16.探索用の道具を買いに行きました
朝、ふかふかすぎるベッドから起き上がり部屋に備えてあった鏡を見ながら軽く身なりを整えて部屋を出る。
いつもなら何も考えず好きなように、それこそパンイチでうろうろすることも当たり前だったが同居人がいる中でそれをするのは流石にまずい。
今までの二倍以上の広さがあるリビングに行くと先に起きていたであろう彼女が朝食の準備をしてくれていた。
これは夢か?否、現実だ。
男なら一度は夢に見るシチュエーション、それがまさか現実のものになるとは。
もっとも親密な関係ではなくあくまでも同居人なのでそこは間違えちゃいけない。
「おはようございます、和人さん」
「ふぁ、おはよう」
「目玉焼きには何をかけますか?」
「あ、醤油で」
「よかった一緒です。塩とコショウはまだ許せるんですけどソースはダメなんですよ」
「戦争にならずに何よりで」
今日のメニューはカリカリに焼いたベーコンが添えられた目玉焼きとサラダそれと焼きたての食パン。
俺が着席すると同時に淹れたてのコーヒーまで出てくるなんて、こんな豪華なの最後に食べたのがいつかなんてわからないぐらい前の話だ。
「いただきます」
「いただきま~す!」
ん、美味い。
こんなに美味いご飯をこれから毎日食べられると思うとそれだけでも胸いっぱいなわけだが、探索者は体が資本だけにしっかりと食べておかないと。
「今日はどこに行きますか?」
「日用品関係はもう揃えてもらっているみたいだし探索用の装備を見に行こうか。桜さんも一緒に潜るわけだしパーティー用の道具とかも揃えないと」
「じゃあ食べたらドワナロクですね」
「それに桜さんの実力も確認しておきたいから買い物終わったらギルドの練習場を借りようと思うんだけどどうかな」
一応どんな武器を使うかは聞いているけれど二人で動く以上お互いどう動くのか確認はしておくべきだ。
下手にぶつかって隙を作るなんて言語道断、当分はスキルなしでやっていかないといけないので今までのような甘い考えでいるのはまずい。
「手合わせってことですか?」
「そんな感じかな」
「この前はポイズンリザードに後れを取りましたけど、対人戦なら負けませんよ!」
「別に力比べをするつもりじゃないからそこは間違えないように。あくまでもどうやって動くかを確認して連携して動けるようにしたいだけだから」
「もちろんわかってます、冗談ですよ冗談」
全くそんな感じには見えなかったんだけど、まぁお手並み拝見という感じで行くとしよう。
さくっと食事を済ませた後はお待ちかねの買い物の時間。
軍資金はそれなりにあるので普段買えないようなものを買おう、そのつもりで行ったんだが・・・。
「高くない?」
「こんなものですよ?」
「火をおこすだけなのに五万だぞ五万」
「これは魔石を使った携帯用コンロですから、キャンプ用品と違ってガスや液体燃料を必要としませんしかなり小さいので荷物の邪魔にもなりません。あと、こっちのコッヘルはコップから鍋まで一揃えになってますから余計な物を買わなくて済みます。魔鉱石を練りこんでいるので丈夫ですし錆びないので雑に使うならこれ一つで十分ですよ」
探索用道具とはいうけれど、要はキャンプ用品みたいなものだ。
違いがあるとすればダンジョン内でいかにストレスなく休息をとるかという一点に尽きる。
軽量かつ効率的さらには耐久性もある物ともなるとどうしても値が張ってしまうわけで、軍資金はあるなんて豪語してしまったけれどまさかこんな値段だとは思っていなかった。
ブラック時代もそうだし昨日までダンジョンに潜る時は一人だけだったので簡単に食べられる携帯食料やゼリー飲料ばかりだったから、こういうのを使う機会に恵まれなかったんだよなぁ。
「詳しいんだな」
「うちの商品ですからそれなりに勉強してます。もしお金が足りないなら父にお願いしてみましょうか?」
「いやいやそこまでする必要はないよ。自分の道具だししばらくは深いところまで潜らないから急いで全部そろえる必要もないさ」
「それもそうですね」
本当は色々と揃えてみたかったのだが今回は必要最低限の道具だけで見送りだな。
一応カタログを貰っておいて次にどれを買うかめぼしだけはつけておこう。
どのページも欲しくなる物ばかりが載っていて友達がキャンプギアの沼にはまった気持ちがわかった気がする。
「次はどうします?」
「とりあえず必要最低限の道具はそろったし・・・、そうだ素材用のカバンを買わないと」
「カバンですか?」
「二人で潜るってことはそれだけ魔物の討伐数が増えるってことだし、せっかく手に入れた素材を持ち帰れないのはもったいない。できるだけ軽くて大容量の奴を選んで持ち帰れるようにしないとな。」
折角命がけで戦ってそれを置いていくのは新人探索者としてはあり得ない。
実力者にもなるとお金にならないような素材はおいていくって人もいるけれど、探索道具を満足に買えないような貧乏人にそんな選択肢はない。
この間買いなおしたところだけど彼女の分も準備しておかないと。
「でも戦うとき邪魔じゃありませんか?」
「その都度降ろすから余程不意を突かれない限りは大丈夫。その為に二人で潜るんだし、索敵の練習も交代でしておこう。桜さんのは極力軽いやつにしておかないとね」
「優しいんですね和人さん」
「本当は運搬人がいたらいいんだけど、さすがに武庫ダンジョンに来てくれる人はいないからなぁ」
新人の新人、ダンジョンに潜ったことのないような探索者が先輩探索者にくっついて技術を教えてもらう代わりに荷運びをするのが一般的だが、そうではなく荷運び専門の人を雇ってダンジョンに潜るというやり方もある。
それが運搬人。
戦闘には加わらず手に入れた素材と荷物を守ることに特化した特殊な職業。
大型の魔物を狩る時なんかには複数の運搬人を同行させて持ち帰ることもあるらしいけど、武庫ダンジョンのような低級ダンジョンでは縁のない仕事だ。
「私は和人さんと二人で潜れたらそれでいいです」
「今はそれでいいかもだけど目的のC級ダンジョンをクリアしようと思ったら流石に二人ってのは無理があるよ」
「それが出来るぐらいに強くなればいいんですよね?」
「それはそうなんだけど・・・」
そんなぬるい場所じゃないんだけどなぁダンジョンって場所は。
ひとまず目的の物は全て見繕ったので大きなカートを押してレジへと向かう。
レジを通すたびに増えていく金額に背中が寒くなってきたが、最後の最後に提示したゴールドカードのお陰でひとまず予算内に収める事が出来た。
ありがたやありがたや。
「荷物まで運んでくれるなんて便利だなぁ」
「それぐらいのサービスは当然ですよ、だってゴールドカード所持者なんですから」
「本当の実力者なら当然かもしれないけどこんな新人だとなんだか申し訳なくなってくる」
「そんなことありませんって。本当は全商品をタダで手に入れられるのにちゃんとお金を払っているんですから、当然の権利です」
値引きされているとはいえちゃんと自分で稼いだ金で買い物をしたわけなんだし、卑屈になる必要はどこにもない。
とはいえこれが当たり前というようにならないように気をつけておかないと。
手続きを済ませドワナロクを出てもまだ太陽は真上に上がっていなかった。
折角身軽になったんだしいよいよお待ちかねの力比べと行こうじゃないか、そんな気持ちでで後ろを振り向くとどうやら彼女もそのつもりのようでやる気満々という目でこちらを見てくる。
それじゃあ見せてもらおうか、彼女の実力とやらを。




