162.リルの存在がバレてしまいました
突然大勢の人に囲まれ全身がこわばり動かなくなってしまう。
一体何が起こっているのか、思考が停止したその時だ。
「和人さんこっちです!」
「え?」
突然ものすごい力で右腕を引っ張られ、そのままドワナロクの正面入り口・・・ではなく関係者入り口のある裏手へ連れていかれる。
もちろん彼らがそれを許すはずもなく追いかけてこようとするもその間に須磨寺さんが立ちはだかった。
「ごめんねー、急な取材はお断りなんだ~。それよりも可愛い僕の話だったらいくらでもするんだけど・・・え、いらない?」
「新明様こちらへ!」
その隙をついて鈴木さんが俺達を関係者入り口から奥へ誘導し扉に鍵を閉めた。
一体なんだっていうんだ?
「何がどうなっているんです?」
「わたくしも今聞いたばかりで驚きましたが、なんでも御影ダンジョンで探索者をお助けになられた姿がネットに広がっているそうです。」
「は!?」
「そこから情報が拡散し、おそらく篠山ダンジョンの件につながったのでしょう。まさか店の前がこのようになっているとは思わず本当に申し訳ありません。」
いやいやいや、なんでそんなことになるんだよ。
あの時は確かにリルを出して救助に当たったけれど、出来るだけ離れた所を移動してもらっていたし実際に救助に入ったのは俺だからリルの姿は見られていないはず。
とはいえ実際にこうなっている以上それが万全じゃなかったんだろう。
つい昨日正体が知られたら、なんてことを考えていたのにまさか本当のことになるなんて。
「集まっていたのは一般の方ですか?」
「そういう人も見受けられますが何人か見知った記者がおりましたので拡散するのは間違いないかと。」
「そうなるとお父様の力ではどうにもなりませんね。」
「むしろ火に油を注ぐ結果となります。桜様もしばらくはお隠れになられた方がよろしいでしょう、いくら本流から外れているとはいえ大道寺家の娘である以上新明様にご迷惑がかかるのは間違いありません。ほとぼりが冷めるまでは・・・。」
気が動転して何も考えらえない俺とは対照的に桜さんと鈴木さんが難しい話を続けている。
その間にもおそらく須磨寺さんが彼らの集中砲火に合っているはずだ。
いくら彼でもあれこれ聞かれるのはつらいはず、ここは俺が出て行って真相を話すのが一番楽なはずだ。
「俺が行くよ。」
「駄目です!和人さんはこのまま裏口から宿に戻ってください。ネットの力は凄いですがまだ不確定な情報ばかりですし、篠山ダンジョンの件に関しては東宮さんが守秘義務を理由に口止めをしているはずですから話が広がる心配はありません。せめて二週間、いえ一か月ほど隠れていたら話題は別に変るはずです。」
「だけどその期間ダンジョンには潜れないんだろ?」
「・・・国内では。でも!海外のダンジョンなら大丈夫ですよ!そこまでくる人はいませんし、それこそグアムとかハワイとか!あっちのダンジョンなら日本人も多いので潜っていても怪しまれません!」
「でもそれって逃げているのと同じだよな。」
「それはそうですけど・・・。」
何も悪いことはしていない、リルだって召喚用ブレスレットから普通に出てきただけだし隷属化もしているからどうこうされれるもんでもない。
何もやましいことはしていないわけだし、それならさっさと所有を公表したほうがすぐに自由になれるんじゃないだろうか。
もちろんどうやって手に入れたのかについては報告しないといけないけれど、まぁ何とかなる・・・はずだ。
「それはお勧めいたしかねます。」
「鈴木さん?」
「今回のお話は初めて聞きましたが、もしフェンリルを使役しているとなると複数の大型ギルドが新明様を・・・いえ、フェンリルを求めてやってくるでしょう。最初は美味しい餌をぶら下げて、ですがそれでもなびかない場合は実力行使に出てくる可能性も否定できません。見た目は華やかな産業ですがかなりグレーな事が行われているのもまた事実、そうやって姿を見なくなった探索者を何人も見ているからこそこの熱狂の中で外にお出しすることはできません。今は身を潜め機が熟すまで耐え忍ぶべきです。幸いあの離れには人は来ませんし体を動かす場所もある。窮屈かと思いますが今はそれで収めていただけませんか。」
鈴木さんの言葉にはものすごい重みがあった。
これこそが俺の危惧している部分で、俺ではなくリルを目当てに権力や力を持つ奴らが集まってきて自由を奪われるんじゃないかという不安があったんだけど、実際それが行われていると聞いた以上無理はできないのはわかる。
わかるんだけど、悪いことをしていないのに自由を奪われるのもまた同じこと。
ある程度の実績やコネがあればそれもなんとかできたんだろうけど、残念ながらそこまでの人脈は持ち合わせていない。
リルもそうだけど収奪スキルそのものがまだまだ秘密にしなければならないところだけに、二つ一緒にとなると大変なことになってしまうだろう。
「・・・はぁ、どうしてこんなことに。」
「出る杭は打たれるではございませんが、人の妬みや僻みというものは非常に恐ろしいものです。新明様に被害が及ぶのであれば桜様の言うように海外に一時避難することもお勧めいたします。幸い大道寺グループはプライベートジェットの他各国にパイプを多数持っておりますので人知れず国外に出ることも可能です。」
「その時は私も一緒に行きます!綾乃ちゃんもそういうはずですし、一人でなんて絶対に行かせませんからね!」
気合十分の桜さん、ぶっちゃけその気はないんだけどネットの反響とこれからの動向次第ではそれを選択しなければならない日も来るだろう。
別に犯罪を犯したわけじゃないんだからほとぼりが冷めればまた国内に戻ればいいだけ、言葉の問題はあるけれどその辺は大道寺グループの力を借りるしかないだろう。
あまり依存したくないんだけどなぁと思いながらも、ゴールドカードや宿の恩恵を受けている以上いまさらな感じもある。
「・・・わかりました。とりあえずしばらくはおとなしくしています。」
「賢明なご判断ありがとうございます。裏口も囲まれているようですししばらくは外に出られないでしょう、狭い所ではありますが新しい装備を試すなどしておくつろぎください。」
「店は開けないんですか?」
「あのような暴挙を起こす人達を店に入れる必要はございませんから。売上よりも守るべきものが我々にはございます。」
「俺なんかの為に、ありがとうございます。」
「誤解なさらないでください。これは新明様の為ではなくすべての探索者の為、その企業理念を示したにすぎません。」
俺がここに来たばっかりにこんなことになってしまったのに鈴木さんは何のためらいもなく店を閉める決断をしてしまった。
一日で何千万、下手したら億の金額が動く可能性だってあるのにそれを捨ててでも探索者を守る。
その企業理念を示しただけだと鈴木さんは言うけれど実際は・・・いや、これは俺がどうこう言うことじゃないか。
ともかく今はほとぼりが冷めるまでおとなしくしていよう。
あの時はただ人を助けたかった、その為だけにリルと共に走り回った結果がこれなのか。
本当はダメなのにあの時の判断を何度も後悔してしまうのだった。