130.影の自分と戦いました
長めの休息を終えて疲れを取った後は再び九階層を移動、リルもしっかり休憩できたのか元気そうな顔でブレスレットの中から姿を現した。
それぞれの手には懐中電灯、それと服の上から付けたベルトの背中側にもさっきのランタンをぶら下げることによって後ろからの攻撃に対処できるようにしている。
歩くたびに腰の部分で跳ねるので何とも邪魔な感じだがここでは影さえ作らなかったら戦闘らしい戦闘は起きないはずなので多少邪魔でもなんとかなる。
「グルルル」
「あ、あそこにいる」
「魔物が見えないってのはこんなにも不便だったんだな、自分がいかにエコーに頼っていたかよくわかる」
「あれも大概なスキルだからねぇ」
「今後はそれに頼らない戦い方を覚えないといけないんだろうけど、一度手に入れた便利さを手放すのは中々に大変そうだ」
それがなかったときは何とも思わなかったのに一度でもそれを知ってしまったら逃れられないのが人の性、今後行く場所によっては別スキルを恒常化しなければならなくなるだろうからその辺も含めて探索を続けないとなぁ。
とりあえずリルにシャドウウォーカーの場所を教えてもらいながらライトで誘導しつつ各個撃破を繰り返す。
エコースキルで魔物の場所はわからなくても通路の構造は把握できるので結局使ってしまうけれども、あるものは使わないともったいないだろ。
「うーむ、各個撃破できているのはありがたいんだけどスキルを収奪できないのがもったいないなぁ」
「僕的にはそのために半殺しにする方が危険だと思うけど」
「それはまぁそうなんだけど」
「それよりも気になるのはもう一種類がいないことなんだよね」
「シャドウヒューマンだったっけ、そいつも光に弱いんだろ?」
「弱いけどウォーカーみたいに追い込めないし、ライトを当てても襲ってくるから気を付けないと」
九階層に出るのはさっきのシャドウウォーカーとシャドウヒューマンの二種類。
ヒューマンはその名のごとく人型の魔物で対峙した相手を模して襲ってくるらしい。
模倣するのは見た目と武器だけでスキルまでは模倣されないらしいけど、上級ダンジョンに出てくるドッペルゲンガーはそこも含めて見た目も完全に模してくる非常にやばい奴らしい。
もし俺が模倣されたら収奪スキルを使われたりするんだろうか。
「そこ、右は行き止まりだから左。その先は小部屋になってる」
「うーん、左は真っ暗で何も見えないや」
「右には灯りがあることを考えると左はどう考えてもヤバげな感じがするよな」
「だねぇ」
明らかに誘われている、っていうかそこに魔物がいるって言っているのと同じこと。
ついつい灯りのある方に行きたくなるがわざわざ行き止まりに行く必要もないので、覚悟を決めて暗闇の方へとゆっくりと進んでいく。
これ以上は流石に闇が濃すぎてランタンだけではカバーしきれないというところまで進んでからお互いに目配せをして須磨寺さんが背負っていたカバンを下す。
「投げたら五秒後に着火、持続時間はおよそ三分。それまでにここまで戻ってきてね」
「了解」
「それじゃあやるよ!」
カバンから取り出したのは九階層向けの特別な道具、彼が合図をすると同時に後ろを向いて目を閉じると数秒後に瞼の向こう側が真っ白に明るくなるのが分かった。
それと同時に耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。
「和人君頑張って!」
「おう!」
目を開けると先までの暗さが嘘のように通路に光があふれており、そのまま武器を手に小部屋へと走り出す。
部屋の真ん中には真っ白い光を放ちながら白煙を上げるフラッシュボールと黒い影が二つ、さっきまでただの黒い塊だったソレは俺を認識したのか棒を持った人型へと姿を変えた。
フラッシュボール、ライトバタフライの鱗粉と魔石粉を特殊な配合で混ぜ合わせた物で火をつけると一定時間ものすごい光を放つ。
ただし持続時間は短くさらには一個5万円もする中々の高額消耗品、ランタンなどと違って広範囲を一気に照らすことができるので九階層では必須の道具ではあるけれどこれを連続で使うのは中々に勇気がいるので再使用する前にさっさと片付けてしまおう。
「なるほどこいつがシャドウヒューマンか。リル、もう片方よろしくな」
「ガウ!」
「時間もないしさっさと片付けるぞ!」
棒を持つ自分と同じ背丈の魔物、どこまで再現されているかはわからないけれど自分と戦うことなんてなかなかないのでちょっと楽しみだったりする。
まずは挨拶代わりに大振りの攻撃を繰り出すと軽いバックステップで回避され、お返しとばかりに鋭い連続突きを繰り出してくる。
それを氷装の小手で作った盾で受け流しつつこちらも棍の両端を巧みに使って短い攻撃を繰り返していく。
何だこいつ、面白いな。
今までの魔物と違い明らかに武術のような動きをしてくる、なるほどこれがシャドウヒューマンなのか。
動きはほぼほぼ自分と同じ、ということはここにもし須磨寺さんがいたら彼に化けたやつと戦うことになったのかもしれない。
なるほど、なんで部屋に入ってこないのかと思ったらそういうことだったんだな。
ちょっとだけ戦ってみたいって思ってしまったけどとりあえず今は目の前のこいつを倒してしまわないと。
だんだんと光が小さくなっていく。
ことごとく自分の攻撃を回避されるもそれは向こうも同じこと、それなら追加の攻撃を加えればいい。
【スケルトンメイジのスキルを使用しました。ストックは後三つです。】
顔のない真っ黒い自分めがけて石礫を打ち込むと、まるで人のように顔をかばうようなそぶりを見せる。
よし、今だ!
その隙を逃さず素早く棍を突き出すとタイミングがずれて避けきれなかったのか見事胸元に命中しそのまま吹き飛んで行った。
同じ姿や動きができてもスキルをマネできないならこちらに分がある、そのまま追い打ちをかけようと走り出したその時だ。
もう一体の相手をしていたはずのリルが後ろから飛び出し、そのままやつの首元に噛みつくと激しく首を振って引きちぎってしまった。
そのままちぎったそれを勢いよく明後日の方向へ放り投げると残った胴体の心臓部分を勢いよく踏み抜く。
「おぅ、ジーザス・・・」
自分じゃないとわかっていてもまるで自分がそうされたかのような錯覚を覚えてしまう。
本気になったリルと戦ったらこんな風になってしまうのか。
流石Sランク魔獣フェンリル、敵じゃなくて本当に良かった。
ドヤ顔でこちらを見るリルに拍手を送りつつ踏みつぶされてそのまま霧散するシャドウヒューマンを静かに見送る。
残ったのはウォーカーと同じ魔結晶と呼ばれる小さなかけらのようだ。
「よくやったリル」
「わふ!」
「ちなみに今のには俺への恨みとかこもってないよな?」
「わふぅ?」
「いや、なんでもない忘れてくれ」
下手なこと言って肯定されても立ち直れない。
触らぬ神に祟りなし、とりあえずフラッシュボールが消える前にランタンを構えなおしてそのまま奥の通路へと駆け抜ける。
その後もウォーカーやヒューマンとの戦闘を繰り返したがリルの敵ではなかったようだ。
リルの爪とブレスがあればほぼほぼの敵は完封できる、だがそれに甘えることなく俺も自分の実力を上げるべく再びシャドウヒューマンへ戦いを挑むのだった。




