179.ダンジョンについて調べました
「おかえり、遅かったねってすごい量!」
「持ちます!」
視界の半分を覆う本の山、それを抱えて部屋に入ったら先に帰っていた二人に驚かれてしまった。
レベルが上がった事で重量がどうのっていうのはないけれど、視界が塞がれるのはどうにもならない。
桜さんが半分持ってくれたおかげでやっとまともに前が見えるようになった。
「ずいぶん借りたんだね。」
「昔から一つの事を調べだすと止まらないんだ。」
「勉強熱心なのはいいことだと思います。」
「ダンジョンとは、ダンジョンの発生理由、ダンジョン内の環境、魔物の生態、これ全部読むの?」
「そうだが?」
「僕だったら間違いなく寝ちゃうね。」
スキルについて調べていただけでかなりの時間を使ってしまったので、残りは宿に戻ってから調べることにしたわけだけどちょっと多すぎたかもしれない。
だが、後であれも読みたいってなるぐらいなら手元に置いておきたいので、その結果がこの量というわけだ。
「こんなに調べてどうするんですか?」
「んー、どうするってわけじゃないけど自分たちの潜る場所を知るのも大事なことだと思っただけだ。どういう空間でどういう仕組みでどういう存在なのか。探索者にとっては金儲けの場所であり冒険の場所であり様々な意味を持っているけど、ダンジョンはそもそも何のために出てきたのかっていう部分は誰も知らないんだよなぁ。」
「それが分かったら苦労しないんだけどね。いつの間にか表れて魔物を溢れさせ一度は人類を滅亡に追い込もうとしたわけだし。」
「だがその途中でスキルが発見され、人類は見事魔物に打ち勝った。その後も第二第三の危機はあったものの今のところはバランスを保っているといわれている・・・本当にそうなのか?」
「そんなの僕に聞かれても困るんだけど。」
「ま、それもそうだ。」
何十年と解き明かされずにいた理由がそう簡単に見つかるはずがない。
俺達に出来るのはダンジョンの仕組みを理解することぐらいで、それを探索に生かすことができればそれで十分。
君子曰く敵を知り己を知れば百戦危うからずだったっけ、昔の偉い人も自分と相手を知れば安全に戦えるといっているわけだし勉強が無駄になることはない。
夕食をサクッと済ませ、楽しそうに談笑する女性陣の声を聴きながら一人黙々と本を読み続ける。
別にこれと言って真新しい内容はなかったけれどそれでも知見を深めることはできた気がする。
魔物が他の階層に行けないのはダンジョン内の魔素が異なるからで、下に潜れば潜るほどそれは濃くなっていくらしい。
濃くなった場所で生息する魔物は薄い所では生きていけず、薄い所で生きている魔物は深い所に行くと餌食になってしまうのでわざわざ下に潜ることはしない。
唯一、氾濫時にはダンジョン内の魔素が濃くなるので下層の魔物が上がっていくことができるんだとか。
もしかしたら次の階層へと向かう階段がその濃さを管理しているのかもしれない。
魔物をダンジョンの外に連れていけないのも地上の魔素が薄いからであって、何かしらの方法で濃さを維持できるのであれば地上に連れていくのも不可能じゃない。
ただし、それをするためには膨大な量の魔石が必要になると考えられていて、たった一匹のモフラビットを外に出すために何百万円もかける必要があるんだとか。
ただし、隷属させた魔物はそれに当てはまらず地上でも存在することができるのだが、その理由については詳しくわかっていない。
「どう、何か分かった?」
「んー、不思議がいっぱいってことはわかった。」
「つまりわからないことばかりってことだね!」
「ま、そういうことだ。ダンジョンの内外を問わず魔物を倒して何で素材だけ残るのかについても解明されていないし、魔物の素材がどんな物質で出来ているかも完璧な答えはないらしい。それで生活が成り立っているってのもまた面白い話だよなぁ。」
「どれだけ大きなワイルドボアを倒しても手に入るお肉の量は決まってますしね。」
「そうそう、巨大なドラゴンを必死に倒しても手に入るのはわずかな素材だけ。ゲームとかみたいにはぎ取れたらものすごい量が手に入るのにそれすらできないんだもんなぁ。」
色々と調べた結果、分かったのはただ一つ。
『ダンジョンで起こることに当たり前はない』という事だけ。
そもそも魔物という存在自体が明らかに異質なわけだし、ダンジョン発見以前の基準を当てはめること自体が間違っている。
それならばダンジョンが当たり前になった今の環境を受け入れてそれを運用していくよりほかにない。
魔物を倒したら肉が残る?
それでいいじゃないか。
「でも確実にお肉が手に入るようになったおかげで世界の食糧事情は改善、飢えて死ぬ人がいなくなったのはいいことだよね。」
「その分ダンジョンで命を落とす人が増えたから総人口的にはトントン、もしくは減少したぐらいか。」
「それはそれでなんだかさみしいですね。」
「飢えて死ぬよりも夢を描いて死ぬ方がよっぽどまし、とまではいわないけど少なくとも救いはあるよな。」
「そう・・・なんですかね。」
少なくとも俺はそう思うけどなぁ。
そんなわけで持ち帰った本の半分を呼んだところで眠気が来たのでその日は解散。
翌日は桜さん達が休みにするそうなので、代わりに俺がダンジョンへと向かった。
「いらっしゃいませ。あ、新明様。」
「七扇さんお疲れ。」
「新名様!そうか、お二人はお休みでしたね。」
「代わりに今日は俺が潜るんだけど・・・、あの依頼ってまだ生きてるのか?」
偶然受付で仕事をしていた七扇さんに声をかけ、掲示板の右上隅を指さす。
指の先を目で追った七扇さんが驚いたように目を見開いた。
「あれって、ジュエルスカラーべの捕獲ですか?」
「あぁ、自分で倒したいってやつだけど。場所はどこでも構わないんだよな?」
「場所に関して指定はありませんが、まさか捕獲できるんですか?」
「出来るかどうかはやってみないと何とも言えない。ご存じの通り別階層には移動できないから倒してもらうには本人にそこまで来てもらう必要があるんだが、それは構わないだろ。」
「これに関しては私も詳しくないんですけど、途中までは潜っているそうなので現地まで行くのは不可能じゃないと思います。」
ならそこまで行けば依頼を達成できるというわけだ。
絶対に地上に持ち帰れってな感じだったらそもそもが不可能なので引き受けるつもりはなかったけれど、そこまで足を運んでくれるのならば話は別。
捕獲はスキルがあればどうにでもなるので後は依頼主次第だろう。
「なら直接来てもらったほうがスムーズだな、もちろん護衛は自分でつけてもらうけど。」
「その護衛をすればもっとお金がもらえますよ?」
「そういうのはあまり得意じゃないんでね。俺は先に八階層で待ってるから先方にはそのように伝えてもらえるか?」
「わかりました、近くのはずだったのですぐに向かわれると思います。」
他にもいくつか素材納品の依頼もあったのでそれを引き受けてから転送装置へと移動する。
目指すは七階層、そこからスキルを回収しつつ八階層へと場所を移し目的のジュエルスカラーべを捕獲する。
聞けば依頼主は近所に住む中々な金持ちらしいので自分で護衛を雇うなりなんなりしてやってくるだろう。
二、三時間待てば来るとの話だが、もし来なかったら来なかったで自分で倒せばいいだけだし何とかなる。
納品依頼をこなすだけでもそこそこの儲けになるので昨日勉強したことも含めてもう一度ダンジョンを探索しよう。
「どうぞ気を付けて。」
七扇さんに見送られて転送装置で七階層へ移動。
はてさて依頼主はやってくるのだろうか。




