129.影と戦いました
川西ダンジョン九階層。
ゾンビとの熾烈なマラソン大会と無限湧き経験値祭りを堪能した後、スキルの効果も切れてふらふらになりながらここまで辿りついた。
ダンジョンの下り階段があんなに辛いと思ったのは今回が初めて、子鹿のように足が震えるなんていう描写をよく聞くけれどまさにあんな感じになってしまった。
壁に手を添えながら一段ずつゆっくりと降りて到着した先は薄暗い通路が先の方まで続いている。
壁に設置されている魔灯と呼ばれる灯りもほぼなく、奥の方はほぼ見通すことができない。
とりあえずエコースキルで確認すると曲がり角はなさそうだ。
「いやー、マジでキツかった。何がキツかったって最後の残りニ段がやばかった。」
「えぇ、あの鬼ごっこじゃないの?」
「あれはほら不疲スキルがあったから。まぁその反動でこんな風に子鹿みたいになってるわけだけど。いやーマジでもう足が上がらない。」
通路脇の壁に背中を預けながらずるずるとしゃがみ込んだ後は立ち上がる気力も無くなってしまった。
ダンジョン内で動けなくなるなんてのはあってはならないことなんだろうけど、幸いにもここの魔物は対処さえしていればそこまで危険な場所ではないので大丈夫、なはずだ。
流石のリルも疲れてしまったのか珍しく腕輪に戻ってしまっている。
外にいるよりも回復が早いらしいのでしばらくしたらすぐ出てくるだろう。
「次が階層主だしちょっとここで休憩しようか。流石の僕も和人君のせいで足がガクガクになっちゃった。」
「いやいや、その言い方・・・。」
「え、事実でしょ?」
「事実とはいえ誤解を招く言い方はやめてもらえます?」
「えー、どんな誤解されちゃうんだろう。わっかんないなぁ。」
見た目は可愛い子がわざとらしくふざけているような感じだけど、中身は男。
そう、中身は男。
世の中分かんないもんだなぁ。
ふざけながらも須磨寺さんはかばんから荷物を取り出していく。
最初に出したのはランタン。
一つ、二つ、三つ、全部で四つ。
普通ランタンをこんなに持ち歩くことはないけれども、この階層独特の問題を解消するためには必須のアイテムだ。
それを俺たちを取り囲むよう四隅にランタンを設置してからやっと簡易コンロなどが姿を現す。
煌々と明かりに照らされぶっちゃけ眩しいんだけどその光のおかげで守られているんだから仕方がない。
「これだけ明るければ襲われないのか。」
「んー、本当はもっと暗くても大丈夫なんだけど影があるとそこから狙われたりするから念のためにね。仮眠はできないけど休むぐらいはできるから、眩しいならアイマスクもあるけど・・・いる?」
「いや、遠慮しとく。」
「別に襲ったりしないよ?それに和人君ならエコースキルでわかるんじゃない?」
ふむ、確かにエコースキルがあれば彼が近づいてきてもわかりはするけど・・・それでもダンジョンでアイマスクってのはどうなんだ?
確かにここの魔物は明るければ襲ってはこないけど・・・。
「いや、大丈夫だ。」
「そっか、ならいいけど。」
「なんだか不満そうだな。」
「べっつに~、ちょっとほっぺにキスしよっかな~とか思ってないよ?」
「襲う気満々じゃねぇか!」
まったく、ダンジョンの中でよくまぁこんなことできるよなぁ。
身の危険を回避するためにもアイマスクは遠慮しつつ、用意してもらった軽食を素早く食べ終わるとエコースキルを使いつつ軽く目を閉じて疲労回復に努める。
さっきはスキルのおかげで走り回れたものの体は無理をしていたようで足が棒になったように重たいまま、とはいえ最後に大量にデッドランナーを倒せたおかげでレベルアップできたのは非常に大きかった。
これでまた強くなれた。
もうすぐレベル20、梅田ダンジョンを目指すならばあと10レベルは必要になるので引き続きしっかり魔物を倒してレベルを上げていかないと。
夢はでっかくタワマン生活、そのためにもまずは基礎能力を上げていかないと・・・。
「ん・・・。」
そんなことを考えながら目をつむっていると眠らないつもりがいつのまにかウトウトしていたようだ。
エコースキルが切れていたので再び使用するも特に反応は無し。
横にいる須磨寺さんも疲れていたのかウトウトと舟をこいでいる。
潜っている二人同時に眠るとかふつうはあり得ない話、でもここの魔物は光がある限り襲ってこられないので全く問題は・・・。
「危ない!」
目を開けた瞬間、うとうと舟をこいでいる須磨寺さんの近くに居てはいけない相手が立っていた。
押し倒すように覆いかぶさると同時に頭の上を何かがブォンと通り過ぎる音が聞こえる。
くそ!エコースキルには反応なかったぞ!
なんて文句を言いながら足元に転がったランタンを手に取り奴に向かって突き出すと、キィィィィィという甲高い音と共に奴が後ろに下がっていく。
「え、何々!?和人君に襲われてる!?」
「襲ってない!シャドウウォーカーがすぐそばまで来てたぞ!」
「え、嘘!なんで!?」
「わからない。くそ、エコースキルに反応なんて・・・。」
シャドウウォーカー、川西ダンジョン九階層に出る魔物の一種で実体を持たず影のある場所に突然姿を現す危険な存在。
ただし影のある場所しか移動できないのでこうやってランタンで明るく照らしておけば大丈夫なはずだったんだが、どうやら寝ているうちに端のほうに移動してしまったようだ。
「ごめん和人君、ついウトウトしちゃって。」
「いや、エコースキルがあるから大丈夫だって俺も油断してた。シャドウウォーカーは実体がないんだから反応するわけがないよな。気づいて良かったよ。」
「また和人君に命を救ってもらっちゃった。」
「そういうのはあいつを倒してからにしようか。」
ここでリルがいたら近づいてきたときに気づけたんだろうけど、こういうときほど悪いことは続くものだ。
でもまぁ最悪の事態は免れたわけだしとりあえず今はあいつを何とかしよう。
落ち着いてランタンを構えて様子を伺うと、灯りの向こう影になった部分を実体のない何かがユラユラと揺れている。
実体がないので普通の攻撃は通用しない、なのでここは魔装銃一択。
あえてランタンを一つ消して影を増やし、置く場所を変えながら奴を誘導して階段の近くまで移動させてから再びランタンをつけて追い込んでいく。
影のあるところしか移動できない性質を利用して角へ追い込めばただの的、天井に追い込んだ床を打ち抜くとさっきの悲鳴と共に地面にきらりと光る何かが落ちた。
「うん、綺麗な魔結晶。」
「シャドウウォーカーの核だったっけ。」
「シャドウウォーカーっていうか実体のない魔物全般かな。魔石と違って容積は少ないけど持続力はあるから長く使う道具なんかに需要があるんだ。」
「なるほどねぇ、ってことは魔灯とかがそうなのか。」
「そんな感じだね、そこそこ高値で売れるから回収できるだけ回収しちゃおう。さっきは走りすぎて全く回収できなかったし。」
確かにあれだけデッドランナーを倒したのに素材を全く回収できなかった。
もしかしたらレアものが落ちていたかもしれないけどそんなの気にしている暇もなかったし、仕方がない。
もしあの時目覚めるのが遅かったら、流石に死にはしなかっただろうけど大けがをしていたのは間違いない。
何事もなくて本当に良かった。
改めてランタンを設置しなおして一息つく。
ここに出るのはあともう一種類。
そいつも対処方法さえ間違えなければ何とかなるはず、まだ足がこわばっているのでもう少しだけ休憩をして次に進もう。
もちろん次は眠らないように気を付けて、だけど。




