127.次の階層もなかなかのものでした
川西ダンジョン八階層。
骨メイジの石礫を浴びながら腐った肉壁の毒煙攻撃を必死に掻い潜るという苦行を乗り越えやってきたのは通路型ダンジョンという定義に疑問符を付けたくなる光景だった。
無数に墓標が立つ広大な通路。
フィールド型でないのならここを通路と形容するべきなんだろう。
実際別の階層でもかなり広い通路は経験済み、とはいえこれはちょっとなぁ。
洋風の墓標もあれば和風っぽいのもあるし、なんなピラミッドや古墳的な感じのものもある。
もちろん本物に比べたらミニチュアみたいなものだが、あまりにも異質な光景に苦笑いを浮かべるしかない。
ごった煮にも程があるだろう。
「リル、もう出てきていいぞ。」
「わふぅ。」
「あの臭さは仕方がない、煙もやばかったし気にするな。」
フレッシュゴーレムの臭いにギブアップしたこともあり尻尾も耳もしゅんとした感じのリルだったが、頭を撫でてやるとやっといつもの感じに戻って来た。
墓標があるってことはここもリビングデッド系だろう。
こっちもなかなかの臭さだがさっきのに比べたら何倍もマシ、なはず。
とりあえず警戒をしながら墓標を縫うように巨大な通路をまっすぐ進む。
これがまっすぐなのか横なのかはわからないけど通路ならいずれ端があるはずだし、そこを進めばいずれ階段に出るはず、いや出るよな?
フィールド型だとど真ん中に階段があったりするからなぁ、流石に急にここだけ変わったりはしないはず。
知らんけど。
「グルルル。」
「お、いよいよお出ましか。」
一向に魔物の気配がしないのでどうしたもんかと思っていたのだが、突然四方八方の地面がボコボコと盛り上がりはじめた。
まるで某歌手のMVを彷彿とさせる光景に緊張感もなくテンションが上がってしまったがすぐに気を引き締めて棍を構える。
どうやらここは乱戦になる場所らしい、途中まで出てこなかったのも四方を囲むためだったんだろう。
チラリと後ろを見ると須磨寺さんは特に驚く様子もなくいつも通りニコニコしている。
「和人君、もちろん僕も守ってくれるよね?」
「善処はしますがやばいと思ったら山刀でなんとかしてくださいよ。」
「ギリギリまでは待ってるから頑張って。」
「リル、前に戦ったのと似てるけど強さは上がってるはずだから気をつけろよ。最初は突っ込まずに一体ずつ潰して、強さが確認できたら包囲網ができる前に移動だ。」
いつまでもここに止まっているわけにはいかない。
こいつらを駆除しながら階段を探さなきゃいけないし、おそらく延々と沸き続けるっぽいので止まるほうが体力的にも不利になる。
せめて後ろだけでも壁にできれば警戒する面が半分になるんだけど、それを探すためにもまずは強さを確認してそれから移動だ。
地面から這い出してきたのは二階層に出てきたリビングデッド、とよく似た人型の腐乱死体。
多少死臭はするもののフレッシュゴーレムに比べれば何倍もマシなようで、リルもそこまでいやそうな顔をしていない。
あっという間にゾンビに囲まれ映画であれば死を待つばかりの状況だが、こんなところで立ち止まるつもりはない。
【スケルトンメイジのスキルを使用しました。ストックは後四つです。】
まずは先ほど収奪した石礫のスキルを発動、そこそこ大き目の石が正面のやつにさく裂するも特に変化はなし、まぁあの威力だったから想像はしていたけどいったい何に使えばいいのやら。
一定距離まで近づいてきたところでリルがブレスを吐いて相手の動きを鈍らせつつ、鋭い爪で切り裂くといとも簡単に倒れてしまった。
え、こんなに弱いのか?
物は試しと俺も近くにいたやつの足めがけて棍を振りぬくとあっけないほど簡単に足が折れ曲がり、地面に倒れてしまった。
もちろんそれだけでは倒れないので頭をつぶすと静かに地面に吸い込まれていく。
えっと・・・マジで?
これなら二階層のリビングデッドのほうがまだ強かった気がするけど下の階層のほうが弱いとかありえるのか?
あまりの手ごたえのなさに動揺する俺を狙って再び奴らが襲ってくるも棍を軽く振り回すだけで吹き飛ばされてしまった。
まぁいいか、とりあえず弱いのならばさっさと蹴散らして階段を探せばいいだけだ。
「リル、一直線に駆け抜けるぞ。」
「ワフ!」
棍を大きく振り回して近くのやつを吹き飛ばし、出来上がった空間めがけて一直線に駆け抜ける。
こいつらの動きはさほど早くないから蹴散らしながら行けば十分対処・・・。
「って、こいつら走るのかよ!」
ゾンビといえば腕を前に出してゆっくり歩くのが定番、だがごくまれに生身のように走る奴らがいる。
あまりに早いと腐った体の一部を落としながら走ることもあるそうだけど、まさか映画館以外でお目にかかる日が来るとは思わなかった。
走り出したのに反応するかのように後ろからゾンビが追いかけてくる。
もちろん俺たちと同じ速度ではないにせよ振り払って逃げるという選択肢はなくなったようだ。
そして予想通り通路が広く階段が見つからない。
一応壁は発見したけれどこれに沿って走り続けるのは中々骨が折れるぞ。
「くそ、邪魔だっての!」
壁沿いに走ることで四方を囲まれる心配はなくなったけれど、時々重なり合うように襲ってくるやつを避けるのが難しくなった気もする。
とりあえず棍を左右に振り回して前方を開けるようにはするものの、さすがに手にも足にも乳酸がたまり始めた。
このままだと走れなくなる。
試しに歩いてみると走るのをやめるのかと思ったらどうやらそうじゃないらしい。
早く階段を見つけないと・・・。
「おっとぉ!」
先を行くリルに上半身を吹き飛ばされたゾンビがこっちに飛んできたので慌てて腕で振り払うのと同時に収奪スキルを発動。
【デッドランナーのスキルを収奪しました。不疲、ストック上限は後五つです。】
階層が違うから名前も違うってのはわかっていたけれど、そのまんまの名前やないか!
まぁリビングデッドも大概なのでこれ以上のツッコミはしないでおくけれど、とりあえず収奪したスキルを即座に使用する。
【デッドランナーのスキルを使用しました。ストックはありません。】
不老ならぬ不疲。
老いないじゃなく疲れない。
疲れ知らずのゾンビにふさわしいスキルではあるけれどまさかこんなに効果があるとは。
使った瞬間にさっきまで感じていた腕や足の重さがなくなり、まるで走り始めてすぐのような勢いが戻ってきた。
グン!と力強く地面をけり、勢いもそのままに横に伸ばした棍でデッドランナーを引き倒していく。
気分はブルドーザーか何か。
ともかく、疲れないのなら今のうちに階段を探してしまおう。
おそらく使用時間に制限はあるはず、それまでにストックも増やしつつこいつらを蹴散らせば・・・。
「和人君危ない!」
後ろから聞こえてきた須磨寺さんの声にハッと我に返り、慌ててその場にしゃがみ込むと頭上を何かが通り抜けた。
五階層以降は二種類の魔物がいる。
あまりにもスキルが快適すぎて忘れてしまっていたが調子に乗って大けがをするところだった。
通り抜けた先には一頭の犬。
裂けた口からはよだれがボタボタと垂れ、更には半分肉のなくなった頭から目が半分飛び出し、もう一つの目は完全になくなっている。
昔やったゾンビゲームにこんな敵が出てきた気がする。
ゾンビ犬。
そいつは涎を垂らしながらやってきた生きのいい獲物を前にニヤリと笑ったのだった。




