15.今後について色々と話し合いました
「とりあえずはこんな感じだな。」
「オッケーでーす!」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫です、そんなに酔ってませんから」
大丈夫という割には顔は真っ赤だし、非常に締まりのない顔をしている。
端的に言えばとっても眠そう。
とはいえ、ここでお持ち帰りなんて考えようものなら後が大変なのでそんな恐ろしい事は出来ない、っていうかするつもりもない。
確かに小動物系の可愛らしい雰囲気はあるが出会ったのは今日で二回目。
流石にそれで手を出すのは相手の正体を知らなかったとしても俺には無理な話だ。
手元のノートには食事をしながら二人で話し合った内容がしっかりと書き込まれている。
これから二人でダンジョンに潜る上で決めておかないといけないことや、一緒に生活する上での注意点など。
特に生活する上での話し合いでは随分と不満げだったが、こっちにも譲れない部分はあるので妥協することなく話し合っているのでおそらくは大丈夫だろう。
「ひとまず共同生活開始は一週間後、こっちも部屋の解約とか引っ越しの準備とかがあるからそれまでは一人で住んでくれ。ダンジョンに潜るのはそれからだけど道具の準備なんかは別日に打ち合わせて買いに行くとして・・・、武器は何使ってるんだ?」
「片手に盾とショートソードを使ってます」
「防御も出来るのならそれに越したことはないか」
「和人さんは棒でしたっけ?」
「あぁ、一番手っ取り早く敵を攻撃できるからね。長剣も何回か使ったけど、切るよりも叩く方が性に合ってるらしい」
前衛二人というアンバランスな感じではあるが、防御も出来るなら案外何とかなるかもしれない。
なんせ天下の大道寺グループのご息女だ、使う装備品はどれも一級品に違いない。
装備の良さは直接身の安全につながるのでそういった装備に身を固めつつ戦ってもらう感じで行けば危険も少ないだろう。
だがそれなら何であんな場所で死にかけてたんだ?
毒だから仕方ないってのもあるが妙に軽装だったきがするなぁ。
「カッコいいですよね、前はあまり見れなかったのでまた見せてください」
「一緒に潜るんならいやでも見ることになるから」
「楽しみで夜も眠れなさそうです」
「いや、頼むから寝てくれ」
こんな感じのテンションではや一時間以上経過している。
飲むペースも中々に早い上に食べる方もしっかり食べるのは若いからだと思っていたが、予想通りまだ23になったばかりらしい。
「さて、そろそろいい時間だし帰るか。」
「えー、もう帰っちゃうんですか?」
「こう見えて三階層走破した後なんだよ。」
なんなら死にかけたんだけど、その後の話があまりにも大きくてすっかり忘れてしまっていた。
ここにきて疲れがどっと出てきてしまっているので早く家に帰ってベッドにもぐりこみたい。
「あ、そういえばそうでしたね」
「明日はのんびりするから連絡できなくても文句は言わないでくれよ」
「仕方ないですが我慢します。あ、自主的にダンジョンに潜るのはいいですよね?もちろん二階層までで」
「その辺は好きにしてくれ。ポイズンリザードだって油断しなかったらどうにでもなるだろ?危なそうなら護衛でもつければいい」
「んー、出来れば家は頼りたくないんですよね今さらですけど」
実家に遠慮しているのかそれとも自分でそう決めているのか、どちらにせよ危険だからダンジョンに入らないっていう選択肢は俺達にはない。
探索者になった以上ダンジョンに潜り素材を回収するのが俺達の役目、もちろん義務ではないけれどそうしないと金が稼げないので必然的に潜らざるをえない。
最初はスキルを使わずにやっていくつもりではあるのだがいずれ彼女にも収奪を見せる日が来るだろう。
色々と決まり事を話し合ってきたけれど一番大事な部分はまだ話せてないんだよなぁ。
彼女がトイレに向かった隙に会計を済ませて戻ってくるのを待つ。
試しにここでもゴールドカードを提示してみたらまさかの飲食代が半額になった。
恐るべしゴールドカード、そして大道寺グループ。
「お待たせしました」
「駅まで送ろうか」
「駅までじゃなくて家まででもいいんですよ?よかったらコーヒー飲んでいきませんか?」
「そういうのは家の前で言うもんじゃないのか?」
「そうなんですかね、言ったことないのでわからなくて」
金持ちだから世間知らずって感じではないんだけれど、話しているとたまに会話がかみ合わなかったりする。
本人はそれを何とも思っていない感じだから別にいいんだけどさ。
宣言通り駅で解散してタクシーで家まで帰ったのだが、ベッドに倒れこんだ瞬間ものすごい眠気に襲われ気づけば翌日の昼過ぎ。
体は元気になってもメンタル的な部分でまだまだ本調子じゃない、それでも不思議と腹は減るのでもそもそと寝床からに這い出して冷蔵庫にしまっておいたアングリーバードの肉を調理した。
うん、美味い。
こんな肉が毎日食べられるなら探索者も悪くないよなぁと思いながらもずっとダンジョンに潜りっぱなしだったので今日は完全にオフにしよう。
なんなら明日もオフでいいかもしれない。
そうだ、そうしよう。
なんていうかプツリと糸が切れたようにダンジョンに潜る気持ちがなくなってしまったのが少し嬉しかった。
探索者になって三日、このままダンジョンの事しか考えられなくなるんじゃないかっていう若干の不安があったのだが、その不安は見事に外れそれから二日間は全くその気にならずほぼ家から出ないで過ごすことができた。
とはいえいつまでも引きこもっているわけにもいかないので、資金力に物を言わせて早々に引っ越し業者を決めたあとは黙々と少ない荷物を梱包していく。
荷物がなくなったボロアパート。
探索者になったからにはこんな場所から早く出て行ってやると意気込んでいたのだが、まさかこんなに早く出ていくことになるとは思わなかった。
こんなボロ部屋でも少なからず愛着のようなものはあったのかもしれない。
「よろしくお願いします」
引っ越し当日、荷物らしい荷物はほとんどなく小型のトラックに全て積み込めたのでそのまま助手席に乗せてもらって新居まで移動することに。
ぶっちゃけ家の鍵はもらったもののどんな家かは全く知らないんだよなぁ。
改めて住所を確認するとさほど離れていなかったので30分もしないうちにナビが目的地への到着を教えてくれた。
「ここですか?」
「おそらく」
「おそらく?」
「あ、間違いなくここですね」
到着したのは何とも大きな一軒家。
敷地面積だけ見ても普通の家の二倍、いや三倍ぐらいありそうな感じだ。
トラックが止まった瞬間に玄関から彼女が中から飛び出してきた。
まるで飼い主を見つけた犬のよう、あぁそうか既視感があると思ったら昔実家で飼ってた犬と一緒なんだ。
あの疑う事を知らない目、なるほどそういうことか。
「おかえりなさい和人さん!」
「ただいま、になるのか?」
「そうですよ今日からここが和人さんのお家なんですから」
「それじゃあ改めて、ただいま」
「おかえりなさい」
ただいまと言う事も、お帰りなさいと言われる事もとても久しぶりなのに違和感がない。
ここからが新しい生活の始まり、探索者としての新しい一歩のスタートになる。
「あの~、荷物はどうすれば?」
「あ!こっちにおねがいします!」
とまぁ、とりあえずそれを実感するのは荷物を運んでからだな。




