・・。」
「そう思うのも無理はないが、まぁこいつを見てから判断してくれ。」
「え、うそ!?」
「うぉ!マジだ!」
「すげぇ、実物初めて見た!」
「一体どうやったんですか!?」
ジュエルスカラーべの入ったプロボックスをカバンから出して地面に置くと、五人全員が身を乗り出してそいつに顔を近づける。
それが怖かったのか奴が中で大暴れしているけれどそれが壊れる様子はない。
「それに関しては企業秘密だ。確か依頼は自分の前に持ってこいっていう話だったからこれを渡せば依頼は達成、でいいんだよな?外にに持ち出すことはできないから箱ごと潰すか逃がさないように倒すか、そこまでは責任持てないぞ。」
「・・・すごい!本当にジュエルスカラーべアルよ!」
「って聞いちゃいねぇ。」
プロボックスを両手で掴んでデコをくっつけるように覗き込んでいるチャイナ美女。
子供のようにしゃがみこむものだからスリットの隙間から真白い生足がガッツリ見えていてしまっている。
うーむ眼福。
「はぁぁぁ」とか「ほぁぁぁ」とか、変な声が出ているのにも気づかないテンションにさすがに他の四人もドン引きしてしまったようで、ススススと距離をとってしまった。
「因みにそっちの護衛料は?」
「へへ、一人五万ももらえる上に道中の素材は全部もらえるんです。」
「更に依頼が完遂されたらボーナスで倍額貰えるって聞いたらやるしかないでしょ。」
「新明さんあざっす!」
「なんだそれ、護衛料はともかくボーナスは俺にもよこせよな。」
何故俺よりも報酬がいいのか。
その辺を依頼主に問いただしてやりたいんだが当の本人はあの調子だから暫くまともな話はできそうにないな。
「私たちも休憩しようか、リンランさんあの調子だし。」
「だな。」
「そこのコンロなら使っていいぞ。」
「いいんっすか!」
「ただし一回五万な。」
「え、高!」
「冗談だって。」
ぶっちゃけもらえるのならもらいたいが、俺のやりきれない気持ちを彼らに押し付けるのはおかしな話だ。
相変わらず仲のいい四人組、彼女の指示で男どもがテキパキと動いていく様はなんとも気持ちのいいものだ。
女が強い組織は繁栄するというけれど、こういうことを言うんだろうな。
ただし男一人とくっつくと一気に崩壊、命のやり取りをしているだけあって吊り橋効果で恋愛感情を抱きやすく、すぐくっつくのが探索者。
それでいて別れるのも早いんだよなぁ。
最近では探索者パーティー内での恋愛は御法度なんて言われているぐらいだ。
もちろん夫婦やカップルで潜っている人もたくさんいるけれど、それはそれで後々の問題が出やすい。
因みにこの階層は魔物が徘徊することもないので依頼主を放置しても危険はない、ってなわけで荷物を下ろしてリラックスモードの四人と一緒に二度目のお茶と洒落込むのだった。
「おまたせアルよ。」
しばらくして惚け表情を残したチャイナ美女ことリンランさんがプロボックスを手に戻ってきた。
「満足したのか?」
「こんなに綺麗な生き物を地上に持ち帰れないのは非常に残念アル。でもこいつを倒せばもっと綺麗なものが手に入るならやるしかないアルよ。」
「それならどうする?自分で倒したいみたいなこと書いてあったが・・・。」
「これを使うから問題ないアル。」
チャイナドレスのスリットに手を入れたかと思ったら、出てきたのは赤色の巾着袋。
それに手を入れて出てきたのは・・・鏡?
「違った、こっちアル。」
「コップ?」
「あれ?」
「下着、だな。」
「チャイナドレスになると結構際どいの履かないと見えちゃいますしね。」
「おかしいアル、確かこの辺にあるはずネ。」
まるで大昔の漫画の出てきたロボットがポケットから不思議な道具を出すかのように様々なものが中から出てくる
うーん、服関係が多いのは気のせいだろうか。
主に下着の。
「あった!」
その声と共に最後の最後に出てきたのはどう考えてもカバンにはいらないサイズの巨大なハンマー。
それを片手で取り出しドスンと担いだかと思ったら満面の笑みでこちらを向いた。
あんな物が出てくるってことはあの巾着は間違いなくマジックバック、確か中に入る質量に応じて値段がどんどん高くなっていくって話だったんだがあの量となると一体いくらぐらいの価値があるんだろうか。
「あれだけ入ってるってことは高いんだよな。」
「高いってもんじゃないですよ、アレだけ入ったら億はするんじゃないですか?」
「まじか。」
「いいないいな、欲しいなぁ。」
あんな巾着一つでタワマンの下層が買えてしまうとか信じられない。
そりゃ価値はわかるけど、なんだかなぁ。
「それじゃあ一気にやっちゃうアルよ。」
「やるってそのままか?」
「もちろん!私のハンマー潰せないものはないアルよ!」
柄の部分まで合わせたら自分の身長ぐらいありそうなソレを軽々と持ち上げるチャイナ美人。
巨大ハンマーを頭上高く振り上げたかと思ったらそいつの自重と腕力を使い目にも止まらぬ速さでそいつを振り下ろした。
あまりの衝撃と振動に体が小さく浮き上がる。
「すげぇ。」
「俺じゃ持ち上げるのすら無理だって。」
「そもそもあれを使えるのになんで護衛が必要なんだ?」
ありえない光景に俺も同じことを感じていた。
いくらすごい素材を使っていたとしてもあの巨大なハンマーを持ち上げられるということは探索者でもそれなりにレベルが高くないと難しい。
少なくともDランク、もしかするとCランクなのかもしれない。
そんな人なら別に四人も護衛はいらないだろうし、なんなら一人で来ることだってできたはず。
それなのになんでこんな手間なことをしたかはわからないけれども、満足そうにハンマーを持ち上げてドロップした宝石を手に取る顔は無邪気な子供のようだ。
「ついに手に入れたアル!」
「因みになんの原石なんだ?」
「んーおそらくガーネットか何かアル。欲しいものじゃなかったけどジュエルスカラーべ倒せただけで満足アルよ。」
「そりゃ何よりだ。目的は果たしたんだしさっさと帰ろうぜ。」
一応もう一匹ジュエルスカラーべがいるけれど、下手に見せるとまた捕まえろとか言われそうなので後でサクッと倒してしまおう。
なんだろう、依頼は達成したはずなのに妙に疲れるんだが。
達成感と充実感で目を輝かせる依頼主から目を背け、小さなため息をついたのだった。




