172.リルの強さが際立ちました
「いやー、規格外だな。」
「それを和人君が言う?」
「流石にこのダンジョンを作った奴ももまさかフェンリルが出てくるとは思ってなかっただろうなぁ。」
ここは十階層、本来であれば強力な魔物である階層主が出てくるため気を抜けるはずがないのだが、息も絶え絶えという感じのフレイムホースを前にこんな雑談をする余裕があった。
それもそのはず、リルのブレスを浴びたことで自慢の炎を封じられ更に苦手とする水や氷の攻撃を浴びせられたのだから。
最初に連発していた炎も体に纏ったものを練り上げていたから使えていたようで、それがなくなってからは一切使ってくることはなく魔法を使わず更に近づいても火傷しないとなればただの強い馬。
階層主がこんな簡単でいいのかと思ってしまうぐらいの結果だ。
「そもそもだれが作ったんでしょうね。」
「さぁなぁ。」
「偉い神様か何かじゃない?」
「神様なのか?」
「ほら、お茶碗にも神様が宿るっていうし。」
八百万の神様がいるだけにダンジョンの神様もいるかもしれないが、そもそもその神様は何が目的でこんな場所を作ったんだろうか。
「それはこの国だからだろ?そよの国からすれば原因不明の超常現象、そもそも神様がなんでこんなのを作るんだよ。」
「・・・娯楽?」
「最低な娯楽だな。」
「ですね。」
「そんなことよりそろそろリルちゃんが倒しちゃうよ?収奪しなくていいの?」
「おっと!そうだったそうだった。」
リルが一人で倒せてしまうので任せていたけれど、本来召喚した魔物一体で階層主を倒すなんてのはあり得ない。
今回に関しては階層主との相性が良かったから・・・と言いたいところだけど、ぶっちゃけリルの実力は確実に上がっているし今なら武庫ダンジョンのストーンゴーレム程度なら何とかしてしまいそうだ。
だからこそ規格外といったわけだが、ちょっと拍子抜けした感じはあるなぁ。
「ご苦労さん。」
「ワフ!」
「まさか一人で相手するとはなぁ、さすがリルだ。」
「グァゥ!」
「当然だって?それじゃあスキルを奪うから後はよろしくな。」
フラフラの階層主に再びブレスを吐いて動きを阻害、その間に後ろから近づいてスキルを収奪する。
「ドロー」
【フレイムホースのスキルを収奪しました。火纏い、ストック上限は後六つです。】
効果はともかくスキルを確保、リルに合図を送ると容赦なくその首に噛みつき息の根を止めてしまった。
哀れ階層主、フェンリルの前にその炎は届かなかったか。
地面に吸い込まれていった後に残ったのは鮮やかな赤い毛皮と鬣、手に取ると仄かに熱を帯びているように感じる。
「終わったね。」
「なんだか階層主と戦った感じがありませんでした。」
「そりゃ全部リルちゃんがやっちゃったし。もう一回する?」
「もう一回!?」
「まだ余裕はあるみたいだし、今度はリルちゃん抜きでやってみたらどうかな。もちろん危なくなったら手伝ってもらったらいいけどこの先を考えたらいい練習になると思うけどなぁ。」
うーむ、須磨寺さんの言う事も一理ある。
このくそ暑い環境からさっさとおさらばしたいという気持ちはちょいけれども、リルの氷タオルがあれば熱中症にはならないだろうし何より火属性の魔物が増える二桁階層をどう戦うかを安全に?経験できるのはまたとないチャンスだ。
とはいえ今のままだとジリ貧なので戦い方は考えなきゃならないけどな。
「ちなみにその毛皮と鬣だけで5万円はするから。」
「よし、やろう!」
「はい!」
「現金だなぁ。」
「だってこの暑さを何とかしようと思ったらお金がかかりますよね?じゃあしっかり稼がないと。」
桜さんの言う通り、この暑さの中下の階層を進むのは今の俺達には厳しすぎる。
前のように走破記録を狙っているわけじゃないんだからこの辺はじっくり時間をかけて準備をして挑むべきだろう。
それにここで買った耐熱装備は別の場所でも使えるので先への投資だと思えば悪くない。
そんなわけで一度転送装置を起動しに十一階層へ移動し、即座に撤退。
装備を変更するなどの準備をしてから再びフレイムホースの待つ十階層へと突入した。
「桜さん使った感じはどう?」
「ものすごくしっくりします、剣だけでなく盾にも氷属性がついているみたいなのでこれならフレイムホースの突進にも耐えられそうです。」
「それじゃあ前は任せた、俺は後ろからこいつを使って攻撃するけど無理そうならすぐにリルに手伝ってもらうから。」
「わかってます。」
二回戦を迎えるにあたり、一部装備を変更した。
俺が使っていた氷装の小手を桜さんに使ってもらうことでショートソードと盾に氷属性を付与、こうすることで突進の熱にも耐えられるだろうし火の魔法も受け止めることができる。
その代わり俺は弾丸に氷属性を付与できなくなってしまうので代わりに水の魔水晶を魔装銃にセット、これで二人とも奴にダメージを与えられるようになる。
接近戦になれば水隕鉄の三節棍があるので終盤はこっちを使うことが増えるだろう。
「それじゃあ改めてのフレイムホース戦、リルなしでもやれるって所を見せてやろうじゃないか。」
「頑張りましょうね和人さん!」
「あぁ、桜さんもな。」
「頑張れ二人共~。」
「ワフ!」
須磨寺さんとリルに見守られながらの二回戦、ぶっちゃけ何とかなると思っていた俺達だったが現実はそこまで甘くなかったようだ。
「桜さん下がって!」
「すみません!」
「いい加減にしろよこの馬が!」
【ミノタウロスのスキルを使用しました。ストックは後三つです。】
氷装の小手があっても熱いものは熱い、何度目かの突進を受け止めた桜さんの手に限界が来たのを察した俺は即座に銃を置いて二人の間に割って入った。
剛腕スキルで棍を振り回す力を強化、振りぬかれたソレを避けようとしたフレイムホースだったが左後ろ足にわずかに引っ掛かりバランスを崩す。
だが倒れるには至らず、何度かステップを踏むように距離を取ったかと思ったらすかさず火の魔法を乱発してきた。
「魔法が怖くて探索者ができるかよ!」
何発か食らって分かったんだが、火の魔法とはいえそこまでの強さではないようで暑いのは熱いし火傷はするものの肉が抉れるとかそういう威力はなかった。
なら主要部分さえ守ってしまえばどうとでもなる。
【ヒーリングポットのスキルを使用しました。ストックは後二つです。】
火傷をしても回復スキルで即座に治療、自分しか使えないので桜さんには申し訳ないが今のうちにポーションで治療すれば火傷の跡なんかは残らないはずだ。
魔法を撃ち込まれでも突っ込んでくるとは思わなかったのか慌てて距離を取ろうとするフレイムホース、だがそれを許す俺ではない。
【ジュエルスカラーべのスキルを使用しました。ストックは後二つです。】
先の階層で収奪したジュエルスカラーべのスキルはずばり疾走、感知すれば即座に逃げ出すあの速さはこのスキルによるものだったらしい。
速さ系のスキルといえばラピッドパーゲルの俊足やファットボアのロケットなどがあるけれど、それとは一線を画す瞬間速度。
ただし持続時間はわずか3秒と非常に短いけれどそれでも接敵する為に使うのならこれで十分だ。
一瞬にして奴の前方へと移動、避けるのではなく突進を選んだフレイムホースを正面から受け止める。
「いかせるかぁぁぁぁぁ!」
【ミノタウロスのスキルを使用しました。ストックは後二つです。】
【ミノタウロスのスキルを使用しました。ストックは後一つです。】
【ヒーリングポットのスキルを使用しました。ストックは後一つです。】
【ヒーリングポットのスキルを使用しました。ストックはありません。】
突っ込んでくるフレイムホースの頭を剛腕スキルで無理やり受け止め、さらに火傷するたびに回復スキルで治療。
何メートルも押されてしまったが次第にそれもゆっくりになり、完全に受けとめて止まった奴の頭を掴んだまま最後のスキルを発動させた。
「とっとと倒れろ!」
【ミノタウロスのスキルを使用しました。ストックはありません。】
頭を掴んだまま強引に引きずり倒す。
流石に燃える体の上に覆いかぶさることはできないけれど、頭を地面に押し付けるぐらいはできる。
「桜さん!」
「任せてください!」
回復を終えた桜さんが満を持して登場、弱点看破とラッシュを使い弱点の氷属性を纏ったショートソードが見事奴の喉元を切り裂いた。
即座に腕を離して距離を取ると血をまき散らしながらも必死に立ち上がるフレイムホース。
スキルを使い切ったのにまだやる気なのかと覚悟したが、出血と共にだんだんと体を纏う炎が弱まっているようだ。
後は弱っていくのを待てばいい。
にらみ合いながらも回復スキルで癒しきれなかった手がジンジンと痛む。
はぁ、新ためてリルの強さが分かった気がする。
そんなことを思いながら最後の悪あがきに警戒を続けるのだった。




