169.牛の魔物と対峙しました
状態異常スキルを使ったジュエルスカラーべの乱獲を終えて到着した九階層。
桜さんと七扇さんの希望する宝石は出たものの、残念ながら俺と須磨寺さんの物は出なかった。
あくまでも原石なのでこれを削ってしまうとかなり小さくなるけれどもそれでも宝石であることに変わりはない。
加工関係は大道寺家の伝手を使えばどうにでもなりそうなので地上に戻ったら鈴木さんに確認すればいいとして、問題は他に手に入れた原石をどう売りさばくか。
これに関してはまた後日話し合うしかないかな。
「さて、気持ちを入れ替えて九階層を乗り切る必要があるわけだけど・・・。ここは例の魔物が出るところだよな?」
「城崎ダンジョン一の曲者、ミノタウロスだね。」
「ミノタウロスってあのミノワ文明に出てくるクノッソス宮殿に描かれていた魔物ですよね?」
「さすが桜ちゃん物知りだねぇ。2mを超える筋肉マッチョの牛顔に牛の足を持つ魔物、手には両刃の斧を持ち美少年と美少女を食べてダンジョン内をうろついているってのが神話の世界だけど、この世界のは見た目関係なく襲ってくる残念な感じになっちゃってる。でもその怪力は本物だし、あの斧を受けきるのはよほどのタンクじゃないと難しいだろうね。一般的には誰か一人が受け持ちながら魔法や弓でチクチクやってくってのが正攻法なわけだけど・・・まぁ僕たちの場合はヒット&アウェーになるかな。」
流石に桜さん一人でミノタウロスの攻撃を受け続けろというのには無茶があるので、リルにも手伝ってもらいながら対処していくしかないだろう。
少々の攻撃ではびくともしない強靭な体に岩をも容易く破壊する怪力、城崎ダンジョン一の実力派とも呼ばれるミノタウロスだが、ここでは更にめんどくさい奴がついてくる。
「後はヒーリングポットをどうやって破壊するかですけど、これは和人さんに頑張ってもらっていいですか?」
「良いもなにも和人君しか対処できないからなんとしてでも倒してもらわないと。」
「そうは言うがミノタウロスの後ろにいるんだぞ?わざわざ射線上に出るとも思えないし期待しすぎないでくれ。」
「でもあいつを倒さないとずっと回復され続けちゃうよ。大丈夫、和人君なら一撃で打ち抜いてくれるって。」
簡単に言ってくれるがミノタウロスの陰に隠れるようにして移動する奴だけを狙撃するってのはかなり難易度が高い、それでも俺しか遠距離攻撃手段がない以上頑張るしかないか。
ヒーリングポットはその名の通り近くの相手を回復させる植物の一種で、九階層では常にミノタウロスと一緒に出現する。
こいつがいる限りミノタウロスを攻撃しても回復され続けてしまうので、対処方法は先にポットを破壊するか回復以上のダメージを与えるかのどちらかしかない。
伝説の魔物ミノタウロス、果たしてその実力はいかに。
覚悟を決めて九階層を進むことわずか200m程、先をいくリルが動きを止め唸り声をあげた。
「もう来たのか。」
「みたいです、和人さん後は任せました。」
「出来る限り頑張るから桜さんも気を付けて、もちろんリルもな。」
「わふ!」
二人にはあまり深追いせず出来るだけ攻撃を回避しながら戦うように伝えているので大丈夫なはず、先を行く二人の背中を見守りながら魔装銃を構えてスコープを覗き込んだ。
しばらくして通路の向こうからのっしのっしと歩いてきたのは漫画やゲームで見たのと寸分たがわぬ牛顔の魔物、そしてそいつの後ろをフワフワと浮きながらクラゲのように移動しているのが例のヒーリングポットだろう。
あれを狙い撃ちしないことには先に進めない。
とはいえ巨体のすぐ後ろにすぐ隠れてしまうので中々狙いを定められないんだけど、その状況をなんとかできて初めて先に進むことができる。
あれを倒してすぐに桜さん達に合流できれば勝ち目は十分にあるだけに一発に集中していかないと。
「ブレスお願い!」
「ガウ!」
開幕ブレスはいつもの流れ、これで相手の動きが鈍くなるだけでなく城崎ダンジョンでは弱点属性でもあるのでそれなりにダメージが通るはず、だが即座に緑色のぼんやりとした光がミノタウロスを包み込んだ。
これが回復、仲間内であれば心強い魔法だけど、敵となるとなんとも厄介だ。
「思ったより、速い!」
「無理するなよ!一撃でももらったら吹き飛ばされるぞ!」
「はい!」
離れていてもやつが斧を振り回す低い音が聞こえてくる。
身の丈ほどは流石に言い過ぎだけどそれでも1m以上はある巨大な両刃斧。
刃の部分も非常に厚く、持ち上げられても振り回せなさそうなそれをいとも簡単に振り回すんだからどんな怪力なんだよって話だ。
加えて突進攻撃もしてくるから距離を取っても近づいても戦いにくい。
これが階層主じゃなかったら次のやつはどんだけ強いんだよって話なんだが・・・。
「くそ!また隠れた!」
ここぞと言うタイミングで発射した弾はヒーリングポットに届く前に斧を振り回すミノタウロスの足に当たり弾かれてしまった。
悪態をつきながらも次弾を装填、ヒラヒラと移動し続けるそいつめがけて照準を合わせ続ける。
「リルちゃん下がって!」
「わふ!」
「今度はこっちから・・・。」
「桜さん左に飛べ!」
「え、あ!」
斧を振りまわし大暴れするミノタウロスから距離を置くリル、てっきりそれを追いかけるのかと思いきや反対側から攻撃を仕掛けようとした桜さんの方をくるりと向き一気に加速して体当たりを仕掛けてくる。
すぐに気づいて声をかけられたからよかったものの、少しでも遅れていたら体当たりをもろに食らって吹き飛ばされていたことだろう。
まさに間一髪。
その間にもリルが攻撃を加え、鋭い爪で太もも部分を切り裂くけれどしばらくすれば出血は止まりまたもとの状態に戻ってしまった。
「和人さんありがとうございます。」
「もう少しだけ粘ってみるから頑張ってくれ。」
「わかってます。」
早くあいつをどうにかしないと桜さん達の体力が持たない、それはわかっているけれどあぁも動き回られるとまともに狙うこともできない。
せめて姿が見えたら次の動きを予測できるんだが後ろに隠れているせいでそれすらも難しい。
それならいっそ俺も一緒になって前に出ればとも思ったんだけど、誰かが後ろに回るとフワフワと天井付近に移動してしまい中々攻撃が当てられそうになかった。
せめて奴が後ろを振り返りさえしてくれれば・・・。
後ろを振り返る?
「リル、奥に抜けろ!」
「わふ!」
「桜さんも攻撃を避けつつ通路の奥へ!」
「なんで・・・いえ、わかりました!」
詳しく説明しなくてもすぐに理由を理解するのは流石の一言、ミノタウロスの大振りを誘ったタイミングで二手に分かれて二人が通路の奥へ。
そうなると向かい合うのは俺と須磨寺さんと言うことになるのだが、豆鉄砲程度の攻撃しかしてこない俺を狙うよりも後ろの二人を嫌ったそいつは堂々とこちらに背を向けた。
そうなると必然的に見えてくるヒーリングポット。
近づくわけでもないので天井に逃げることもなく、背中に張り付くようにして回復を続けている。
それでも張り付いたままフラフラ揺れているこれなら俺でも狙撃できる。
無尽蔵に体力にダメージ回復という階層主顔負けのコンビのが何故九階層で出てくるのか、ダンジョンがD級の理由もこういうところなんだろう。
的が見えれば後は撃ち込みまくるだけ、下手な鉄砲数打ちゃ当たるの勢いで連射することで見事ヒーリングポットを撃破した。
突然背中に何発も打ち込まれて露骨に不快な顔を向けるやつだったが、そこにいるのは豆鉄砲ではなく無骨な三節棍構える探索者。
さぁ前後から攻撃されてどう対処するんだ?
ニヤリと笑う俺を見て自分を鼓舞するように雄叫びを上げる牛の魔物めがけて三人一斉にとびかかった。