140.ビルドアップの効果を実感しました
地獄のような一週間から二日後。
まだ全身筋肉痛は残っているものの何とか動けるようになってきたので試運転も兼ねて川西ダンジョンへと向かっていた。
普通はマッサージとか風呂屋とかで体をほぐすんだろうけど、折角あそこまで自分を追い込んだんだからどこまで成長しているか確認したいじゃないか。
とはいえいきなり新階層は流石に無理があるので比較的戦いやすい階層にしている。
「到着っと、六階層は久々だな。」
「わふ!」
「あくまでも確認とはいえ気を抜かないように、桜さんも須磨寺さんもいないしな。」
単独でダンジョンに入るのはいつ振りだろう、前回の川西ダンジョンは彼がいたので一人というわけではなかったしその前は御影ダンジョンに潜っていたからかなり久しぶりじゃないだろうか。
まぁ一人といってもリルが一緒なわけだけど。
薄暗い通路とはいえエコースキルがあれば罠を気にせずすすむことができるのでリビングメイルの音が聞こえるまでサクサク進んでいく。
曲がり角をいくつか進んだところでお待ちかねの時間がやってきた。
「最初の連中は任せてくれ。」
とびかかろうとするリルを制して静かに魔装銃を構え、通路の先にいる弓持ちをしっかりと狙う。
鍛錬をつけたからと言って魔装銃の強さが変わるわけではないけれど筋力が付いたことで立ったままでも安定して敵を狙うことが出来ているようだ。
静かにトリガーを引き、命中するのを確認せずに壁にかけていた新しい得物をしっかりと掴んで走り出す。
水隕鉄の三節棍。
伸ばせば長くバラせば短くなるのでどんな距離でも使えるのが魅力ではあるけれど、かなりの重さの為に買ったその日は持って歩くのもなかなか大変だった。
城崎ダンジョンでは必須の武器なので何とかして使いたい、その願いをかなえるべく師匠に稽古をつけてもらったわけだけどその効果は間違いなくでているようだ。
片手ではまだ重く感じるけれど両手で持てばそこまで重くはないし、火水晶のように振り回しても体幹がぶれる感覚がない。
前は武器に振られている感じがあったのに一週間でこんなに改善できるなんて。
更に言えばもっとやればもっと早く動かせるようになるということ、レベルアップも大事だけど基礎作りに勝る物はないということを改めて実感させてもらった。
頭を打ち抜かれてもたつく弓持ちの代わりにこちらに向かってくる剣持ちめがけて一本に伸ばした棍を水平に降りぬくと、胴体部分からくの字に折れるような感じで壁際に吹き飛んでいく。
前は多少鎧を凹ませるか二・三歩下がらせるぐらいだったのに質量と腕力が上がっただけここまで違うのか。
吹き飛ばされたことで後ろががら空きになり、弓持ちが矢をつがえるよりも早く懐に入り込み三つに分けた棍を連続で叩きつけた。
分厚い鎧がいとも簡単に凹み飛んでった腕が地面を転がっていく。
なんていう効果、なんていう爽快感。
ビルドアップの効果がここまでとはちょっと想像していなかった。
高揚していく気分を必死に抑えてしっかりとどめを刺してから深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「マジか!一週間でこんなに強くなれるのか!
「わふ!」
突然俺が大声を出すものだから油断していたリルがビクンと体を震わせる。
深呼吸程度で心が落ち着くはずもなく、ワナワナと震える自分の両手をじっと見つめ何度も何度も頷いた。
収奪スキルがあるから自分は強い、今までは心のどこかでそう思っていた自分がいたけれどそれがなくても十分に強いんだとやっと自分を認めることができた気がする。
ここに収奪スキルが加わればまだまだ強くなれる、そんな自信がふつふつとわいてくるようだ。
とはいえまだ一回戦闘しただけ。
次は私だといわんばかりにリルが先に進みたがっているのでサクッと素材を回収してダンジョンの奥へ。
そのまま六階層を逆走して五階層へと向かい巨大マミーと再度の邂逅、火属性武器は持ち合わせていないけれどそれでもこいつを倒せるのか。
最悪燃料をかけて燃やす方法もあるけれどもとりあえずやれるだけやってみよう。
例によって例のごとく生み出されるチビマミーを前よりもダイナミックに吹き飛ばしつつ、腕を振り回して暴れる巨大マミーをヒット&アウェイでリルと一緒に攻撃すると火で燃やすことなく倒すことができた。
うーむ、レベルが上がっているからなのはもちろんわかっているけれどこんなにも違いがある物なのか。
とりあえずスキルを収奪してから上に戻るべく四階層へ。
またレアアイテムが落ちないかなと期待しながら彼女たちの怨念を聞きつつ進んでいく。
【マミーのスキルを使用しました。ストックはありません。】
聖水も持ってきているけれど呪い耐性があれば彼女達の恨み節もそこまで気にならない。
近づいてくるやつを棍で振り払いつつサクサクと進み無事に転送装置を発見、結局レアドロップは出なかったけれど目的は達したのでサクッと地上へ戻り家路についた。
「ただいま。」
家に戻るとちょうど須磨寺さんが夕食の準備をしてくれていたようで、扉を開けた瞬間にカレーの匂いが襲い掛かってきた。
あまりにもいいにおいすぎて腹の虫が大騒ぎを始める。
ヤバい、腹が・・・減った。
「あ、おかえり!どうだった?」
「なんて言うかい自分が別人になったみたいだ。」
「和人君の場合は基礎が無くてあれだけ動けていたからね、今までは結構な速度でレベルが上がってるから体の動かし方がわかってなかったんだと思うよ。でもそれが出来るようになった上に筋力もついたことでより効果的に動けるようになったんじゃないかな。これからも鍛錬を続けたらもっともっと強くなれるし、そこに収奪スキルが加われば鬼に金棒、和人君に僕って感じかな。」
「ごめん、最後のはよくわからないけどまぁ基礎が大事ってことはよく分かった。それで、桜さんは?」
「大分よくなったかなぁ。自分が思っている以上にボコボコにされちゃったからそれで自信を無くしているのかも。」
「あー、容赦なかったからなぁ。」
「でもまぁやる気はあるから城崎ダンジョンには一緒に来るんじゃないかな。」
俺よりも少し早く師匠のしごきを受けていた桜さんだが、丸二日動くことが出来ず三日目にやっと部屋の中を歩けるようになったんだとか。
中々にきついしごきだったようで彼女の中の自信がもろくも崩れ去り落ち込んでしまったようだけど、須磨寺さんがしっかりフォローしてくれたおかげでずいぶんとマシになってきたようだ。
別に桜さんが弱いというわけではないけれど、師匠が求めている探索者の像とは若干違うのは間違いない。
泥臭く意地汚く生きる、その必死さがまだ彼女にはないんだろう。
「それだったらいいんだけど。」
「もうすぐご飯できるけど、先にお風呂にする?それともご飯?もちろん僕?」
「もちろん風呂。」
「オッケー、じゃあ着替え持っていくから先に入っててね、すぐ僕も行くから。」
「結構です。」
ここまで露骨に断っているのになぜめげずに同じことができるのか。
彼女は命の恩人だというけれど桜さん同様偶然そこに遭遇しただけだし、ここまでしてくる理由が分からない。
俺のスキルがあれば自分の呪いを解けるかもしれないという打算はあるにせよ、ここまで露骨にできるのはすごいのひとことだ。
見た目は可愛い、間違いなく可愛い。
この見た目で桜さんより年上ってのがなかなか信じられないけれど、一番は下についているブツだろう。
元々Bランクだった強さが呪いのせいで弱くなったってのは聞いているけれど見た目も呪いのせいなのかまでは教えてもらっていない。
なんにせよそっちの癖はないので笑顔で脱衣所の鍵を閉めてのんびり風呂に入り、熱い湯につかりながら実力アップをかみしめるのだった。