11.ダンジョンは全然楽勝ではありませんでした
薄暗いダンジョンを足元と天井に気を付けながら慎重に歩く。
さっきまでは何とも思っていなかったけれど、明かりがどれだけ大切かがイヤでも思い知らされた感じだ。
こんな事なら魔懐中電灯でも持ってくればよかったと後悔しながらも、不要な明かりは魔物にこちらの存在を教えているも同じこと。
どちらのリスクを取るのか難しい所だが、かといって戻るという選択肢もない。
ダンジョンの構造上、階層を移動しても魔物の数が戻るという事は無いのだが例外として先程のストーンゴーレムのように階層主と呼ばれるような存在は移動するたびにまた新しいのが復活する。
さっきは効果的なスキルがあったからこそ戦うことが出来たものの、逃げることが出来るとはいえ再びあいつと戦いながら動き回るのは流石に危険すぎる。
それでいて4階層に戻ったとしてもキラービーと敵対しながら端から端まで移動することになるわけで、それならばこのまま6階層を走破して7階層の転送装置を使った方が地上に戻るのは間違いなく早い。
ただ、どちらを取っても危険であることに変わりはないわけで。
はぁ、ここまでスムーズにこれただけに自分がどれだけ調子に乗っていたというのがよくわかるなぁ。
全然楽勝なんかじゃないじゃないか。
「コケー!」
「いいかげんしつこいっての!」
雄叫びを上げながら突進してくるアングリーバードの蹴りをサイドステップで避けながら、グリップ力を生かしてそのまま棒を振りぬき奴の首をへし折ってやる。
首が90度に折れ曲がってなおアングリーバードは走り続け、そして壁にぶつかって停止した。
すぐに消えない所から察するにあの状態でもまだ息があると思われる。
【アングリーバードのスキルを収奪しました、雄叫び。ストック上限はいっぱいです】
使い道のない雄叫びとはいえストックしておかないといけない気がするのは貧乏性のなせる業だろうか、とりあえず上限までスキルを収奪してからまだ痙攣している頭を思いきり踏みつけた。
「はぁ、きっつ」
地面に吸収され残された肉をしっかりと回収してから大きく息を吐く。
アングリーバード自体はそこまで怖くはない、動きも単調だしそれでいてドロップも美味しいので地上に戻ればそれなりの値段になるだろう。
肉は売るだけでなくこの間のホーンラビットのように自分で調理してもいい。
残されるのは主にもも肉だが稀にむね肉やささみの部分なんかもドロップするあたり人間の好みをよく理解しているよなぁ。
特に人気なのはささみの部分で、これまでの鶏肉よりもはるかに栄養価が高くさらにローカロリーなので鍛えている探索者からは絶大な人気があるんだとか。
もちろんそれは地上に戻れたらの話、目下警戒しなければならないのは薄闇から襲ってくる大蝙蝠の方だ。
強さで言えばアングリーバードと同様もしくはそれよりも下ではあるのだが、突然襲われる恐怖は体力ではなく気力の方をごそっと持っていかれてしまう。
襲撃はこれまでに三回、うち二回の襲撃でストーンゴーレムの城壁スキルも使い果たしてしまっただけに次に襲われたらもう逃げられない。
【ビッグムルシェラゴのスキルを収奪しました、エコー。ストック上限はいっぱいです】
こちらもスキルは収奪してあるものの、どちらも犬笛のように魔物をおびき寄せるタイプだと命がないので不用意に使うことが出来ないでいる。
確実に逃げられる階段の手前とかならまだしも出口もわからない所で使うのは自殺行為と言っていいだろう、かといって使わないまま死ぬのももったいない。
「いやいや、俺は生きて地上に戻るんだって」
疲れでメンタルが落ちているだけでここの魔物は十分に対処できるんだから落ち着いてやれば問題ない。
とりあえず次の明かりまで移動してから壁を背中に崩れ落ちるようにしてしゃがみ込み、かばんからスポーツドリンクと持ってきたブロック補助食品を口に入れて短い休憩を取る。
「後どのぐらい進めば終わりだ?」
誰に言うわけでもなく心の声が漏れ出すも返事はない。
こういう時仲間がいればなぁとか思ってしまうのだがスキルを秘密にしている以上それが叶う事はないわけで。
テイムスキルなんかがあれば魔物を味方にできるって話だけど、クリスタルでそれを手に入れられる可能性はマジもんの宝くじに当たるよりも低いらしいからなぁ。
今の戦いからすれば後衛が一人もしくは支援職でもありがたい。
俺は前に出て戦えるしストーンゴーレムのスキルがあればある程度耐える事は出来るだろうから、主に空から襲ってくるような魔物に対抗できると非常に助かる。
さらに言えばそこに魔法職もいれば実体を持たない魔物にもしっかり対処できるので万全の布陣を敷くことができる。
スリーマンセルだっけ、なんかの漫画で読んだ記憶があるけどあぁいう感じでお互いが補い合うことこそ冒険の醍醐味、とはいえ一人者の俺にはどうにもならない話だ。
無い物ねだりもほどほどにして重たい腰を上げ再び歩き出す。
慎重に、ゆっくりと、確実に。
神経をすり減らしながら歩き続けたその時だった、曲がり角から首を出して先を確認すると煌々と明かりが付いている場所が見えた。
その奥にぽっかりと口を開けるくだり階段。
出口だ!
あまりに嬉しすぎて走り出した俺だったがそれが罠だと気づいたときにはもう遅かった。
階段に行くまでの通路には無数のビッグムルシェラゴが隠れており、走り出した俺めがけて待ってましたと襲い掛かってくる。
ここまでの疲労で思っていた以上に足が疲れていて急停止する事も出来ず正面から大蝙蝠を迎え撃つ形になってしまった。
一匹なら何とかなる、だがこれだけ複数ともなるといくら棒を振り回した所でどうしようもない。
一度噛まれれば出血の他マヒ性の毒が回り、二度三度と噛まれれば瞬く間に動けなくなる。
こんなとき突進スキルがあればと悔やんだところで使ってしまったものはどうしようもない。
死ぬ。
かつてない恐怖と絶望感に体がどんどんとこわばってくる。
逃げなくてはとか、戦わないととか、色々な考えが頭の中を駆けまわりそれでいて何もすることが出来ない。
体は限界を迎えこわばったまま動かない、でも心はそうじゃなかった。
せっかく当たりスキルを手に入れたのにまだまだ試したいこともたくさんあったのに、そんな諦めの気持ちが心を支配するよりも早く口が勝手に動いていた。
【アングリーバードのスキルを使用しました、ストックはあと二つです。】
【アングリーバードのスキルを使用しました、ストックはあと一つです。】
【アングリーバードのスキルを使用しました、ストックはありません。】
雄叫び。
一体自分のどこからそんな声が出るのかというぐらいの雄叫びが狭い通路に反響してより大音量に増幅される。
死にたくない、そんな気持ちが無意識にスキルを使ったんだろう。
あまりの音に驚き慌てて自分の耳をふさぐも時すでに遅く、耳鳴りのような音しか聞こえなくなってしまった。
期待した雄叫びだったがただ大きな声で叫ぶだけ。
あぁ、せめて最後は苦しまずに死にたい、そんな諦めと絶望感が心を支配するよりも前に想像していなかった光景が目に飛び込んできた。




